天狐の桜10
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浮世絵中学校の中庭。そこのベンチに足を組んで座り、本を読んでいた少年は、騒がしくなった校内の様子についと視線をあげた。
どうやら転校生が前の学校の制服を着てきたらしく、可愛いだのなんだのと女子生徒を中心に騒いでいる。
(やはり目立つか…途中で制服を変えて良かった)
茶髪で制服を着崩した少年は、ふんっと鼻を鳴らした。妖気も消しておいて良かった。まさかこんなにも簡単に潜り込めるとは。
ふっと視線をあげると、廊下で女子生徒と談笑するリクオの姿が目にはいる。
(奴良リクオ…ぬらりひょんの孫。お前も学校に通っているのだな)
妖怪が人に紛れるのは苦労するだろう?目立たぬように努力をしているようだが、それもいつまで持つのやら。
(玉章は、逆だった。アイツは凄い)
玉章は人間の中でさえも目立つ存在だった。力でねじ伏せ、人間さえも支配した。誰もが彼の前で膝を折り、頭を垂れるまさに抜きん出た存在。
(それに比べて…俺は…。――ムカつくぜよ。奴良リクオ…)
「此処にいたのか」
「!?」
ふとさした影とかけられた声に、驚きのあまりベンチから飛び退く。見れば、かの天狐がクスクスと小さく笑って立っていた。
「そんなに驚かずとも良いだろう。何も今ここでお前を斬るつもりはない」
「…何?」
訝しげな視線を向ける犬神に、リオウは妖艶に微笑んだ。烏の濡羽色をした艶やかな漆黒の髪がさらりと揺れ、形のよい唇が弧を描く。
「私はお前が気に入った」
・・・・・・・・・。
「……………………は?」
たっぷり数呼吸分の沈黙。あまりの唐突さに意味を図りかねた様子で犬神は固まった。何だって?気に入った?………この俺を?
「…い、いきなり何を…」
「おや、気に入った者を口説くのに当人の許可が要るのか?」
「口説…っあのな!!!!///」
完全に向こうのペースにのせられている。黒曜石のような瞳が愛しげに蕩けているのが妙に色っぽく、意図せずして見惚れてしまう。
非常に困っているのは、気に入ったと言われて悪い気がしてない自分を自覚してしまったこと。
(いや、ちょっと待つぜよ…そもそも何で俺を気に入るって話になるんだ?接触も最初だけで後は殆ど無かったハズ…)
「?私がお前を気に入るのに理由がいるのか」
「なっ…!?心を読むな!!」
実に不思議そうな顔で、リオウはこてんと小首を傾げた。何でと言われても。ふむ、まさか理由を求められるとは。……本当に気に入った、ただのそれだけなのだが。
「お前が忠誠心に厚いのは見ていてよく分かった。だが、盲目なまでの忠誠は、主によっては自分の身を滅ぼしかねないとまだ知らぬようだな」
「っ、何が言いたい…!!!!」
「このままでは、玉章はお前を斬るだろう。だが、玉章にむざむざ殺されるのを見るのは惜しい。…なぁ、犬神とやら」
私のものにならないか?
