天狐の桜9
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「何故じゃ…何故どこにも土地神が居らぬ…」
袖モギは苛立ちも露にろくに歯の揃っていない口をムニャムニャと動かした。社の中へ飛び込もうとするも、なにかに阻まれているようで中に入れない。
どこもかしこもそればかり。土地神はその中にいるらしく手出しができず、苛立ちが募る。
今日の成果はあの小娘の袖だけか。
「空も白んできた。今日はこの神社を最後にしようかの~~」
袖モギは苔姫神社と書かれた鳥居をくぐった。リクオたちも黒羽丸達の背に乗り、大量の烏たちと黒羽の舞うなかに降り立った。
「見つけたぜ!!つるつる地蔵!!」
「!?あいつは袖モギ様!?」
袖モギ様とは、四国に伝わる袖モギ信仰の妖怪。弱い土地神を襲い、信仰の念を自分への畏に変えるもの。戦う力の無い土地神が襲われれば、ひとたまりもない。
「奴ら…我々奴良組のシノギを根っこから奪うつもりだったのだ!!!」
袖モギは後ろで自分を狙うリクオたちになど気づいてはいない。社の扉を開け放ち、そのなかで震える着物姿の土地神ににたりと嗤った。
「な、何をするのです!!!ここをどこだと思っている!?妾はこの神社の土地神…苔姫なるぞ!!!」
「お主が誰かは関係ない。どれ程の信仰を集めているか…が問題だ」
お主自身を呪い殺し、ワシがこの神社の畏となる!
勢いよく社のなかに足を踏み入れた…筈だった。見えない壁のようなものにぶつかり、バチッと激しい電撃のようなものを感じて袖モギは後ずさる。
「おのれ…ここもか…!貴様ら何をしたぁぁあ!!!!」
怒りと共に妖力が爆発し、呪いの力が社を襲う。だが全て結界に弾かれ、霧散する。苔姫は、覚悟していたとはいえ、あまりにおぞましい光景に悲鳴をあげた。
その時、夜の闇のような黒衣が苔姫の視界に滑り込んだ。
「アグァ…!?」
「生憎だな。それは拙僧の袖だ」
黒衣から無数の暗器が飛び出した。袖モギの口めがけて勢いよく放たれたそれは、一瞬にしてかの地蔵を吹き飛ばす。
「お主に味覚があるならば、そいつは不味かろう。拙僧の剣は、血の味しかせんからな」
お主が掴んだ最後の袖は、お主自身の死に装束だ
(呪いの瘴気が消えた…)
リオウはついと瘴気の消えた方角を見やった。千羽は既に鳥居のもとに向かっており、リオウは次の布石を打つべく動き回っていたのだ。
(さて…若い衆が頑張ったのだから、私もあれを助けてやらねば)
よくやったぞ、リクオ。
まるで全て見ているかのように…否、天狐は千里を見通す瞳をもつ。全てを見通した天狐は、ふわりと微笑むと姿を消した。
「鳥居…っ頑張って…っ」
夜も更け、すっかり電気の落ちた暗い廊下。集中治療室の前で、巻は一人椅子に座って頭を抱えていた。
あれは確実に妖怪に何かされたに違いない。医師達ですら原因がわからないと右往左往している。でも、妖怪に何かされたとして、じゃあ自分はどうしたらいいのだ。
(お願い…!誰か鳥居を助けて…っ)
「人を想う心とは、げに美しいものよ」
ハッと顔をあげると、ぼんやりとした淡い光の中に、それはそれは美しい青年が立っていた。着流し姿の青年は、とてもではないがこの世のものとは思えなくて。
「ヒィッ!?よ、妖怪…!?」
「妖怪?…ふふ、そうだな。間違ってはいないが、まぁ…人の子から見れば同じようなものか」
狐の耳に、4本の尻尾を持つ美しい青年は、巻の言葉にキョトンとした後、困ったように微笑んだ。青年はついと目を細めると、助けたいか、と囁いた。
「友を、孫を…祖母を。お互いを思いやるとは、お前たちは心根が美しいな」
「っ、あ、当たり前じゃん!鳥居は…っ夏実は私の大事な友達なんだから!」
青年の笑みが深くなった。愛おしむように瞳が蕩け、巻はどきりとする。青年は、そんな巻に構わず「上出来だ」と呟いた。
「その想い、ちと借してもらうぞ」
青年がそっと額に触れ、何事か呟く。巻の意識は闇に飲まれた。