天狐の桜9
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林の木々の影が黒々とし、より闇が際立って不気味さを募らせる。人々の喧騒は静まり、虫たちの声があちこちから聞こえてくる。
「鳥居ーー、あったーー?」
巻と鳥居は、懐中電灯を片手にひばりに言われた通り「千羽様の祠」を探していた。鳥居は巻の問いかけにうんと頷く。
「この先みたいだよ。確かお祖母ちゃんの言ったのって…あ、あった!」
「へぇ…これが千羽様…」
あまりにも寂れた祠に、巻は思わず眉を潜める。子供のランドセルくらいの大きさの小さな祠は、朽ちた戸板が半開きになっており、苔と蔓が縦横無尽にのびてきている。お世辞にも立派とは言いがたいのだが、本当に神様とかいるのか?これは。
ひばり曰く、ここに千羽鶴を捧げてお祈りすると、病気の治りが早くなるのだという。
「元々はこの祠があったから、周りに病院とか建ったらしいのに、これじゃしばらく誰も来てないよなー」
よし、と一つ頷くと、鳥居は丁寧に千羽鶴を奉納した。きちんと手を合わせ、大好きな祖母を思って祈りを捧げる。
「千羽様千羽様。お祖母ちゃんが元気になって…長生きできますように」
「これでひばりちゃんも良くなるよー」
千羽は二人の様子を静かに見守っていた。このようなところに人間が来るなど珍しい。しかもこの祠の伝説を知っているとは、一体誰から聞いたのだろうか。
いや、待て。先程言っていた「ひばり」とは―――
「待て」
そこにあるはずのない第三者の声がした。酷くおどろおどろしいその声は、明らかに人間のものではなく、本能的に危険なものであると脳が警鐘を鳴らす。
「な、何…?」
振り返れば、子供の背丈くらいの大きさの地蔵が、己の腕をしっかりと掴んでいた。小さな手ながら腕をつかむ力は強く、振りほどくことなど出来はしない。
地蔵は歯の欠けた大きな口を嫌に大きく開き、にたりと笑う。悲鳴すらあげられない鳥居に、地蔵はより笑みを深くした。
「代わりに…ワシの名を呼べ」
ワレ…袖モギ様ナリ
腕をつかむ冷たい石の感触。止まっていた思考が動き出す。非現実的で、あまりにもおぞましいそれに、鳥居はひきつった悲鳴を上げた。
「いや!!!!なによこれぇぇえ!!??」
ひぃぃいい!!!!とあげた悲鳴が森の木々に吸い込まれて消えていく。必死に手足をバタつかせても、地蔵は相変わらず薄ら笑いを浮かべたまま握り続ける。
「鳥居?」
巻は後ろをついてきていない鳥居に気づき、辺りを見回した。おかしい。ついさっきまでいたはずなのに。
鳥居は死に物狂いでもがいた。恐怖から膝が笑い、心臓は張り裂けんばかりに早鐘を打っている。これと関わってはいけない。逃げなくては。早く、早く…
「離して!!」
「ダメだ」
地蔵はぐわっと目を見開いた。先程までの気味が悪いほどニタニタと笑っていた面影は微塵もなく、苛立ちと怒りに酷く顔を歪ませ、強い口調で怒鳴り付ける。
「ワシの名を呼べぇ!!!!」
「いやぁぁああ!!!!離して!!離――」
化け物ーーー!!!!
叫んだ瞬間、ドンッと何かに叩き付けられるような衝撃が鳥居の体に襲いかかり、時が止まった。意識は一瞬にして刈り取られ、鳥居はがくりと力なく仰け反る。
捕まれた袖が裂ける。地蔵の体から瘴気が吹き出し、鳥居を包み込む――その時
グシャァッッ
空から黒衣の僧侶が二人の間に滑り込んだ。翻筋斗打って飛んでいく地蔵――袖モギ様は、長い黒髪を靡かせた僧侶をぎろりと睨み付ける。
「あ?何者だ?お前…」
奴良組の妖怪か?
