天狐の桜7
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捩眼山山頂―――
牛鬼組組長 牛鬼は、一人文机に向かい、一向に現れぬ待ち人を待ち続けていた。牛鬼とは、顔は牛、体は土蜘蛛。人に化け、騙し操り襲う妖怪。
現したその姿に、人々はこう語る。“名よりも見るはさらにおそろし”と。
『達磨!!達磨よ!!若がガゴゼを討ったとは本当か!!リオウ様がいらっしゃったとはいえ、すごい才能ではないか!いてもたってもいられなくなったぞ』
『いや…牛鬼よ。あまり期待されるな。リクオ様には常時妖怪ではないという大きな欠点がある』
『何を抜かすか!!しかし夜は妖怪であろう!!必ず…期待通りに成長してくれるはずだ!!』
『リオウ様、リクオ様が覚醒なされたとか』
『牛鬼。…ふふっあぁ、あれが覚醒する日をどれだけ待ち望んだことか…お前もきっと気に入ろう』
願わくば、あれが晴れて百鬼の主たる者になる姿をこの目で見ることができたら…
(やはり、思い違いか)
「何を考えている。牛鬼」
はっと気がつくと、己の後ろでリクオが柱にもたれ掛かるようにして立っていた。音もなく、気配を気取られることもなくここまで入り込むとは、ぬらりひょんの血を引いているのは本当らしい。
「あぁ、やはり来られましたか…。血を継いでいるのは確かなようだ」
リクオは静かに祢々切丸を抜いた。こちらを一瞥するも、相も変わらず文机に向かう牛鬼の首筋に刃をあてがい、漸々口を開く。
「答えな、牛鬼。何故こんな短絡的に俺を殺そうとしたのか」
“牛の歩み”と言われるほど思慮深いお前が、何故…
リオウはこの妖を心のそこから信頼していた。恐らく、彼はこの企みを知っていたのだろう。だから、今も動かず、己に判断を一任させた。―――その気になれば、この山ごと抹消するだけの力を持つ神が。
「まさかあのバカみてぇな旧鼠も…お前なのか」
「…牛頭丸を、倒したのですか」
答える気はないと言わんばかりに、牛鬼はあからさまに話をそらした。
「側近」を殺されたか、はたまた「御学友」を殺されたか。嫁だと豪語するかの美しい天狐を傷つけられたのか。引き金を引かれてその姿にかわったのか?それとも…
「どの段階(とき)からです?夜だから?自らの意思で…変わられたのか?――聞きたいですな、リクオ様」
リクオの目が、図りかねたように細められた。
「質問してるのはこっちだよ。その気になればその首、はねることもできる――――」
リクオは言葉の言葉は空に消えた。まさに早技。一瞬にして爆発的に膨れ上がった殺気が肌を打ち、抜き身の刃がリクオの首に食い込む。
「私の質問に答えるべきだ、リクオ。一つずつ「明確」に答えろ…一つでも納得できねば耳を削ぐ。腕を落とす。」
その気になれば首を落とすことができるのは、お主だけではない…!
二人は互いに刀を構えて対峙したまま、息をつくのも容易ではないほどはりつめた空気に身を預けた。先に口を開いたのは牛鬼だった。
「朝になればその姿から、また元に戻るのか。リクオ…」
「あぁ、そうかもな」
「そして、妖怪であることは忘れてしまうのか」
リクオは実に飄々とした態度で笑った。それが彼の祖父…そして二代目やかの天狐を思わせ、さらに苛立ちが募る。
「もう一度聞く。自らの意思では、妖怪変化を成せぬのか。今のお前は、昼間の記憶はあるか。「昼」がその姿を知らぬなら、夜と昼は…別人だというのか」
「…随分詳しいじゃねぇか、牛鬼…そんなに、俺が気になるのかい…?」
「質問に答えろ!!このうつけがぁぁああ!!!!」
牛鬼の殺気が爆発した。リクオの周りに嘗て彼が斬った妖――ガゴゼ、蛇太夫、旧鼠が姿を表す。
(ガゴゼ…!!幻覚か!?)
「言えよぉお~~リクオォオ~~!!!!ガキのおめーに殺されたオレによぉ~~!!!!」
あんときゃどーだったんだよぉおーーーーー!!!!
ガゴゼはリクオに襲いかかる。幻影というには、あまりに現実味を帯びすぎていて。攻撃の衝撃も何もかもが本物じみている。
ガゴゼを切り伏せたリクオの前に、今度は蛇太夫がゆらりと立ちふさがる。恨めしそうに此方を睨むその顔は、彼を切り捨てたあの時と同じ顔で。
「変化したのは気紛れか?四年後オレを殺したときも…」
お前に組を継ぐ意志があるのか、それが知りたい
リクオは祢々切丸を一閃させる。確かに攻撃を受け止めた時にその質感を感じたはずなのに、まるで溶けるように虚空に消えるその体。
「知っているのかい?二代目が死んでから…組が弱体化してしまっていることを」
テメェに…秩序を無くしたこの世界(シマ)を、もう一度まとめる気があるってのかぁぁーーーーー!!!!
旧鼠の配下であるネズミたちがぞぞぞとはい上ってくる。何度切り伏せても終わらない。そればかりか、一度切り捨てたはずのガゴゼや蛇太夫までもがリクオに襲いかかる。
牛鬼は、リクオの姿に怒りと悲しみが沸き上がってくるのを覚えた。期待を裏切られた悲しみと絶望。あんなにもあの方に期待をかけられ、慈しまれたというのに。
嗚呼、かの天狐が成長を切望したこの男は、この程度の男なのか。
「自分を守ってくれる百鬼夜行がいなければそんなものか!!総大将は違った!!お前の継いだ血は腐ってしまったと言うのか!!!!」
お前のような腑抜けに「あの方」をやれるかーーーーー!!!!
「牛鬼よ…試してんのか?俺を…みくびんじゃねぇよ」
一瞬にして旧鼠たちの幻影は美しい炎に飲み込まれた。奥義 明鏡止水…奴良組総大将のぬらりひょんが使っていた技―――
「答えてやる。牛鬼」
リクオは牛鬼に再び切っ先を向けた。その涼やかな目元には静かな闘志と決意がにじみ、ふっと浮かべられた高慢な微笑はまさに主に相応しい。
「夜(オレ)の「意志」は変わらねぇ。血に目覚めた時からな」
俺は三代目となり――テメェら全員の上に立つ!!!!
「リオウ様、ご無理は…」
「は、っ…よい。ありがとう、午頭。ふふ、あれも相変わらず大きな口を叩いてくれる…」
成長したな、と心のなかで独り言ちて、リオウはふっと微笑んだ。ズルズルと牛鬼たちのいる離れの外壁に背を預けて座り込む。流石に、少し疲れた。
(この命は、あとどれだけだろうか)
あれが百鬼夜行の主として立派に成長するまでは、死ぬわけには行かない。あぁ、こんなにも自らの命を惜しいと思うことなどあっただろうか。
眩暈が酷い。落ち着いたら気配を気取られぬように中に入り、傍観していよう。奴良組副総大将として、最後まで見届けなくては。
「…嗚呼、雨が降ってきてしまったか」
絶え入るような吐息と共に呟かれた言葉は、降りだした雨に溶けるようにして夜闇の中へと消えていった。