天狐の桜9
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黒田坊は雨のなかを走り回っていた。闇雲に探し回っても埒が明かない。あれは守り神殺し専門…なんて言っていたが、それも無数にありすぎて探すには骨がおれる。
「黒田坊!?」
不意に聞こえた声に黒田坊は弾かれたように顔をあげる。見ればリクオと首無、青田坊がこちらに走ってくるのが見えた。何故こんなところに…いや、今はそれどころではない。
「鳥居さんが!?」
「すみません!!拙僧がっ…すぐ近くにいながら…っ!!」
「リクオ様!!!!」
「やはり…!」
リクオの瞳に怒りが閃く。首無の言葉にどういうことだ、と黒田坊は瞠目した。四国からの敵襲だと怒り心頭な青田坊に、言葉にはしないがリクオも相当に頭に来ているらしい。
「あいつら…俺らの地(シマ)ばかりじゃなく、クラスメートにまで手を出しやがってよ…」
青田坊たちは、さっさと見つけ出すかと息を巻く。何か策があるわけもなく、ただ辺りの神社や祠を虱潰しにあたろうとする下僕たちに、リクオは待ちやがれ!!と声を荒らげた。
「んな闇雲に探して見つかるかよ。もう空は白んでんだ」
これは黒田坊やオメーらだけの話じゃねぇ。奴良組の問題だ。
バッと傘を一振りすると、リクオの姿が妖怪の時のものに変り、その背後には三羽鴉が一瞬にして集う。
「お呼びですか。若頭」
「三羽鴉…浮世絵町中のカラスを使え。奴らを…あぶり出せ!」
「千羽、無事か?」
「リオウ様…」
ふわりと千羽のもとに姿を現したリオウは、祠の周囲に立ち込める瘴気の名残に柳眉を寄せた。すっかり気が穢れてしまった。やはり四国の者が来ていたのか。
白魚のような指を唇にあて、ふぅっと吐息をつけば、あっという間に辺りに神気が満ちる。千羽から先の騒動について聞いたリオウは、何やら思案を巡らせた。
「そうか…――人の子なぞと、あれだけ忌み嫌っていたというのに…私もずいぶん丸くなったものだ」
あの娘はちと困るな、とリオウは目を細めた。リクオの学友というのを差し引いても、あの娘は祖母を思いやれる優しい娘だ。平たくいうなら気に入った。
(助けるのは造作もないが…まだやらなくてはならないことがある)
穢れを祓い、回復まで持っていくことは、今の自分には造作もないことだが、今はまだ布石を打っておきたい。要するに、ここで大量の神気を消耗しては、倒れてしまうのだ。
「今、あれがその地蔵を探している。討ちさえすれば呪いは解けよう。…人の思いは、神に力を与える」
その時になれば、助けてやらぬこともない、とリオウはふっと微笑んだ。安心させるような柔らかい微笑に、千羽はこの神の温かさを思って唇を噛んだ。
(このお方はいつも助けてくださる。どれだけつれないことを言おうと、必ず。…だが、私には応えられるだけの力がない)
力無く弱い存在である己が疎ましい。
「千羽、あれを」
「え…」
ついとリオウの指し示す方を見れば、車イスに乗った一人の老女が、この雨のなかを傘もささずにこちらに向かっていた。老女は祠の前に膝をつくと、優しい声でそっと語りかける。
「千羽様千羽様。お久しぶりでございます」
いつぞやはお世話になりました、と老女は続けた。あの時は孫も元気になりました、ありがとう存じます、と。
「ここ最近はお参りもできず申し訳ありませんでした…」
また、あの子をお救いください…
あの子が自分で折った千羽鶴だけど、あの娘を…助けてください…
「昔お前のもとへ参っていた娘か。ふふ、私にも見覚えがある」
リオウは慈しむように頬を緩めた。以前見かけたときは今の鳥居と同じくらいの少女だったというのに…まったく、人間の生きる時間は神にとっては瞬きと同じか。
「願掛けをされたのならば、助けぬわけにはいかないな」
力無いと嘆く千羽を見透かしたように、リオウはふっと目を細めた。