天狐の桜8
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
奴良組本家―――
リオウはぼんやりと障子を見つめていた。…否、千里眼を使って障子の外を盗み見ていた。
何を騒いでいるのかと思えば、朝からリクオが明鏡止水の練習をしているらしい。人間の姿では妖力を操ることなどできまいと、どこかハラハラしながらことの成り行きを見守る。
「奥義 明鏡止水…!」
気迫は十分。はりつめたそれに、近くの木々にいた鳥たちはバサバサと飛び立っていく。――が、妖怪の姿の時のように炎がたつわけでもなく、どぼどぼと酒は盃から零れ、そのまま足を滑らせてリクオは池へと落下する。
「いででっやっぱ無理か~~」
「ひゃっひゃっひゃっな~~にをしとんじゃリクオ~~」
そりゃ明鏡止水か?とニヤニヤ笑いながらぬらりひょんが現れる。小さい頃はリクオもよく見よう見真似で真似していたが、今さら何をしているのやら。
「ハッハッハッ!まーーーたあんときみたいに、お祖父ちゃんみたいになりた~~いとか言って継ぐ気になってくれんかの~~~~。の~~カラス」
「まったく…」
うんうん首肯く鴉天狗とぬらりひょんを尻目に、リクオは池から這い上がった。三代目を継ぐのかだと?そんなもの愚問だ。
「うん。まだ…遅くはないよね」
「やめとけやめとけ人間には妖力は使え…え?何ーーー!?」
「じいちゃん…僕三代目を継ぐ!これ以上組の皆を迷わせない」
「そ、総大将…こ、これは…」
「うぬ~~ワシは夢でも見てるのか。牛鬼は一体何を吹き込んだのか…」
あれ?知ってるの?とリクオは小首を傾げた。あのとき兄が口止めをして、呪いでもかけるかと脅してすらいたのだが、結局話してしまったのか。
まぁ…黒羽丸の性格上、いくらリオウの命とはいえ、リオウの命が危険に晒されたのだから報告せずにはいられなかったのだろう。
「当たり前じゃ!カラスの息子に口止めしたらしいが、牛鬼と戦ったらしいな!あいつめ~~目をかけてやったのにとんでもないことしてくれたわい!」
破門じゃ切腹じゃと騒ぐぬらりひょんに、カラスがまぁまぁと執り成しにはいる。まだそこまで詳しいことはわかっていない。リオウも詳細は語らず、裁きはリクオに任せると言っていたゆえ、恐らくなにか思惑があったのだろう。
リクオは目を輝かせながら、そうだよ!とびしっと指を突きつけた。
「牛鬼は組のことを思ってクーデターを起こしたんだ!いわば僕のせいなんだから!だから変な処分とかしたらダメだからね!絶対だよ!」
「は?」
「あっもうこんな時間!学校いかなきゃ!」
呆気に取られるぬらりひょんを尻目に、リクオはバタバタと駆け出していく。そんなピュアな妖怪の総大将があるか~!とぬらりひょんの怒号が庭に響き渡った。
(まだまだ甘いが、あれも確実に成長している)
今は昔ほど人間と妖怪の世界は近くはない。両者の血をひいたリクオだからこそ、上手く渡っていってくれればいいのだが。
そんなことをぼんやりと考えていたリオウは、突然腰から背筋にぞわりとした刺激を感じて肩を跳ねあげた。
「っ!?」
ぎぎぎ、と油の切れたブリキの人形のように振り返れば、尻尾をむんずと掴んだ黒羽丸と鴆がじと目でこちらを見下ろしていた。
「神力は、お使いにならないと…約束いたしましたよね?」
(また面倒な者を寄越したな…)
リオウは思わず頬をひきつらせた。ばれないと思っていたが千里眼もダメか。あぁ、思った以上に退屈で、じっとしているのがむしろ面倒だ。
「私はちゃんと寝ているだろう」
「体を休めなくては元も子もありません」
「チッ睡眠薬が上手く効かなかったか」
「鴆…お前も段々容赦がなくなってきたな」
傷の具合を見に来た、という鴆に、リオウは首筋の包帯をしゅるりと外す。前回無断で捩眼山に行き、限界ギリギリまで神気を使ってふらふらになったのを見咎めたぬらりひょんに「これが治るまでは部屋から出るな」とつけられた歯形だ。
あれから二晩ほどたったのだが、流石天狐の体とは治癒能力が高い。首筋にあった傷は、薬の助けもあってかまったくわからなくなっている。確認を終えた鴆はふむ、と一つ頷いた。
「大丈夫そうだな。顔色もいい様だし、無理さえしなければ今度の総会も出られるだろう」
「無論、此度の総会には出席するぞ。…ふふっ私が出るのは数十年ぶりか」
「年増連中が腰抜かすな」
軽口を叩く鴆にそうだな、なんて微笑みながら機嫌良さそうに尻尾を揺らす。機嫌が尻尾に表れるのは無意識だろうか。非常に可愛らしい。
「兄さん!」
バタバタと廊下を駆ける音がしたかと思えば、制服に着替えたリクオが部屋に飛び込んでくる。褥に座ったまま抱き止めれば、愛しくて堪らないとばかりに頬を撫でて額に唇を寄せる。
「行ってきます」
「あぁ。気を付けてな。――そうだ、リクオ。家長という女人がいたろう」
カナちゃん?と首をかしげるリクオに、リオウはふわりと微笑む。
「あれに私の指輪を預けている。護身にと持たせたが、大切なものなのでな。返してもらってくれ」
「?うん、わかった。返してもらうよ」
行きたくない~離れたくない~と駄々をこねるリクオを宥めすかして送り出し、リオウはホッと息をつく。やれやれ、といった様子の鴆は、ふと引っ掛かりを覚えた言葉に眉を潜めた。
「“護身に”だと?」
「あぁ、その家長という女人にはちと面倒なものが憑いていたからな」
だが、それも今日で終わりだろう…
眼を細めて何やら思案するリオウに、黒羽丸と鴆は揃って顔を見合わせていた。