「鳥居ーーどうした…っ!?誰!?」
鳥居を探していた巻は、思わぬ人影に目を剥いた。先程まで誰もいなかったのに、誰だこの男。ついでその足元に倒れ伏す鳥居に、巻は頭が真っ白になるのを感じた。
現実に思考が追い付かない。先程まで確かに話をして笑っていた彼女が、何故ピクリとも動かずに横たわっているのだ。
「鳥居ーー!!!!どうしちゃったんだよぉーー!!??」
巻は鳥居の上体を抱いて絶叫した。ハッとして振り返る僧侶…黒田坊の袖に、袖モギの手がのびる。だがそれは黒田坊の袖から出てきた大量の暗器によって阻まれた。
「うぉお!?なんじゃこりゃ!?」
「お主こそ何者だ。その子に――何をした!!!!」
この少女はリクオの学友であり、護衛をしていたときに痴漢に間違われた自分を救ってくれた恩もある。
何より、リオウが目をかけている子供たちの一人だ。その彼女に何かあったとあれば、さぞリオウは胸を痛ませることだろう。――さっさと憂いを晴らして差し上げねば。
「ぬぉぉお!?こりゃたまらん!!痛っ!!」
袖モギは木の枝へと飛び移った。ただの坊主かと思えば、まったくとんでもないヤツだった。此方は守り神殺し専門…武闘派には敵わない。
「おいっ待て!!!!」
「鳥居ーー!!!!」
巻の声に黒田坊ははっと鳥居に視線を向けた。その間に袖モギは暗闇の中へと消えていく。死んだように動かず、死の呪いが徐々に体を蝕んでいく。千羽は悔しげに奥歯を噛み締めた。
自分はただの、ずいぶん昔からこの病院の辺りで暮らしている守り神。所詮は願掛け程度の小物に過ぎない。
人を助けたいという気持ち、込められた人の思い――それが自分。
(だが、小生はこんなにも縮んでしまった)
誰も詣らなくなった神は…消えてしまう
もう何年も、人は小生の元へ来ない
(情けない話だ…目の前の少女でさえも救えないとはな)
あの娘は呪われている。即死は免れたようだが、おそらくもって夜明けまで。このままでは……
どうか、どうか叶うなら…
(お助けくだされ!!リオウ様……!!!)
(千羽?)
自室で文机に向かっていたリオウの、毛並みのよい三角の耳がピクリと動いた。四国の者に襲われたか。それも、襲われたのは千羽ではなく――
主のまとう空気ががらりと変わったことに、首無と黒羽丸は息をつめ、跪いた。リオウはついと二人に向き直ると、そっとその頭を撫でる。
「――黒羽丸。これより暫し三羽鴉としてリクオの指示を待て」
「…承知しました」
「首無、お前もリクオにつけ」
「っ!?は…いや、宜しいのですか」
首無までもがリクオにつけば、リオウ付きの護衛が居なくなる。表だって動かない方が向こうを油断させられるとこの天狐は言うが、まさか一人でふらふら動くつもりなのか。
「よい。これは命令だ。――今この組を仕切っているのは三代目若頭。あれの手助けをしてやれ」
リクオを呼べ、とリオウは首無に言付けた。バタバタとすっ飛んでくる異母弟に、リオウはついと視線を向ける。いつもとは違う張りつめた空気に、リクオの背筋も自然とのびる。
「リクオ。土地神喰いが出た」
「!」
「今のところ土地神はすべて無事だ。皆結界の中にいる。だが、ちと問題ができた」
私はそちらに向かわなくては、とリオウはふっと目を細める。土地神喰い――土地神を襲ったやつの正体は未だ知れない。早いとこ始末しなくては、いつまでたっても土地神たちに不安が広がるだけだ。
土地神喰いさえ殺せば、わざわざ他の戦力を使ってまで土地神を襲おうとはしないだろう。失敗だと分かっていながら、まさかそこに戦力を割くほどのバカとは思えない。
「私のとっておきを貸してやろう。好きに使え」
リクオはえ、と瞠目した。まさか兄からこの側仕えたちを好きに使えと言われるとは。リオウはついと繊手を持ち上げ、二人の頭を撫でながら妖艶に微笑んだ。
「側近として…これ以上に優秀な男を、私は知らぬ」
手放しで褒められた黒羽丸と首無はかぁっと顔を赤らめた。他の誰でもない、この天狐に認められるなんて光栄の極み。
「私には私のやるべき事がある。この組を仕切るのだろう?頼むぞ、リクオ」
リオウの体が空に溶けるように消える。リオウはリオウでこの組を守る為に動いている。言葉にはしないが、彼の意を汲んで邪魔しないように動けと言うことか。
(その為に黒羽丸と首無を寄越したのか…)
静かに策略を巡らせる兄に、リクオは一つため息をついた。