天狐の桜8
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奴良組系「関東大猿会」会長 狒々の屋敷――
「よく来たなぁ、御姫」
「…………その呼び方は改めてくれと言った筈だが」
げんなりした様子で眼を眇めるリオウに、狒々はカラカラと声をあげて笑った。奴良組の中でも長老格と呼ばれる彼は、幼い頃から知っているリオウを「御姫」と呼んで大変可愛がっている。
「いつまでたってもワシからしてみれば御姫は御姫よ。して、此度は何用か」
「西方からこの組を狙う輩が入り込んだ」
リオウは下座に座し、悠然と狒々を見つめた。肘置きに寄りかかる大柄な体躯に、顔の大きさに見あわぬ小さな能面。その向こうで此方を見やる瞳にうつるのはどんな色だろうか。
「恐らく、真っ先に落とされるのはここだ。――今関東大猿会を…お前と猩影を失う訳にはいかない」
「御姫…ワシにこの屋敷を、下僕(しもべ)たちを捨てても生きろというのか?四国から来た若造共に、迎え撃つこともせず逃げろと」
「あぁ」
「御姫…御姫よ。それはあんまりではないか!!!」
狒々は豪腕で肘置きを殴り壊した。ビリビリと空気が震え、リオウの着流しが裂けて柔肌に赤い線が滲む。気迫だけでこの有り様とは、流石老いても大妖怪。
だが、リオウも退くわけにはいかない。この狒々が死ねば、腑抜けた幹部共が惑って組全体がより脆くなる。そうなる前に、守りを固めなくては。
「私は副総大将の名において、奴良組を守らなくてはならない。……今ならまだ間に合う。私は関東大猿会に所属する部下たちも助けられる。だが決断が遅れれば、救えるのはお前とお前の息子だけだ」
頼む。本家へ身を隠すと約束してくれ。
「……あいわかった」
狒々は屈辱に震える声で返事をした。だが、と鋭い視線でリオウを射抜く。お前はどうするつもりなんだ。
関東大猿会はこの屋敷を守るだけでも相当な数。それだけの身代わりを作るとなれば相応に力を使うはず。
いくら組を守るためでも、リオウが倒れてはそれこそ一大事。彼だけに負担をかけるくらいならいっそ…と決意をにじませる狒々に、リオウは暫しキョトンとしたあと、あぁと頷いた。
「何も、身代わりを作ることだけが私の能ではない」
ちと夢を見てもらおうと思う、と微笑む様は実に優美で。華奢で繊細な美しさの裏に、これほどまでの豪胆さを隠し持っているとは。
孫のように可愛がっている天狐に、狒々はやれやれと肩をすくめて笑った。