天狐の桜9
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一夜明け、総会を終えた幹部たちが慌ただしく帰路につく。誰も彼もが不安の色を浮かべ、深刻そうな面持ちで思案を巡らせる。
「こちらの出口からどうぞ」
「おい…朧車は来んのか」
「すみません…気を付けてお帰りください…」
「うむ…」
逃げるように去っていく幹部たちを見る牛頭丸と馬頭丸は、庭の木の上にいた。太い枝に腰掛け、つまらなそうに目をやる。
「ふん…何だよこの騒ぎは」
どいつもこいつも浮き足立ちやがって、と牛頭丸は歯噛みした。本家のこーいうなめた空気が嫌なのだ。
「そーおー!?僕好きだけどな~。楽しい感じがして!」
「馬頭よぉ~~オメーは何百年たってもアホだなー」
ポカッと殴られ、痛い!何で殴んの!?と馬頭丸も思わず抗議する。今殴られる必要無かったじゃん!これどんな理不尽!?
「俺たちゃ言わば人質だぜ?それを楽しいってよ~~~」
「ふふ、お前たちは今日も元気だな」
「「!リオウ様!!!!」」
こちらを見上げて微笑む麗人に、牛頭丸と馬頭丸は慌てて木から飛び降りた。馬頭丸は勢いよくその胸に飛びこみ、牛頭丸もどこかソワソワと近寄ってくる。
「昨夜狒々の屋敷が襲われてな。幹部連中が次は我が身とざわついている。…まったく、困ったものだ」
白魚のような華奢な手が、そっと髪を撫で、優しく頬を包む。嬉しそうにすり寄る二人に、リオウも相好を崩した。ふむ、やはり素直な若者は可愛らしい。
「あれ?でもさっき狒々様いましたよ?」
「あぁ、実は襲撃された狒々の屋敷には幻惑の術をかけていてな。所謂身代わりを用意していたんだ」
だから、今暫くは気づかれぬよう狒々は死んだことにしなくてはならない
身代わり…と牛頭丸は呟いた。即席で用意できるものではない。ましてや大幹部狒々の屋敷にいるあの大人数を逃がすためには、襲撃されるより幾日か前から…
(本当に、この方は何手先まで読めているんだろうか)
「不安に陥ってるってことは、リオウ様は狒々の時のように守ってやるーとか言わなかったんですか?」
小首を傾げる馬頭丸に、リオウはそれはそれは良い笑顔を浮かべた。
「ふふっ可愛いお前達なら兎も角、私は腑抜けに力を使う気はない」
((可愛い笑顔でばっさり切りやがった…))
本当に認めたものにしか手を貸さないのがこの天狐。そもそも過信慢心があるから殺られるだけであって、本来幹部であるならばそれ相応に戦えるはずなのだ。それに、とリオウはついと目を細める。
「次に狙われるは恐らく土地神。頭の首をとるのを急いだ輩は、きっとお祖父様を狙いに行くだろう。そういったところに限りある人員を割きたいから、各々が自衛してくれる分には大歓迎だ」
(そこまで読んでの「自衛しろ」、なのか…)
守ってくれないとわかれば幹部たちが自衛策にはしるとふんで…
つくづく敵には回したくないお人だ。牛鬼の命とはいえ、これに一度は弓引いたのだから恐ろしい。命じたのが牛鬼でなければ死んでいたかもしれない。
その時、ぬらりひょんに護衛を勧める鴉天狗と、それを鬱陶しげにいなすぬらりひょんが廊下を通りかかった。
「総大将には特に強力な護衛をつけなくては」
「いらんいらん。うっとぉーしい」
「ちょっとお待ちを」
どうしたものかと鴉天狗は思考を巡らせた。青田坊も黒田坊もリクオの護衛についていて、今は人手がない。
「安心しろ鴉天狗。お祖父様であれば、殺しても死なぬ」
鴉天狗は突如かけられた甘い声に、弾かれたように顔をあげた。
「リオウ様!こんなところにいらしたのですか!護衛もつけず…なんと無防備な!お部屋にお戻りください!」
「屋敷には結界を張った。うちの組以外のものは入れぬ」
ぐぬぬ…と唸る鴉天狗の嘴を指で擽ると、リオウはついと祖父へ視線を投げた。ぬらりひょんは真剣な面持ちで頷くと、ふらりとどこかへ出掛けていく。それに気づかず、鴉天狗は牛頭丸と馬頭丸に向き直った。
「おい牛頭馬頭。早速だが仕事をやろう。今は本家の妖怪なんじゃからな!さぁ文句を垂れずに護衛に回れ!」
「………」
「オメーの護衛……か?」
二人は困惑した様子で眉根を寄せている。鴉天狗は何をいっとるか!と吠えながらばっと己の後ろを指差す。
「この総大将の護衛と言う名誉ある…」
「ほぅ、私はいつから3の口の孫になったんだかな」
「え゙…っていないしーーーー!!??」
リオウはものの見事に翻弄される鴉天狗に、くすくすと小さく笑う。奴良本家はどうもこの鴉天狗一族を振り回す傾向にあるらしい。
「…………リオウ様…」
その時、それはそれは恐ろしい地を這うような声音が背後から聞こえてきた。リオウは振り向きもせずに目を反らし、口許を袂で隠す。
(噂をすればなんとやらと言う奴か…)
さて、今目の前で怯えにひきつった顔をする牛頭丸と馬頭丸を見るに、己の側近である側仕えは今とんでもなく怒っているに違いない。
(――が、原因がありすぎて分からぬ)
部屋にいないこと、黙っていなくなったこと、供をつけていないこと、神気をばしばし使っていることなどなど。
どれについて怒っているんだろうか?なんて、全部について怒っているんだろうが、リオウとしてはどれも怒られる謂れはないと思っているので仕方がない。
「黒羽丸」
リオウはこの上なく艶やかに微笑みながら振り返った。恋人に甘えるかのようにたおやかな腕を持ち上げ、その顔を優しく包む。さしもの黒羽丸も、あまりの色気に固まった。
これだけ見れば完全に恋人の逢瀬なのだが……
「っ!?な、リオウ様!?///」
「お前は優秀だ。それは疑いようもない。私もお前を誰よりも信頼している」
「いや、その、っ////」
「お前がいてくれるからこそ、こうして有事の場合でも動くことができる。本当に感謝しているぞ。――なぁ、黒羽丸」
相手に言葉を発させる前に流れるように言葉を紡ぐ。髪を撫で、そっとその頭を引き寄せて耳に唇を寄せる。甘やかで艶のある声が、甘えるように囁いた。
「お前だけは、誰よりも私の味方であってくれると約束したな?」
(((全力で説教を回避しようとしているな)))
鴉天狗たちはその意図に気づいて顔をひきつらせた。彼らも既に顔が赤い。リオウの意図がわかったとしていてもあれには勝てまい。というか、そこまでして怒られたくないのか。
「ッッ……はい…/////」
「ふふ、良い子だ」
がくりと項垂れる黒羽丸の頭を胸に抱き込んで満足そうに尻尾を揺らす。さて、とリオウは空を見上げる。これからやらねばならないことは多い。
「放っておいても良いのはお祖父様くらいか」
つくづく食えないお人だとリオウは小さく嘆息した。