どくりと胸の奥が熱くなる。否定しなくては。何を馬鹿なと。自分が忠誠を誓うべきは、自分を拾ってくれた玉章のみ。
だがこの男は、無条件で自分を欲しいと言ってくれた―――
「っ、玉章は…玉章はそんなことしないぜよ!!!!」
「ほう?…ならばこうしよう。玉章が仮にお前を斬ろうとしたならば…その時は問答無用でお前を貰っていくぞ」
「っ……好きにしろ!!!!」
「ふふ…約束だ」
リオウは満足そうに笑って傘を一振りする。ざぁっと吹いてきた風が桜の花弁を舞わせ、犬神は思わず目を閉じる。
はっと気がついた頃には、そこにリオウの姿はなく、ただ可憐な花弁が一片ひらりと舞い降りるだけであった。
四時限目の教室は騒がしい。実力テスト返すぞ~という担任のやる気の無さそうな声を皮切りに、皆己の結果を見て一喜一憂する。
キャーキャーワーワーと騒ぎ立てるクラスメイトを尻目に、リクオは返ってきた自分の答案用紙を見て目を眇めていた。
(88点か…。うーん…ちょっと落ちたなぁ。ここんとこ夜も活動してたしなぁ)
原因は勉強できなかったからではなく、ただ寝不足で授業とテストに集中できなかったことだ。四国の件が一段落したら、夜の自分に出歩くのは控えろと言っておかなくては。
「奴良~何点~?」
「おいおい皆一緒じゃーんw」
「当たり前だろwリクオの写したんだからw」
クラスメイトたちはケタケタと楽しそうに笑う。そんな大声で言うなと焦るリクオも気にとめず、ケラケラ笑っている男子生徒たち。
「どれ?」
覗きこんだカナは、あっと声をあげた。私の一割増…!まさか成績でこんなに負けるなんて!
答案用紙を見せろ返せとすったもんだする面々。そんな和気藹々とした教室内を、廊下から暗い瞳で見つめる人物がいた。
(何…普通に人間と、ふれあってんだ?妖怪の総大将ぉ…)
そいつぁ、人間の友達か?
自分にはいなかったぞ。そんな風に笑い合える友人などいなかった。物心ついた時から気味が悪いと迫害され、居場所なんてどこにもなかった。
妖怪であることが、自分を苦しめたというのに。
(あぁ…憎い。どうしてお前はそう恵まれているんだ)
守ってくれるものなど、自分にはいなかった。いつも蔑み、暴力を振るわれた。…玉章との出会いも、そうだった。あの時、玉章は自分に価値を見出だしてくれたけれど。
『私のものにならないか?』
不意に与えられた温もりに惑ってしまう自分がいて。優しさと微笑みが純粋に嬉しかった。こんな感情、自分にはもう枯れてしまったと思っていたのに。
拒絶されるのが怖い。誰から?玉章から?―――リオウから?
「っ…何で俺がこんなので悩まなきゃいかんのぜよ」
行き場のない苛立ちに、犬神はきつく拳を握りしめた。
昼休み、いつものようにリクオは氷麗と共に屋上にいた。男子生徒に化けた河童と3人で弁当を囲む。今日の弁当は、炊き込みご飯に煮物とだし巻き玉子、焼き魚等のおかずの入った完璧な和食。
(あれ?今日のお弁当凍ってない…)
リクオは小さな違和感に首を捻った。いつもの氷麗の弁当は完全に凍っている。だが、これは全くそんなことはなく、むしろいつもより美味しそう。
いや、凍っていても氷麗の料理は確かに旨いのだが。
「…!薄味だけど出汁がしっかりしてて凄く美味しい…!」
「今日のはリオウ様手作りのお弁当なんですよ~!」
「「ええええぇ!!!!????」」
あの人料理もできたのか!?と河童とリクオは目を剥いた。和食というのが彼らしい。そういえば、彼のもとに集まる小妖怪たちが、美味しそうな匂いすると騒いでいたような気がする。あれはこれか。
氷麗は固まる二人をよそに、「私もやってみたい」と楽しそうにお料理されてましたよ~~♡なんてホケホケ笑っている。
「おや若。生徒たちが…体育館に移動してますよ」
「えっ!?あっ…しまった!今日は1時から生徒会選挙演説の応援があったんだった!!」
弁当を急いでかきこみ、バタバタと慌ただしく屋上をあとにする。氷麗と河童も慌てて後を追う。その時、何処からか恨めしそうで不気味な声が響いてきた。
「さぼれよ。そんな下らない行事」
「え…!?」
思わず氷麗が足を止める。だが、正体のわからない不気味なそれに、一つ頭を振って、振りきるように階段を駆け降りる。
――何で進んで人間の輪に加わろうとする?
「妖怪だろ?ハブられるもんだろ…?」
憎悪に満ちたおぞましい声の主は、最後に一つそう呟くと、ふっと姿を消したのだった。