天狐の桜10
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『一緒に行こう、犬神』
凄いじゃないか、とあの男は笑った。返り血に濡れるのも気にせず、自分に潜む魔道をやっと見つけたなと目を細める。
『何言ってんだお前…おかしーんじゃねぇか』
ボロボロになった此方を見下ろし、玉章はただ静かに笑っている。連日玉章の取り巻きたちにいたぶられた傷が酷く痛む。あぁ、俺は本当にこいつが大嫌いだ。
お前が後ろ手に縛り付けて、俺をいたぶったんじゃねぇか…
『大勢の手下引き連れて、訳わかんねぇ言葉並べてよ…オメーがシバいたんじゃねーか!!昨日だって…毎日毎日ィ!!』
『そうだ。その状況で』
君はその全てを絶命させた
肉塊が散らばり、ひしゃげた窓枠に返り血に染まる校舎の中庭を実にうっとりと流し見た玉章は、満足そうな視線をこちらに送る。
『僕以外をね。君は…「人」とは違うから。「普通」とは違う目だ』
『あ…んだと…?』
こいつは生徒会長で、頭もおよろしくて……俺とは真逆の存在。こんな奴が、なんで俺を…
『呆れた力だ。人を憎めば憎むほど膨らむ能力。首が千切れて飛ぶなんてさ』
『"妖怪"とか言いてぇんだろ』
『そうだ。認めよう。僕らは、人など超えた「妖怪」なんだと』
唐突にされた現実味のない話に呆然とする。何をいってるんだこいつは。生徒会長が妖怪?唖然とする此方に、玉章は代々続く四国の大妖怪の跡取りだと名乗った。
『来いよ、見せてやる』
君に新しい妖怪の世界を―――
僕の百鬼夜行の後ろに並べ―――
こいつは、俺の能力を目覚めさせるために、自分の取り巻きを犠牲にした。こいつは平気で化けの皮を被れる。とんだ狸だ。
だが、こいつは俺を認めてくれた
俺にその能力があることも、そのとき玉章が教えてくれた。なるべく目立たぬよう生きてきた、この俺を…両手を広げ、仲間に引き入れてくれた。
『私はお前を気に入った』
『私のものにならないか?』
どれだけその手を取りたくても、一度捧げた忠誠は曲げるわけにはいかない。玉章のことは大嫌いだ。…だが、それでも。
妖怪"犬神"は、忠実なテメェの手下だ
少年の胴体は、体育館の天井へ届くほどの巨大な犬の体に変化した。天井や壁に足がぶつかり、バラバラと瓦礫が降り注ぐ。
「…ふむ。ちとやりすぎだな」
リオウはついと腕を一振りする。結界が生徒たちを覆い、瓦礫や犬神から覆い隠す。
「避難は」
「要らぬ。逃がせばあとが面倒だが、いまはまだリクオたちの芝居だと誤魔化せる。…花開院の娘らはもしかすると察するだろうが、口煩く騒ぐことはしまい」
(…隠せるだろうか)
いや、リオウがこう言うのだから恐らくなんとかなるのだろう。相手の狙いはあくまでリクオの首のようで、その他の生徒には見向きもしない。
「そんなに気になるのなら行ってくるがいい。私は構わぬ」
「いいえ。片時も離れず、御身を必ずお守りするとお約束いたしましたので」
「ふふっそうか」
リオウは満足そうに微笑むと、リクオたちを見つめて目を細める。自分もいるし、まず死ぬことはないだろう。だがあの巨体…吹き飛ばされようものなら側近たちもまず怪我は免れまい。
(あれぐらいあしらえなくては三代目なんぞ片腹痛い話だが…せめて怪我をしないよう加護を与えようかと迷ってしまうのは、私も大分過保護か…)
これでは側仕えたちの事を言えないな、とリオウは苦笑する。今回は様子見だ。手出しは極力しないでおこう。リクオに関しては自分で何とかするだろう。仮にも自分を嫁にとるなんぞ豪語しているのだから。それぐらいできなければ願い下げだ。
犬神は自身の首をふん掴み、グリグリと首があった場所に押し付けてくっつけた。ゆらりと巨体を揺らし、ぎらぎらと憎しみのこもった瞳がリクオを射抜く。
「まずい…リクオ様を狙ってる!!!!今…リクオ様は人の姿!!!!こんな巨体にやられたら…!!!!」
バキィッッ
首無や河童、毛娼妓たちが一瞬にして吹っ飛ぶ。凄まじい勢いで壁に叩きつけられ、壁にミシミシとヒビが入る。ついで豪腕がリクオを捉え、ぐしゃりと壁に叩きつける。無惨にも押し潰された壁板はひしゃげ、鮮血が舞う。
「り、リクオ様ぁぁぁあ!!!!」
「……………」
リオウの耳がピクリと動く。だが、ついで肌に慣れた妖気を感じてホッと肩の力を抜く。ゆらりと姿を現したかの妖――リクオは、祢々切丸を構え悠然と笑った。
「陽は閉ざされた―――この闇は、幕引きの合図だ」
「心配をかけるな…阿呆」
あれに一々心配しているようでは私の寿命が縮む。
小さく悪態をつきながらも、心底安心したようにリオウは小さく息をつく。ついでどのように楽しませてくれるのかと実に優美に微笑むのだった。