天狐の桜9
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有明の月が星空を彩り、夜闇を明るく照らしている。虫の声すらしない静かな夜。
狒々邸に一陣の不穏な風が吹き込んでいた。
「ガグゥウゥウ!!!」
縦横無尽に風の刃が走り、身体中を切り裂いていく。鮮血を噴き出し、もんどり打って吹き飛ぶ狒々は、勢いよく床へと叩きつけられた。
「う…う…ワ、ワシを誰だと思うとる…大妖怪…狒々様じゃぞ…」
力なくずるずるとボロボロの四肢を引摺り、床板を赤黒く汚していく。猛毒を孕んだ風の刃は、狒々の力を徐々に奪い取っていく。不様に這いずり回る狒々に、風を操るそれは歪な笑みを浮かべた。
「天下の奴良組幹部の一人じゃぞーーー!!!」
「雑魚は雑魚じゃ」
大量の風が狒々の能面をぐしゃりと無情にも貫いた。
リオウは奴良家本邸の屋根の上で、一人煙管を吸っていた。月花の淡い光がキラキラとリオウの髪に反射し、輝きを放つ。
「リオウ様、――かかりました」
「ほう、ご苦労だった」
黒羽丸の報告に、リオウは実に満足げに目を細めた。膝をつき頭を垂れる黒羽丸の頬を撫で、月を見上げる。ついで楽しくてたまらないとばかりに笑みを浮かべた。
「仕込みは上々…か」
さて、まずはリクオのお手並み拝見と行こうか
同刻――奴良組本家
大広間では幹部たちが勢揃いし、皆で顔を付き合わせて会食をしていた。幹部たちは出席者の顔ぶれにざわざわと騒ぎ立てる。
「リクオ様が出席?」
「随分久しぶりじゃああるまいか」
「リオウ様の分も膳があるぞ。此度は出席なされるのか」
「いや、まさか…さすれば数十年ぶりに姿をお見かけすることになるのぅ」
「牛鬼もおるぞ」
「噂では奴は破門級の罪を犯したとか」
「リクオ様に弓引いたという…なぜまたこの総会に出る…?」
「この場で裁くつもりか…?」
リクオとぬらりひょん、そして話の渦中の牛鬼は静かなものだ。膳の赤飯を黙々と口に運ぶ。
「遅れてすまない」
リオウは流れるように席についた。ついで自身の膳を見て小さく噴き出す。そうか、今日は赤飯か。先程若菜たちが台所でくるくると働いていたのを思いだし、口許を緩める。
(これを見てまた下手な勘繰りをする輩が出てくるんだろうか)
嗚呼、まったく愚かしい者ほど端から見てる分には滑稽で面白い。現にひそひそと、何故赤飯がと真面目な顔して推理を言い合う幹部連中たちに噴き出しそうだ。
リオウが袂で口許を隠して笑いをこらえている頃、廊下では側近たちがおろおろと右往左往していた。
首無や黒羽丸、雪女たちにとって、己の主人が久方ぶりに総会に出席するのだ。何かあってはと気が気でない。
大根片手に廊下をパタパタと急いでいた若菜は、大広間の前でうろうろしている側近たちに、おっとりと小首を傾げた。
「あらあら?皆どうしたの?そわそわして」
「若菜様…だって、今日はリクオ様にとって大切な日なんです。三代目になれるかどーかの…」
いてもたってもいられず…という妖怪たちに、若菜はあらあらそーなのと微笑んだ。
「丁度良かったわ~~今日お赤飯にして。お祝い事だったなんてラッキー♡もち米余ってたのよ~」
え゙………
側近達の時が止まった。雪女と首無は配膳はしたものの、献立を確認していなかったらしくだらだらと冷や汗を流している。
リオウ曰く、今日の議題は牛鬼のお裁きとリクオの三代目若頭襲名。そう、「牛鬼のお裁き」なのだ。
何故だ。昼まで普通の白飯だったではないか。何故このタイミングで気づいてしまったのか。いや、そもそも誰も止めなかったのか。
「リオウ君にお赤飯にしてもいいかしらって聞いたら、構わないって笑ってたのはそういうことだったのね~」
(((犯人はあんたかリオウ様ーーーー!!!)))
あの御仁の事だ。今頃何故赤飯がと神妙な顔であれこれ推察する幹部連中に、笑いをこらえているに違いない。
側近たちは思いの外副総大将がどんな人物かわかっていた
(おぉ、リオウ様が微笑んでおられる)
(流石いつ見ても品があってお美しい…)
そして思いの外、自分達が執着する副総大将のことをわかっていないのがこの幹部たち。誰一人として、実はリオウが赤飯が云々と言い合う自分達に、必死に笑いをこらえてるなんて思いもしないだろう。
鴉天狗はパタパタとリクオのもとへと飛んでくると、いっこうに変化して見せようとしないリクオに眉根を寄せる。
「リクオ様。どーして夜のお姿でご出席されないんですか!」
「そんなポンポン変化できるもんじゃないんだよー」
「その姿では…不利ですよ。総大将との約束をお忘れか」
「忘れてないさ!それは勿論」
リクオは表情を引き締めた。これは祖父と兄との約束の場。この総会で姿勢を見せないと、すべてが終わる。
『おいリクオ。本気で継ぐ気なら、若頭襲名のために幹部会を招集してやる』
『その場で牛鬼の件を裁いてみせろ。もし場を仕切れねぇようだったらお前はそれだけの器だったってぇことだ』
厳しい言葉の裏にあるのは、場を用意してもらえるだけの期待。信念を貫くためにも、ここで折れるわけにはいかないのだ。