天狐の桜7
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妖怪 牛鬼が嘗て人間であった時――彼は梅若丸と呼ばれていた。
京の公家の家系に生まれた梅若丸は、5歳の時に父と死別。その菩提を弔うために、7歳で比叡山のある寺に入った。
母とはここで今生の別れとなった。
『梅若丸。あなたは頭のいい子…きっと立派な人間になるのですよ』
『はい。母様もお元気で』
母はたまらず梅若丸をきつく抱いた。頑張っていたらいずれまた会える…。梅若丸はそう思っていた。
やがて頭角を顕し、寺の先輩たちをどんどんと追い抜いていく。10歳のころには比叡山中にその才が知れ渡る存在となった。
だが、それは同時に同僚たちの妬みを生む。12のときまでに彼は3度目に怪我を負った。どこからともなく飛んできた石つぶてが、ここに居場所がないことを教えてくれた。
母に会いたい――
自分を理解して無償で愛してくれるのは母だけ。そう考えた彼は、ある時寺を抜け出した。
比叡山から京への道は、12の子には長かった。道の途中、琵琶湖畔の大津――
『もし、もし…』
疲れきって足を止める梅若丸を、若い女の声が呼び止めた。見れば市女笠を手にした若い女が二人、こちらに歩み寄ってくる。
『もしや、あなたの名前は梅若丸?あぁよかった…やっと見つけた…』
その女たちは、言葉巧みに梅若丸を連れ去った。普段なら騙されることは無かったろう。しかし、その時は違った。
『え、母様が…ご病気だって?』
『この地で倒れられていたのです。御前は私たちの屋敷で休んでいます。私たちに…ついてきて…』
(母様…っ母様!待ってて…今行くから…!)
連れ去られたその先…その山は地元の人間も滅多に入らない捩眼山。恐ろしい妖怪「牛鬼」が現れる山であった。
木を薙ぎ倒し、岩を砕く巨大な妖怪から、梅若丸は必死に逃げた。しかし、彼はなんの力もない12の子供。無力な梅若丸は、ただただ呑まれるだけであった。
(死にたくない…!母様に会うまでは!生きなきゃ!!)
「馬鹿め…お前の母親たぁコレのことか!?」
牛鬼は嫌に笑って大口を開けた。その口の奥に、恐怖にひきつった顔で、助けを求めるように手を伸ばした女の無惨な死体が転がっていた。
『か…母様ァァァア!!!!』
『あぁーー貴族の肉はうめぇなぁ~~!この女も大津の地でわしらに騙されノコノコやって来た!!憐れな親子よのぉーーー!!よかったなぁ?再会できて』
ワシの…口のなかでなぁあ
立派な人間になるのですよと優しく微笑んでいた母は、今や物言わぬ屍となり、無惨な姿に成り果てている。ふつふつと沸き上がる憎悪は、梅若丸を人間としてとどめておかなかった。
彼の精神は霊障にあてられ、鬼のそれへと変わった。魔道に堕ちた少年は妖の腸を突き破る。
妖怪 牛鬼は、母の死骸(むくろ)を抱えながら生まれた
『母様ァぁあ…』
少年はやがて人間を襲うようになる。菩提を弔うために死体を積み上げた。山に住まう妖怪どもを引き連れ、人里を襲った。
いつしか、自分自身が牛鬼と呼ばれるようになった
母の愛を、忘れてしまうくらい時を経た
奴良組と呼ばれる百鬼夜行と抗争が起こったのはその頃だ
彼等は突然やって来て、牛鬼に堂々とぶつかってきた。
『こいつら…俺を潰そうというのか!!ふざけるな!!』
武闘集団の一大勢力となっていた牛鬼組は、やはり真っ向からぶつかった。抗争は三日三晩続き、地力で勝る奴良組が結果的に上回った。
そして大将として首を刈られる…そう思ったとき
『お主やはり強いのぅ。噂通りの力と才能じゃ!!!!』
牛鬼お主ワシの仲間んなれ。のぅ?
やつは俺を試したのだと、その時牛鬼は知覚した。自分の身をぶつけて、そして上回ってなお、己を認めたのだと。心の底から、敵わぬと思った。
その数日後、牛鬼はぬらりひょんと盃を交わした。牛鬼は盃を交わしたとき、ぬらりひょんから言われた言葉を決して忘れることはなかったという。
「それが…お前の祖父であり、私の…親分…だ…」
私も嘗ては“人”だったと、牛鬼はぽつりと語った。“生きたい”と願う非力な人間。だが、人間には悪鬼に耐える力がない。
ドゥッッ
リクオの胸元から大量の鮮血が吹き出した。ぐらりと前のめりに傾いだリクオの体。言葉を失うリクオに、牛鬼は変わらず信念を語る。
「それでもなお、人であり続けるなら、私は自らをかけ――葬るのみ。 魔道に堕ちろ、リクオ。私のように、人間を捨てろ。総大将になるのならば」
私を越えてゆけ、リクオ
次の瞬間、牛鬼の体から血飛沫がまるで噴水のように立ち上った。大量のそれは天井をしどとに濡らし、辺り一面を赤黒く染める。
「それで、良いのだ」
牛鬼の体は文机の上にぐしゃりと音をたてて崩れ落ちた。