天狐の桜8
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一方その頃――
奴良組では、使い走りの小妖怪が、リオウ宛に文が届いたと一枚の料紙を持ってきた。そこにあったのは、奴良組を下し天下をとる日は近い。天下をとった暁には必ず貴方を迎えにいく、といった旨と玉章の文字。
「玉章?」
リオウはふむ、と独り言ちた。玉章…かつて隠神刑部狸の元へ足を運んだときに一度だけ会ったことがある少年の名前だ。なんでも隠神刑部狸の88番目の嫁の8番目の子供だとか。
「―――口説き方に風情がないな」
リオウはしれっとそう言うと、料紙をきちんと折り畳んで懐にしまった。ついで四国八十八鬼夜行とやらについて調べるよう黒羽丸に言付ける。
「さて。私は私で動くか」
不穏な風がこの町を覆っている。弱体化したこの組は、今内部から崩れずとも、外側から攻められたら簡単に落ちる。
(この組をとると宣言していた…そして玉章。奴は先頃兄を次々と手にかけたというが…)
流れるように立ちあがり、遠慮なく部屋を出ていくリオウに、久方ぶりにお姿を見たぞと妖怪たちがわらわらと集まってくる。
「リオウ様~」
「お体はよろしいのですか?」
「あぁ。――お祖父様に用があってな。ちと退いてくれ」
素直に道を開ける妖怪たちにふわりと微笑み、優しくその頭を撫でる。時間が空いたら後でちゃんと相手をしてやろうとぼんやり考えながら、リオウはぬらりひょんの部屋へと急いだ。
スパーンッとそれはそれはいい音をたてて襖が開く。驚くこともなく悠然と顔をあげたぬらりひょんは、襖の向こうに立っていた人物に目を眇めた。
「リオウ…テメェがなぜここにいる」
「外出許可を貰いに来た」
「外出許可だぁ?」
「傷なら治った」
ばっと遠慮なく襟元を開けさせて首筋をさらすリオウに、端から見ている妖怪たちの方が赤くなった。確かに白く滑らかな首筋には傷跡ひとつなく、ごくりと誰かの生唾を飲み込む音がする。
「治癒の力を使ったのか」
「いや、鴆の薬がよく効いただけだ。言いつけ通り傷がなおるまでは部屋で大人しくしていたぞ」
「大人しくしてたのはたったの2日か。―――まだ足りねぇってか」
ひん剥いて身体中に痕つけてやんなきゃいかんかのぅ?なんて紫煙を吐き出すぬらりひょんに、リオウは妖艶に笑って出来るものなら、とだけ返す。
次の瞬間取っ組み合いが始まった。目にも止まらぬ早さで蹴りが飛び出し、それを避けては手が出て足が出て。突然の出来事に鴉天狗と戻ってきた黒羽丸をはじめとした妖たちは固まった。
いつのまにかぬらりひょんも若かりし頃に変化し、二人とも本気で喧嘩をしている。リオウは隙をついて足払いをし、ぬらりひょんを畳に押し倒す形で縫い止める。
「オメーみてぇな別嬪さんに押し倒されるってーのも悪くはないのぅ?」
「は…っ何を言われるかと思えば」
蹴りが飛んでくるのを宙返りして避け、懐に飛び込んで背負い投げる。本人たちにしてみればじゃれあいの延長で、喧嘩にもなっていないのだが、その勢いたるや凄まじい。
特にリオウ。普段優美に微笑みながら神力を使うだけで、あまり近接格闘する印象がないからか、改めてその強さを実感させられる。
何が怖いって、これを二人とも楽しくてたまらないとばかりの笑顔でやっているところである。
「リオウ様っお止めください!」
「御体に障ります!」
「総大将!」
「「……ふん」」
二人は面白くなさそうな顔で渋々離れた。完全に後半はただ楽しくてじゃれあっていただけなので文句は言えない。
「四国から「客人」が来ている」
「何?」
「恐らく隠神刑部狸の倅だろう。…ずいぶん手荒い輩だと聞く」
既に西側勢力では幾人か手にかけていると。恐らく奴良組の地(シマ)を弱体化させるために、彼等は幹部を狙うはずだ。
「私とて腑抜けどもは要らぬが、組の弱体化は避けたいのでな。……恐らく、今一番狙われているのは狒々だろう」
「なんじゃと?」
大幹部の首をとったとなれば向こうの士気はあがり、此方は大きく勢力を失う。彼処には一人息子がいたが、まだ年若い。せめて二人を助けてやらねばなるまい。
「根拠は」
「ない。あるのは私の「眼」のみ。――まぁ、狸の倅からは随分と高飛車な恋文を貰ったがな」
というわけで私は出かける。
リオウはしれっとそう言うと懐から一枚の料紙をとり出し、鴉天狗に放り投げた。はぁ!?と鴉天狗が顔をあげたときには、もうリオウの姿はない。
「なっ…ちょっリオウ様ァァア!!!」
鴉天狗のその日一番の怒号は、まさしく屋敷が震えるほど凄まじかったと後々小妖怪たちの間で語られることになるのは、また別のはなし。