天狐の桜7
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
牛鬼組屋敷 本堂
ゆらりと蝋燭の炎が大きく揺れたかと思うと、本堂の中、柱に凭れるようにして立つリオウが姿を表した。
「リクオに刃を向けたか。牛鬼」
「…御咎め無しと、牛頭丸と馬頭丸に伝えたそうですね」
「ほう、耳が早いな」
白銀の艶やかな長い髪が、蝋燭の火に煌めく。薬草の煙管を吹かしながら、リオウは牛鬼を流しみた。
「此度のことは、リクオがけりをつけることだ。私ではない。…それに、リクオが真の目的をわからなければそれまでの男だというだけだ」
ちゃき、と細い首筋に刀が押し当てられる。リオウは怯まず、悠然と見つめた。
「いつぞやはお慕い申し上げる、なんて愛を囁いてくれたかと思えば、今度は刀を向けられるとはな。なんだ、もう好いてくれてはいないのか」
「愛しております。…誰にも触れさせず、私だけのものにしてしまいたいと思うほどに」
暗に食ってやろうか、と言う牛鬼にリオウは色っぽく微笑むと、つつ、と刀身を撫でた。
「苛烈な愛だな」
「…貴方は蝶のようだ。戯れに誘っては、ひらひらとまた何処へと行ってしまう」
今も…
牛鬼の節くれだった指が、陶器のような滑らかな頬を撫でる。挑発的に牛鬼の目を見返し、その手にすりよる。
「私は私のやりたいようにする。ただそれだけだ。――だが、お前たちに愛されることは、悪くない」
ふふっと微笑むリオウは、奔放なようでどこまでも純粋。と、肌に慣れた妖気を感じ、リオウはふわりと消え、腕のなかから抜け出す。
「漸く着いたか、あれにしては時間がかかったな」
「…鴉天狗一族の者ですか」
「案ずるな、邪魔はさせぬ」
リオウはふわりと微笑む。実に楽しそうな笑みに、牛鬼はふっと肩の力を抜いた。実の弟が殺されるかもしれないというに、この御仁はここまで余裕そうな態度を崩さないとは。それだけかの少年を信じているのか…
「気に入らなければ斬るがいい。――その時は、あれがそれまでの男だと言うことなのだから」
お前の見る目は信用している、とリオウは煙管を吹かした。斜に構えた態度もなんとも言えず似合っていて、牛鬼は愛しい想い人にふっと目を閉じた。
「承知いたしました」
再び目を開け、ついと視線をあげると、先程まで確かにそこにあったはずのかの天狐の姿はどこにもなく、ただゆらりと蝋燭の炎が揺らめいていただけであった。
「リオウ」
闇の中を提灯を手に歩いていたリオウは、懐かしい声についと一瞥をくれた。
「なんだ、父上」
視線の先には、青白い光に包まれた奴良鯉伴その人が立っていた。鯉伴はちらりとリオウの指にはめられた古びた指輪を見る。かつて鯉伴が亡くなる際、魂だけはとリオウによって指輪の中に留められているのだ。肉体が死してもなお、生き続けられるように。
「お前は本当にこの選択を悔いてねぇのか」
「天狐に二言はない。―――私を嫁にとると豪語しておきながら、あっさりあれに斬られるようならこちらから願い下げだ」
(つまり、それだけ信頼していると…)
飄々として、のらりくらりと腕をすり抜けていくのに、心を許した相手にはすこぶる甘い。相手の実力を鑑みた上での絶大な信頼は、そのものに力を与える。
「――妬けるねぇ」
「ご冗談を。…それが妬いている奴の顔か」
呆れたようにリオウは目を眇める。ニヤニヤ笑う親父に鼻をならすと、再び歩みを進めた。ほっそりとした白魚のようなしなやかで長い指に嵌められた古びた指輪は、どこか武骨さを感じさせるデザインで、くすんだ金色のそれには細かな装飾が施されている。
暫く歩くと、木々の開けた場所に出た。そこには、妖怪の姿となったリクオと雪女がたっており、その側には傷だらけの牛頭丸が転がっていた。
「リクオ、牛頭」
「!兄貴」
リオウはリクオにふっと微笑むと、倒れ伏す牛頭丸の傍らに膝をつく。その傷ついた背に手を翳すと、優しい光と共に徐々に傷が癒えていく。
「なっ!リオウ様!?何を!?そいつはリクオ様を――」
「そんなのとうにわかっておる。…だが、私とて可愛がっていた者が目の前で死んでいくのは耐え難い」
すっかり傷の癒えた牛頭丸にホッと息をつくと、リオウは胸元から数枚の呪符を取り出した。ばっと投げ捨てれば、ぽんっと軽い音とともに狐の形をした式が現れる。
「牛鬼の屋敷へ連れていけ」
狐たちは、牛頭丸の衣を咥えると、どこぞへと姿を消した。呆然と見送るリクオと雪女に向き直ると、リオウは雪女の足に手を伸ばす。
足の甲を刀で刺されたのか、足袋には鮮血が滲み、赤黒い染みが広がっている。癒しの力を使いつつ、リオウは悔しそうに唇を噛む雪女を一瞥した。
「雪女。…お前はよくやってくれている。だが、まだまだ鍛練が足りぬな」
「っ、はい。もうしわけ、あり、ませ…」
崩折れる雪女を抱き止める。リクオはムッとした表情で最愛の兄を見つめた。癒しの力を使った上に、神気で雪女の意識を飛ばすとは、どれだけ己の体に負担をかければ気がすむのか。
「そう怖い顔をするな。…こうでもしなければ、これはお前や私に付いて牛鬼の元へ行くときかないだろう」
「気絶させるなら手刀とか他にやり方があった筈だろう」
「女人に手をあげるのは好かぬ」
しれっと言うと、細腕で雪女を抱き上げる。腕に女性を抱いた姿さえ優美…なのだが、若干腕が震えている。大丈夫なのか?これは。
「……兄貴」
「…………何が言いたい」
「俺が運ぶか?」
「お前はさっさと牛鬼の元へ行け。いつまであれを待たせるつもりだ。……私だって雪女くらい運べる」
拗ねた様子のリオウに、リクオは笑って肩を竦めた。負けず嫌いな所も本当に可愛らしい。
名残惜しげに頬を撫で、暗闇へと消えていくリクオを見送り、リオウも夜道を歩き出した。ふわりと姿を現した鯉伴も、笑いを噛み殺しながらその姿を見つめる。
「おい、リオウ」
「………なんだ、父上」
「ふ、くく…お、俺が顕現して運んでやろうか」
「余計なお世話だ」
式やら神気を操って運べば早いのだが、この妖気にまみれた空間でこれ以上神気を消耗しては倒れてしまう。鯉伴は一時的に顕現することも可能なのだが、一度これをしてしまうと暫くの間はこうして幽体を現すことも不可能となってしまう。
(黒羽丸も首無もこいつに重い物持たせたりしねぇからなぁ)
リオウが望まなかろうと、リオウのために存在していると言っても過言ではないほど溺愛している奴等。重い物など持たせようものなら折れてしまうんじゃないかとばかりに過保護な面々を思い、鯉伴はため息をついた。
リオウが元々病弱で力が弱いのは認めるが、これではさらに拍車をかけてしまうのではないか。
「これくらい私とてできる…」
言いかけたリオウは、何かを見つけたのか、ついと目を細める。ついで、実に楽しそうに丁度良いところに…と呟いて口角を持ち上げた。