天狐の桜9
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すっかり静かになった狒々邸。咽返るような鉄の臭いがむわりと立ち込め、床には無惨な死体が転がっている。
足の踏み場もないほどに散らばった臓物は、足を進める度にぐちゅりと濡れた感触を伝えてくる。長い舌を持つ茶髪の少年は、ものの一晩もかからずして制圧してしまった屋敷につまらなそうに鼻をならす。
「大幹部とはいえこの程度か。弱体化してるってのは本当みてぇだな」
こりゃ一週間もかかんねーんじゃね?
へらっと笑って、狒々の死骸の上に×印がつけられた妖怪図を放り捨てる。そこに描かれていたのは――狒々の図。
黒髪の少年は、顔についた返り血を気にすることなく唇を弧の形に歪める。
「奴良組は今脆い。“頭”を失えば、すぐに崩壊する」
「頭…」
「そう」
鸚鵡返しする部下に少年はにこりと笑った。だがその笑みはどこか冷たく、冷酷な印象すら覚える。
少年は手元の2枚の妖怪図を見て目を細めた。一枚は妖怪の総大将 ぬらりひょん。そしてもう一枚は、嘗て自分が幼かった頃に出会った美しい天狐の絵姿。
『玉章、お前には十分な素質がある。――力が欲しいのならばまずは己のそれを磨いてみるがいい』
一目見たその時から、その気高い姿に恋をした。己のものにしたいと願い、一途に恋い焦がれて幾年過ぎた。
それまで他の兄弟に馬鹿にされていた自分。かの天狐の言葉を純粋に守り、己の力を高め、とうとう手にいれた力で兄を消し去った。
(あぁ、あなたをお迎えできる日が来ることをどれだけ待ち望んでいたことか)
あと少し。すべてをねじ伏せ、かの天狐を手にいれるまでは、そう時間はかからないだろう。
「奴良組の総大将ぬらりひょんは、四国八十八鬼夜行が―――殺るよ」
少年――玉章は、実に妖しげな笑みを浮かべた。
「失礼いたします」
総会の議題が一段落し、そろそろ終盤かと思われたその時。短く断って入ってきた黒羽丸が恭しくリオウの傍で膝を折った。
「敵勢力、対象を完全に撃破し撤退しました。気づかれてはおりません」
「そうか。ふふっありがとう」
幹部たちは、揃って黒羽丸たちの言葉に首をかしげた。敵勢力?対象?一体何の話をしているのだ。一斉に向けられる早く説明しろと言わんばかりの視線に、リオウはクスクスと小さく笑って幹部たちに向き直った。
「西側勢力から、四国八十八鬼夜行と名告る敵勢力がうちのシマに入り込んだ。奴等はこの組のシマを狙っている。…此度は狒々が狙われていた」
奴良組大幹部 狒々を殺れば、こちらの地盤は大きく崩れる。結束の脆くなった組織ほど、頭を狙いやすいのは当然のこと……
「奴良組総会で本家への注意が高まっていた今夜。奴等は狒々邸に侵入し、狒々の手勢全てを撃破した。――少なくとも、表向きは」
知っての通り、狒々と関東大猿会は今ここにいる。奴等には屋敷に呪い(まじない)をかけて誘き寄せ、狒々たちを殺す幻影を見せていた。
「だが夢とはいえ、この狒々たちは現実の狒々たちと変わらぬ力を持っている。…相手は狒々すら一晩足らずで陥落させるほどの力を持っている」
リオウの言葉に幹部たちはどよめいた。何だと?ではこれから自分は命を狙われるというのか…!
「狒々には暫く本家に身を隠してもらう。皆も各々の身は自分で守れ。いずれにせよ油断していなければ下手な結果は招かぬだろう。警戒は怠るな」
だが、とリオウは思案する。恐らく狒々を殺った彼らの次の狙いは幹部ではないだろう。より警戒され動きにくくなっているはずだ。それより…うちのシマにいる土地神を喰う方が容易い。
「次に狙うは土地神と頭か」
さて、どんな布石を打って迎え入れようか。
右往左往しながらあーでもないこーでもないといかにして身を守るかを騒ぎ立てる幹部たちに目を細めながら、リオウはくつりと笑った。