天狐の桜10
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黒塗りのリムジン。重厚な造りの車内で、足を組んでソファに座りながら玉章はグラスをゆらした。
あの美しい姿がまだ脳裏に焼き付いている。此度はまた人間の姿であったが、清らかで麗しいのは変わらない。
「もう二度と名乗ることなどないと思っていたのに…――たとえ捨てた名であろうと、あの方に呼んでもらえるならと思ってしまうのは、惚れた弱味かな」
「…………」
夜雀は無言で目を伏せた。それに構わず、玉章はふっと口許を緩める。頭ごなしに門前払いされるのではなく、あくまで認めてもらえたら名を呼んでくれるとは。これは脈ありとみていいだろうか。
愛している。狂おしいほどに。早く奴良組の耄碌した輩の手から奪い去りたい。それは会えば会うほどその思いは募るばかりで。
嗚呼――彼に愛されるすべてが疎ましい
「夜雀。犬神の作り方って知ってるかい?」
まるで明日の天気でも問うかのような軽い口調で、玉章は夜雀を一瞥した。相も変わらず無言の夜雀に気を悪くする素振りもなく、玉章は語り始めた。
犬神とは、呪いの術――
飢えた犬を、土中に頭だけだして埋める。餓死寸前まで追い込み…そして食い物を目の前の届かぬところへ置くのだ。
これを食べようと犬が首を伸ばしたとき、刀で首を切り落とし…祀る。放たれた怨みとも欲望とも知れぬ「黒い想い」は、人を呪い殺す力となる。これが「犬神」だ。
「実際に――大昔は呪い殺すために行われていたそうだよ。平安時代に政権争いのなか謎の死を遂げる有力者は多かったそうだね」
あの「犬神」と関係ないじゃないかって?その「術者」が「奴」の先祖なんだよ
術は――失敗すれば何倍にもなって術者に返ってくる。失敗した術者は呪いを受け、犬神使いが犬神憑きになったのだ。
「奴は…人を恨めば恨むほど力を発揮する。奴良リクオに覚醒させるほどの憎たらしい面があるといいがな…」
憎たらしい…憎たらしい
殺シタイ
――殺シタイ
「喰い殺してやるぜよ!!!!奴良リクオォォオ!!!!」
犬神は、マフラーを巻いたリクオの首に勢いよく噛みついた。もんどりうって倒れるリクオの姿に、妖怪たちは皆青褪める。
「っ、リオウ様」
「よい。動くな。…今にわかる」
リオウは閉じた傘で、今にも飛び出さんとする黒羽丸を制止する。「今にわかる」に続くのが、「策」のことなのか、「リクオが無能でないという証明」なのか、それは黒羽丸には知り得ないことで。
うわぁぁあ!!!!と悲鳴をあげるリクオに構わず、実に楽しそうに目を細めて見つめている。
「あれもなかなか演技派だな」
「何を悠長な…」
「む、案ずるなと言っているだろう。私の言葉がそんなに信用ならんのか」
不満そうに唇を尖らせ、モフモフとした尻尾を黒羽丸の顔にぽふっとぶつける。案ずるなと言われても、目の前で若頭が殺されかけてたら落ち着かないのは当たり前ではないか。
「ちょ、ちょっと…!?これしこみ?だよね?」
「でもなんか凄すぎね?」
「違う…おかしーよ、これ…リクオ君!」
カナはステージの方へ駆け出した。ステージの上では、犬神がよりリクオの首筋に噛みついてやろうと顎の力を強くする。
「うぅ…」
「奴良リクオォォオ…てめぇの首は…俺がってやるよォォオ!!!!」
肩口に牙が食い込み、鮮血が滲んでいく。
「玉章はなぁ~…妖怪なのに人間界でも突出した存在…!俺みたいな奴とは違う別格な妖怪なんだよ~」
だがテメーは俺と同じでコソコソ人間から逃げてるくせによーーー!!!!なんで好かれてんだよーーー!!!!わっけわかんねぇえ!!!!
「若!!!!」
「リクオ君!!!!」
次の瞬間、リクオの首が宙を舞った。頭を失った胴体はぐしゃりと勢いのままに崩折れる。心配そうに駆け寄ったステージ上の生徒たちは、その首のない姿にひきつった悲鳴をあげる。
「いやぁぁぁあ!!!!首が…首がないぃいい!!??」
「リオウ様」
(おかしい…首を噛みきった筈なのに、まるで手応えがなかったっ…?)
「やはり…若を狙っていたな」
吹っ飛んだはずの首が口をきいた。ぎょっとする犬神は、ついで己に巻き付く謎の紐に目を剥く。
「な、なんじゃこりゃあ!?」
「首だけで戦うのは…君だけじゃあないんだよ」
「なっお前リクオじゃねぇのか!?」
「首無!!!!」
「ふふっほら、だから言ったろう黒羽丸。見ていればわかると」
「………」
心臓に悪い。演技派と言っていたのは首無のことか。……いや、敵を騙すならまず味方からとは言うが、せめて自分には言ってほしかった。
(はめられた!!入れ替わってやがったのか!!クソが…こざかしい真似を…!!!!)
「ムダだよ。僕の糸は…逃げれば逃げるほど絡み付く。毛娼妓の、一度好きになったら離れない性格と、絡新婦の束縛グセが合わさった糸だからね…」
ぎりぎりと紐が強く締め付ける。こいつはリクオの部下だったのか。憎たらしい奴良組。
こんなやつらに負けるのか。俺は…俺は…
玉章…
玉章…!!!!