天狐の桜9
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香川県 とある山中―――
霧が深く、険しい山道をじゃくりじゃくりと音をたてながら降りていく人影があった。頭には簑傘を、足には草鞋を履いたお遍路さんの姿をしている。
七人同行――四国に出る妖怪で、行き逢うと死んでしまう、不幸になるなどの伝承が残る簑傘姿の集団だ。
「話は聞いたな…我らはついに―――この四国を出る」
「“都”へ入り込めたのだ」
「隠神刑部の手招きが……やはり奴は天下をとる器なり――――」
陽が傾きかけ、空がうっすらと紅に染まり始めた頃、リオウは奴良組の傘下にある土地神を回っていた。
「苔姫、居られるか」
「リオウ様!お、お越しになるときは連絡を寄越せと言っているでしょう…!?///」
社から美しい着物を着た可愛らしい少女が顔を出した。振分け髪を耳の上辺りで左右に結び、藍色の袿を身に付けている。
「ふふ、すまぬな。姫の顔がみたくなった故、立ち寄らせてもらった。――変わりはないか?」
来ると知っていれば髪や着物を~とおろおろする苔姫に、リオウはふっと目元を和らげる。本当に、この土地神はいつまでたっても中身は少女のようだ。
「苔姫。面倒な輩がうちのシマに入り込んだ。――ここも危ないかもしれぬ」
「なんと…!」
苔姫は悲鳴ににた声をあげた。土地神はその地を守る神。信仰の届く範囲までしか動くことは叶わない。逃げ場などないのだ。
「妾は…戦う力など持たぬ…」
「あぁ、わかっている」
だからこそ、手をうちに来たのだとリオウは真剣な顔で続けた。
「二重結界を張らせてもらいたい。ひとつはこの部屋に。もうひとつはこの土地自体に。奴らがこの地で鳥居を潜れば、奴良組以外の妖怪を閉じ込めることができる。」
結界は絶対に破れない。だが、それでも怖い思いをさせてしまうことは確実だろう。それを理解した上で、この作戦にのってくれるか。
「惚れたお方を――信じ抜かずしてどうします」
苔姫はリオウの手をとってまっすぐに見返した。ただでさえ体が弱いのを押して、こうして来てくれた。あまつさえ結界をはって守ってくれるのだと言う。
惚れた男にそこまでされて、これで信じぬなど女が廃る。
「よろしく頼みます」
「――あぁ、わかった。…ありがとう」
暫し瞠目したリオウであったが、すぐにふわりと微笑んで頷くと、懐から白墨と小筆を取りだし、さらさらと社の床に謎の紋様を描いていく。
「―――これでよい」
何事か呪文を呟くと、術が発動した。白い術式が光を放ち、社の中を神気が満たす。これで、奴良組以外の妖を罠にかけることができる。
「あと残っているのは千羽だけだ。黄昏までに終わらせなくては」
桜の花びらがひらりと舞い込み、リオウの姿は虚空へとたち消えた。
一方その頃、ぬらりひょんは一人公園を訪れていた。西陽に影が長く延びる。
先程「ムチ」という風を操る四国妖怪に襲われた。軽々撃退したが、あれがリオウの言っていた昨夜狒々邸を襲った者だろう。
(リオウの作り出した幻惑とはいえ、狒々もあんなひょろいのにやられるとは、やはり歳かの)
「あぁ~~総大将!!ご、ご、ご無事でしたか~~!!」
散歩の供をしていた納豆小僧が半泣きで飛んでくる。先程襲われたときに姿が見えなくなったが、無事だったのか。
「お前こそ大丈夫かい、納豆よ」
「私の心配なんか…兎に角早く帰りましょ。カラスに叱られます」
これはリオウ様のこと言えませんよ~なんて冷汗をかく納豆小僧に、ぬらりひょんは片眉をあげた。
リオウのことを言えないだ?あれをしかるのは当然だろう。あいつは平気で無茶をする。
「ワシャ帰らんぞ」
「え?」
納豆小僧はピシリと固まる。今当たり前のように何を言われたんだ?屋敷に戻らない?
「暫く戻らんからそう伝えとけ。それとも納豆、お前もついてくるか」
「え~~~~!?ちょっと…そ、そ、総大将~~!?どういうことです~~~~!!!」
「――四国へ行くのか」
「!」
いつの間にそこにいたのか。人型をとったリオウがじっとこちらを見つめていた。その隣には黒羽丸が控えており、恐らくリオウもリオウで組を守るために奔走しているんだろう。
「留守にする。無理だけはするな」
「善処しよう」
「一度でも倒れたと報告があれば―――覚悟しておくんじゃな」
リオウは言葉の代わりにぱちんと扇子を鳴らした。意地でもうんと言わないところがリオウらしい。
そこは嘘でもはいと返事をしろ、と目を眇めるぬらりひょんに、お祖父様に言質をとられることほど面倒なものはないと軽口を返す。
「お帰りをお待ちしている」
「ふん、可愛いお前にそんなこと言われちゃあ、早く帰ってくるしかねぇな」
ヒラヒラと手を振って踵を返すぬらりひょんに、リオウは黙って頭を垂れた。