天狐の桜10
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開け放った障子から淡い陽の光が差しこみ、優しい光が部屋に満ちる。縁側に腰掛け、小妖怪たちと戯れていたリオウは、近づいてくる足音に三角の耳をピクリと動かした。
「兄さん、おはよう」
「リクオ。あぁ…そうか、お前は今日も学校か」
リオウはふっと微笑みながら、己の隣に膝をつくリクオの頬を撫でた。土地神襲撃事件から数日。あれから組の者が直接狙われることは無かった。
だが、その分人間たちに危害を加える様子が多々見られる。人間たちには『原因不明の事故』で片付けられているが、流石にこちらとしても見過ごすことは出来ない。
「恐らく次に狙われるはお前だが…お前の判断は『それ』でいいんだな?」
「うん。こんなときだけど、学校に守りたいものだってあるし、組は兄さんも優秀な側近たちもいる。…だからこそ、僕は外に出る」
「…上等だ。気を付けてな」
リクオは名残惜しそうに最愛の兄の頬をなで、髪に口づけて立ち上がる。その背を黙って見送りながら、リオウはパタリと尻尾を揺らした。
浮世絵中学校の、朝の登校風景。
わいわいガヤガヤと子供達の喧騒が聞こえる。グラウンド脇のスロープの上に身を隠した毛娼妓は、辺りをぐるりと見渡して、持っていた携帯電話にそっと声を吹き込む。
「こちら毛娼妓。スロープの上、あやしーやつはいないよー」
現在浮世絵中学にはリクオがいる。今までの青田坊と氷麗だけでは不安だと、リオウに命じられて護衛に回っているのだ。
ちなみに、校門には首無が。玄関前に青田坊。屋上に河童。裏口には黒田坊がついている。首無は愛する主を思い、拳を握りしめた。
『リクオを護ってくれ。…だが、お前たちが酷く傷つく様は私も見たくない。命に変えてもなどと言ってくれるな。皆が無事で戻ればそれでよい』
護衛につく今回の面々を集め、リオウはそう言って困ったように微笑んでいた。我が儘を言うようですまないな、なんて言っていたが、愛しい人にあそこまで言われて約束を守れなかったら男が廃る。
「こちら校門。妖気に異常なし。次どーぞ」
《正面玄関、青田坊だ。いつもの風景》
「くまなく探せ。憑いてたりするかも」
四国の奴が攻め入り、幹部や総大将、土地神が襲われた。今のところリオウの機転で全ては免れているが、次は恐らく若頭だろう。
「これはリオウ様に命じられたきちんとした任務なんだぞ!更に無差別テロでクラスメートまで襲われ、リクオ様もピリピリしてらっしゃる!」
《妖怪なんて基本極道なんだから学校なんて行かなきゃいいのに…》
身も蓋もない話だ。そんなの本人に言ってほしい。…まぁ、人間のリクオも妖怪のリクオもどちらも認めなくてはダメだろうなんてリオウが言ってる間は、本人に言おうと無理だろうけど。
《なぁ、リオウ様来るかなぁ?》
カッパの声に、首無は意識を引き戻される。リオウが来るか、だと?何処に?…まさか、ここに?
《今日はなんか学校中の生徒が集まる所で若がお話されるんだろー?リオウ様それ聞いてなんか考え込んでたからさぁ》
「…………聞いてないぞその話」
首無は頬をひきつらせた。何だその話は。絶対意気揚々と何かをしでかしに出掛けるに決まっているではないか。自分が把握してないということは、護衛の黒羽丸も恐らく知らないだろうその話。
(護衛がいないと危険だと言うのに…あの方はまったく)
「お前がそういうと思ったから、今回は素直にお前のもとに来たんだがな」
「!?」
ばっと視線をあげると、人型をとったリオウがいつの間にやら目の前にたって微笑んでいた。緋色の傘をさし、黒い着流しが雪のような肌に映える。
「なっ…リオウ様!?何故此処に…!!」
「今日はリクオが壇上で話すのだろう?個人を特定しやすく、無防備になるその瞬間を狙ってくるやも知れぬだろう」
それに、黒羽丸の仏頂面もいい加減見飽きた
あっけからんと言い放ったその一言に、首無は頭を抱えた。自分のこととなるとくるくる表情を変えるかの鴉の青年を驚かせたいのか。それに悲しむべきか、自分に会いに来てくれたことに喜ぶべきか。
「なんだ、怒っているのか?」
「…いえ、」
「ならもう少し顔をあげてしゃきっとして見せろ。折角の男前が勿体無い」
くいと顎を持ち上げられ、さしもの首無もたじろいだ。かぁっと顔が熱くなる。だがやられてばかりはおれぬとばかりに、くるりと体勢を入れ換え、壁に手をついて追い詰める。
緋色の傘が白魚のような手から落ちる。不思議なことに、二人に目を止めるものはいない。リオウの力で姿が見えなくされているのか。
そんなことを頭の片隅でぼんやりと考えながら、首無は真剣な面差しでリオウを射抜く。リオウはそっと両の手を伸ばして首無の頬を撫でた。
このような状態であっても、相も変わらず無防備な主に嘆息する。
「男相手に…お戯れが過ぎますよ」
「ほぅ?お前は良くて私はダメなのか?」
「理性を試すなと言っているんです」
キョトンとした様子のリオウの腰を抱き、濡れた唇に吸い寄せられるように唇を寄せる。
「そこまでだ」
ガシッと何者かに後ろ髪をふん掴まれる。痛みに顔を歪めると、リオウが呆れたような顔をして首無の頭を胸に抱く。
「………早かったな、黒羽丸」
「お褒めに与り恐悦至極」
「痛っ…!!加減ってものを知らないのか黒羽丸…!」
首無の抗議も何のその。怒りに頬をひきつらせた黒羽丸は、じろりとその首を一瞥すると、リオウへと向き直る。
はっと気がついてみれば守るべき主の姿が何処にもなく、屋敷中の妖を取っ捕まえてリオウが何処へ行ったか吐かせ、方々手を尽くして探し回ってようやく見つけたと思ったら、もう一人の側仕えの男に迫られていたのだから、黒羽丸の心境たるや推して知るべしである。
「屋敷へお戻りください」
「私はここへ人に会いに来たんだ。せめて目的を果たしてからだな」
「…初耳なんですが」
「おや、言わなかったか?」
「「………………」」
にっこりとこの上なく可愛らしい笑顔を浮かべるリオウ。普段優美に微笑んでいるのとは違う可愛らしい笑顔に、こんなときでも見惚れてしまう自分をぶん殴りたいと二人の側仕えは心底思った。
が、惚れた弱味とは恐ろしいもので。
「………いるのですか、ここに」
「――あぁ。どうやらもうここに来ているようだな。何、危険なことはしないし、そうはならんだろう。暫し一人にしてくれるか」
「…はぁ…。仰せのままに」
「…お待ちしております」
ついと視線を巡らせたリオウは、首無を手放すと転がる傘へと手を伸ばした。くるりと徒に傘を回したかと思えば、桜吹雪と共にリオウの姿がかき消える。
どれだけ理不尽だろうが、笑顔ひとつで負けてしまうのだから情けない。側仕え二人は、お互い顔を見合わせると深く深く息をついた。