天狐の桜7
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5歳の時に死別した父。7歳で生き別れた母。記憶はほぼ―――ない。だからあのとき言われた言葉が、ひどく心に残っている。
『俺がお前の親になってやるよ。――梅若丸』
親とはこのような存在なのだろうか。私の家は…あのときから、この奴良組となった―――
「あ、起きた?」
暖かな陽射しが障子越しに射し込む。牛鬼は見知らぬ天井にぼんやりとした頭を叩き起こした。どこだここは?
「怪我はなんとかなったみたいだ。よかった!」
君の部下は迅速だね、牛鬼
「…………………リクオ………?」
氷はこれくらいが丁度いいか、なんて甲斐甲斐しく世話を焼くリクオの膝上には、疲れきった様子ですよすよと寝息をたてているリオウの頭がのせられている。
視線の言わんとしていることに気づいたのか、リクオはあぁ、と苦笑しながら優しくリオウの髪を撫でた。
「大変だったんだよ?君を看病するってきかなくて…自分だってふらっふらなのに、他人(ひと)にばかり治癒の力も使っちゃうし。まったく…」
雪のように白い肌は、今は青白くさえあり、体調が思わしくないことが見てわかる。はっと己の胸に手を当てると、傷口が完全に塞がっていることに気がついた。
(リオウ様…)
リクオは切な気に目を伏せる牛鬼に、いいかけた言葉をのみこんだ。昨夜、リオウは泣いていた。決して声をあげることなく、はらはらとその陶器のような頬を雫が伝う。
『私が見届けたいと願うこの組に、お前がいなくては意味がないと…忘れてしまったのか、このたわけ』
(あそこまで兄さんに思われているなんて、なんだかムカつくから教えてあげないよ)
それが親愛なのか否かはわからない。でも、あの兄にそこまで愛情をかけられながら、悲しませるのが許せなくて。
何人たりとも、彼を泣かせるやつは許せないのだと気づいてリクオは自嘲した。我ながらすごい独占欲だ。
「リクオ…本当に、朝になると…変わってしまうのか…」
「……今は…人間だよ」
「覚えて、いるのか…」
「覚えてる。昨日のことも旧鼠のことも蛇太夫もガゴゼも……全部、僕が殺ったって」
知ってるよ、とリクオはリオウの髪を撫でた。妖怪の時はなんだか血が熱くなって、我を忘れてしまうこともあるけれど。そろそろ覚悟を決める時なのかもしれない。いつまでも目を閉じてなどいられない。
「怖いけど、本当は平和でいたいけど…“守らなきゃいけない仲間”も、“心の底から愛して守りたい人”だっている。この血に頼らなきゃいけないときもあるって…知ったから」
徐に立ち上がったリクオは、そっとリオウを抱き上げた。さらさらと白銀の髪が流れ、ぐったりとした肢体は華奢で軽い。無防備な額にキスをして、ついと牛鬼に一瞥をくれる。
「だから僕は、そこまで組(みんな)のこと…思ってくれる牛鬼が百鬼夜行にいてくれたら……嬉しいよ」
晴れやかに笑って部屋をあとにしたリクオは、まるであの時のぬらりひょんのようで。
『牛鬼――ワシの組に入れよ。のぅ?』
(また――全力でぶつかって、私を上回ってなお、私を認めた…)
主たる器がないと無いなどとんでもない。人懐こい笑顔の裏にあるのは策略か。まったく、流石かの天狐が見込んだ男だ。
優しい光に満ちた部屋のなかで、一人牛鬼は目を伏せた。