天狐の桜9
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朝の光が薄紫色に空を染め、澄んだ空気が朝靄と共に辺りに満ちる。千羽を奉る祠に積もる落ち葉をそっと払いながら、リオウはそっと口を開いた。
「まさか、人間を助けるようになるとはな…」
今までも、戯れに守ったり傷を癒したりしていたが、まさか己の意思で…生死の理を犯してまで人間を助けようとするとは。過去に忌み嫌っていた…恐れていた存在に、こうして情けをかけようとは、かつての自分は想像すらしまい。
「…初めてお会いした頃のあなた様は、確かに「人間」に怯えておいでだった」
千羽は懐かしむように口許を緩めた。面でその表情は見えないが、酷く微笑ましいものを見るような柔らかな雰囲気。
この土地神と出会ったのは、今から300年以上も昔。生まれてからずっと体が弱く、方々手を尽くしても原因がわからぬと、父である鯉伴がまだ幼いリオウを連れてここを訪れたのだ。
「人とは良いものでしょう?」
「…そうだな。少なくとも、千羽を慕う者たちならば、悪いやつはいまい」
リオウはゆらりと尻尾を揺らす。そこにバサバサと慌ただしい羽音と共に黒羽丸とリクオが降り立った。
「リオウ様!」
「兄貴!」
「…来たか」
リオウは満足そうに微笑んだ。だが、その笑みはどこか力なく、疲れているようにも見える。リオウは、バタバタと近づいてきたリクオの胸に倒れこんだ。
「っ!?おい、大丈夫か!?」
「……私は疲れた。運んでくれ」
倒れぬよう柳腰を抱き寄せれば、甘えるように胸に顔を埋めるリオウ。普段弱味を見せない彼だが、そんなことをいっていられないほどまでに力を消耗したのか。
「リオウ様は、神気をお使いになられて少々お疲れなご様子。倒れるほどではございませんので、ご安心ください」
聞き覚えの無い声に、リクオと黒羽丸が辺りを見回すと、古ぼけた祠の上にちょこんと座った土地神の姿があった。
リオウは今回、人の思いを糧として力を使っていた。よって倒れるほど神気を消耗してはいないのだ。しかし、倒れるほど出はないとは言えど、莫大な神力を使ったのも事実。その疲労は相当なものだろう。
また無茶をして、と眦を釣り上げた二人に、千羽はおっとりと続けた。どうやらこの二人はリオウが疲れた様子を隠さないことを、相当余裕がないからだと思い込んでいるようだが…
「それはリオウ様なりの甘え方ですよ。心を許した者にしか甘えてくださらない御方ですから」
「千羽」
「ふふ、これは失礼いたしました」
ぎっとリオウに睨み付けられ、千羽は悪びれもなくそう返した。恥じらうように頬を上気させ、ばつが悪そうな表情で睨まれても全く怖くはない。千羽は呆気にとられている二人に気づくと、きちんといずまいを正した。
「私は千羽と申す土地神です。おってご挨拶に参ります、若頭」
「…あぁ」
リクオはリオウを軽々と横抱きにし、黒羽丸と共に飛び去っていく。千羽は幼い頃から見守ってきた愛しい天狐を想ってふっと微笑んだ。
朝の浮世絵総合病院のとある病室では、やいのやいのと明るい声が響いていた。
「ぱっぱらぱっぱっら~~ん!見たまえ!千羽鶴…は一日では無理だから、165羽鶴だ!」
清継は鞄からこじんまりとした千羽鶴を取り出した。今朝は知らせを受けて、清十字怪奇探偵団のメンバーで鳥居の見舞いに来たらしい。
込めた思いが重要だから、数は問題ではない。だから君はものすごく早く治ると清継は豪語する。鳥居は笑顔で受け取りながら、力強く頷いた。
「ありがとう。私も…そう思う。私千羽様に助けられたような気がするもの」
「あ、それなんだけど……わたし、妖怪にあっちゃった…」
どこか複雑そうな表情で、巻は呟いた。鳥居が緊急治療室に運ばれ、その外でずっと回復を祈っていたとき、着物姿の不思議な青年が「助けたいか」と確かに聞いたのだ。
「それが噂の千羽様?」
「ううん、どっちかっつーと狐?尻尾が4本あって、めっちゃくちゃ美人なの。なんつーか…お狐様!みたいな?」
「「尻尾が四本の狐!!??」」
清継とカナはがっと巻の手をつかんだ。彼に会ったのか!?と清継だけでなくカナまで血相を変えて問い詰めてくるのに、巻は目を白黒させる。どうしたんだ急に。
「それは僕がずっと追い求めている天狐の君じゃないか!!!!」
「?てんこ?」
「天狐は神様でね、神通力とか癒しの力を使える狐さんなの!私、またあの人にどうしても会いたくて…」
かの天狐を想っているのか、恍惚とした表情を浮かべる二人。そんな二人に、想像以上に厄介かもしれないなと頬をひきつらせながら、リクオは瞬時に思考を巡らせた。
とにもかくにも鳥居が助かって良かった。だが、四国の奴らは自分達だけでなく、この街を狙っている。早急に手をうたなくては…
「袖モギが…やられただと?」
総大将もいないのに、随分と手際がいいな。
ビルの最上階。眼下に広がる人々の営みを見下ろしながら、玉章は面白くなさそうに呟いた。何故だ?報告を聞くに、袖モギは一つも土地神を落とせなかったそうではないか。何があれの邪魔をしたのか。
(まさか、リオウ様が…?今あの組を仕切っているのは奴良リクオではないのか)
「玉章!」
犬神の声に、玉章は現へと引きずり戻された。椅子に座り、頬杖をつく玉章の肩に手を回して、天下をとる器はお前一人だと犬神は笑う。
「証明してやろうか?命令しろよ。奴の首を差し出せってよ…」
忠実な部下の言葉に、玉章は表情を変えることもなく漸々口を開く。どれだけどろどろとしたものが心中に渦巻いていようと、その片鱗も見せることなく彼は静かに命じるのだ。
四国八十八鬼夜行 大将玉章――例え部下と言えど…彼の真意を知るものは無い。
四国編(前編) 完