天狐の桜1
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
リオウは黄昏に染まる空を見て、妙な胸騒ぎに襲われた。
「…迎えに行くか」
リオウはふわりと変化した。下駄を履き、満開に咲き誇る桜のもとへと歩いていく。さて、側仕えたちにバレないように散歩に行くか。
優しい風が庭に吹き込む。桜吹雪が巻き起こり、ふわりと風がないだ頃には、そこにはもうリオウの姿は見つからなかった。
浮世絵小学校前のバス停では、リクオが清継とシマという男子生徒2名にからかわれていた。…否、いじめにあっていたのだ。
「どうしたー!妖怪くん乗らないのかーいー!?」
「やめときましょ!一緒に乗られたら妖怪に襲われるかも!?そーいやあいつんちって古くてボロボロらしいですぜー」
「妖怪屋敷かぁ?ピッタリだねぇー!」
「私の弟を虐めるのはやめてくれないか」
涼やかな声が響いた。見れば長い黒髪をうなじで緩く纏め、黒の着流しに紺色の羽織を羽織った美青年が冷たい顔で此方を見ていた。
リクオは、その青年の顔をみて瞳を揺らす。リオウだ。人間に化けているが為に髪は黒く、耳も尻尾もないけれどその美貌は変わらない。リオウはからからと下駄を鳴らしながら、ゆっくりと子供たちの方へ歩み寄っていく。
「妖怪が嫌いか」
「きっ…嫌いもなにも、そもそも存在なんかしないものさ!!」
「そ、そうっすよ!!」
「ほぅ…」
花も恥じて月も隠れる美しさに、暫し見とれていた清継たちは、焦ったように言い募った。リオウは無表情のまま二人をじっと見つめている。
「妖怪なんぞより、自分と異なる考え方の人間を排除しようとするその幼稚さの方が、私は何より恐ろしいな」
ズバッと切り捨てると、リオウはリクオの前にひざをついた。手を繋ぎ、帰ろうか、と頬笑む。カナは俯いたままのリクオの肩を、スパーンとひっぱたいた。
「もぅ!なにめそめそしてんの!」
リオウはリクオの頬をそっと撫でた。その手に手を重ね、リクオはぎゅっと手を握り、悔しげに唇を噛み締める。
「お兄さん迎えに来てくれたんでしょ!もっと元気出しなよ!」
「…情けないんだ」
妖怪って、もっとかっこいいと思ってた。けど、あんな悪いことばっかコソコソたくらんでさ。英雄なんかじゃなくて…ドジばっかで…そんで、ボクもそんなじーちゃんのマネばっかして…
(…変えられぬ性とは、悲しいことだな)
リオウは困ったように柳眉を下げた。妖怪は悪いもの、そう思われてしまうのは仕方がないことだ。だが、自分達は確かに妖の血をひいている。
「情けないと思うのなら、お前がしっかりしなくてはな」
「え…?」
「お前が、胸を張って皆の上に立ち、情けないと言われないように導いていくことは出来ないのか?」
リクオは兄の黒曜石のような瞳を見つめた。人型をとっているときの仮の姿とはいえ、吸い込まれそうな程美しい瞳。カナはそんなリクオに気づかず、そうだよ!と声を弾ませた。
「お兄さんの言うような、そーいう人達の上にたてる立派な人間になれば良いじゃない!」
「立派な…人間?」
「そ!だから、その下僕が妖怪とか、もう言わない方が良いと思うよー」
リオウは、カナが意味している言葉が、己と違う意味でリクオに伝わったことを感じて、柳眉を寄せた。人間、というだけでなく、妖怪としても一人前になってほしい。というか、リクオ、お前もしかしなくてもはき違えて心に刻まれなかったか?今。
「それって、僕の言うこと信じてないじゃんか!!」
「だって怖いもん!!妖怪って…お化けでしょ!?」
「怖い?」
リクオは驚いたようすで目を丸くした。呆然と立ち尽くすリクオを置いて、カナはバスへと駆け出した。
「見せてくれたら信じるけど…やっぱりそんなのみたくないよ!!」
リオウはリクオの手を引きながら、ついと遠くを見た。時は黄昏時。面倒なのに見つかる前に、人の目につかないところへ入らなければ。瞬間移動するところをうっかり人間に見られては面倒なことになる。
「…お前も私も、妖怪の子だ。常に組の妖怪たちと共に生きてきた。だから、本当は妖怪たちが怖くないことを知っている」
無知とは、即ち恐怖。人は知らないものが怖いのだ。それは妖怪だけでなく全てにおいて言えること。初めて犬を見たら、噛まないと理解するまで未知なる動物ゆえに恐怖心を抱くのと一緒。
「私もかつては人が恐ろしくてな」
「人間が!?」
「あぁ…天狐の一族を滅ぼしたのは他でもない人間だからな」
天狐には記憶の継承がある。目を閉じれば、今もまぶたの裏に鮮明に蘇る悍ましい記憶。おのれ人間。おのれ花開院。天狐は神である故に、理に縛られ人間を殺すことが出来ない。口惜しいと叫ぶ声は、誰のものだったか。
「おばあ様は人間だった。だが、おばあ様はあの恐ろしい人間とは違っていた。その後も、長く生きている間、こうして人間というものを見てきて、人間が愚かで弱いものであることも知った」
だから、知らぬがゆえに嫌悪してしまうその弱さを許してやってくれ。
リクオは、儚く笑う兄の姿に複雑な気持ちを感じ取り、そっと目を伏せた。