天狐の桜7
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(牛鬼を…斬ったか)
柱の影からそっと見守っていたリオウは、倒れ付した牛鬼に悲しげに目を伏せた。異母弟の成長を素直に喜ぶには、代償があまりにも大きい。
ふらりと歩み寄るリオウに、ようやくその姿を認めたリクオは驚きに目を瞠った。何故ここに。いや、それよりも顔色が悪い。また無理をしているのか。
「リオウ様…やはりいらしていたのですか」
「…牛鬼」
「いけません。あなたが逆臣の血で穢れてしまう」
膝をつこうとするリオウを牛鬼はやんわりと止める。リオウも、その言葉に目を伏せ、一つ息をつくとリクオに向き直った。あぁ、こんなにも深い刀傷を受けていながらよく立てるものだ。
「よく斬ったな」
それでこそ、三代目若頭というものだ。
リクオはリオウからの手放しの賛辞に言葉をつまらせた。リオウは言葉を探すリクオに構わず、その傷に手を伸ばす。
「っ兄貴」
「これだけの傷、止血だけでもしなくてはお前が死ぬぞ。私のことはよい。――なんだ、後で運んではくれないのか?」
甘えるような軽口に、リクオはふっと笑ってその柳腰を抱き寄せる。あいた手で指を絡めて手を握り、その髪に口づけを落としていく。
「…こら、離せ」
「漸く自分から寄ってきたんだ。しっかり捕まえとかねぇとな」
「私は猫か…」
恥じらうように頬を染め、それを誤魔化すようにそっとその胸を押す。リクオはくつくつと低く笑うと腕の力を強くする。牛鬼はそんな二人をぼんやりと見つめていたが、やがてゆっくりと口を開いた。
「――捩眼山は奴良組の最西端。ここから先、奴良組の地(シマ)は一つもない」
つまり、ここが奴良組の西の砦。ここを越えれば四国八十八鬼夜行や京都妖怪のシマとなる。逆に言えば、西方から攻められた際、ここが堕ちればすべてが終わる。
リオウはするりと腕の中から抜け出した。ついで先程よりもぐらつく体を根性で立て直し、そっと柱の影にもたれるようにして立つ。嗚呼、見つかれば面倒なのが来てしまった。
黒羽丸とトサカ丸はあまりの惨状に言葉を失った。血塗れのリクオの着流しはボロボロになっていて、明らかに剣を向けられたのが丸わかりだ。辺り一面には鮮血が飛び散り、鉄の臭いが立ち込める。なんだ、この状況は!?
「其処にいるのは……ッ牛鬼だな!?貴様…」
「邪魔をするな」
今にも飛びかからんとする二人を、リオウの絶対零度の声音がその場に縫い止めた。リクオも無言で手を翳し、その場にて待つよう指示を出す。
「この地にいるからこそ、よくわかるぞ。リクオ…。内からも外からも…いずれこの組は壊れる…」
早急に建て直さねばならない。だから牛鬼は動いたのだ。己の愛した奴良組を、守るために。
「私の愛した奴良組を…潰すやつが許せんのだ…たとえリクオ…お前でもな」
遠い日の記憶。
『お前に見せたいものがある!ワシの一番の宝じゃ!』
『宝?』
『あなたが、ぎゅうき?』
初めて会った時から、不思議と心惹かれていた。最初は総大将が宝と豪語する幼子を、庇護の対象として。そばで見守るうちに、それが恋心へと変わっていったのはいつのことだったか。
『私はな、牛鬼。お前たちが心から惚れた主がこの組を継ぎ、幸せに笑っていてくれる姿をみたい』
それまではとても、死んでも死にきれぬ
寂しげに笑っていたあの華奢な背中を支えたいと願ったのは。愛していたのはこの組と、この組の宝と吟われたかの天狐。それを踏みにじられるのは…相手が誰だろうと許せなくて。
「逆臣 牛鬼!リクオ様とリオウ様に…この本家に直接刃を向けやがった!!」
「当然だとは思わんか。奴良組の未来を託せぬうつけが継ごうというのだ。しかし…お前には意志も器もあった。私が思い描いた通りだった」
もはやこれ以上考える必要はなくなった
牛鬼はゆらりと立ち上がった。手には先ほどの日本刀を持ち、くるりと切っ先を自らの腹に据える。
「これが私の――結論だ!!!!」
「牛鬼!!!!貴様ぁーーー!!!!」
刃は牛鬼の腹を深々と貫いた。―――筈だった。刃は咄嗟に刀を振るったリクオによって叩き折られ、柄から先もリオウによって投げつけられた鉄扇によって弾かれる。牛鬼は呆然と二人を見つめた。
「―――何故止める?リクオ」
―――リオウ様……
「私には、謀反を企てた責任を負う義務があるのだ…」
迷い子のように首を振る。嗚呼、この期に及んで生き恥をさらせと言うのか。リオウまでもがそれを望むと。あぁ、本当に何故、何故……
「何故死なせてくれぬ…牛頭や馬頭にも会わす顔がないではないか…」
「おめーの気持ちは痛ぇ程わかったぜ。俺がふぬけだと俺を殺して、自分(てめぇ)も死に、認めたら認めたでそれでも死を選ぶたぁ…らしい心意気だぜ。牛鬼」
だが死ぬこたぁねぇよ。こんなことで…なぁ?
これには呆然と見守っていた黒羽丸たちもくわっと目を剥いた。こんなことどころか大問題だろうが。
「若!?こんなことって…!!これは大問題ですぞ!!」
「リオウ様!!!!」
「…ここでのことを、お前たちが報告しなければそれで済む話だろう」
守れぬならその口に呪いでもかけてこの事は話せないようにしてやろうか?なんて頬笑むリオウに、冗談めいているが本気で言っているのだと察して口をつぐむ。
「牛鬼。さっきの“答え”、人間のことは…人間の時の俺に聞けよ」
気に入らなきゃそん時斬りゃーいい。そのあと…勝手に果てろ。
刀をおさめるリクオの言葉が何処か遠くに聞こえる。体が泥に沈みこむような感覚を覚えたところで、牛鬼の意識は闇に飲まれた。