天狐の桜1
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全国の妖怪たちが一同に会し、ぎゃいぎゃい騒いでは己のシノギやら悪行やらを声高に自慢して歩く、そんな空間。
「此度の総会、リオウ様はご出席なされるのか」
「あの美貌、最後に見たのは何十年前じゃったか…」
「是非お目にかかりたいのぅ」
「本家の奴等が羨ましいわい」
目の保養になると騒ぐ奴等に、本家の妖たちは面白く無さそうに舌打ちした。本家に取り入ることを望むもの、リオウの能力を求めるもの、あの美貌の虜となったものから嫁にしたいと下卑た目でねらわれるリオウ。
「あの方ももうよいお歳じゃろう。うちの組に嫁にほしい」
「是非ともモノにしたいのぅ。あの気高く美しいお人を己の色に染め上げられるのはさぞ快感じゃろう」
彼があまり表舞台に出てこないのは、そういった視線に嫌気がさしたというのもあるのだろう。給仕に奔走する毛娼妓や雪女たちも、あまりに下世話な会話に眉をしかめた。
もっとも…
(いつか絶対絞め殺す…!!!!)
一番腹が立っているのは首無なので、誰も声に出すものはいないのだが。
「首無。…リオウ様へ、これを」
「はい。畏まりました」
首無は牛鬼から小さな文を言付かった。…内容は恋歌だ。この妖は毎回本家を訪れてはリオウを訪ね、それでいて和歌を贈って想いを伝え続けている。…もっとも、リオウからはいつものらりくらりとかわされるようだが。
あぁ見えてリオウも齢300をとうに越えている。返歌を贈ると言いながら、さらさらと歌を詠むのを見ると、見た目は自分よりも幾分か若く見えるのにずっと年上なのだと思い知らされる。
「やぁやぁご苦労。どうじゃい?みんな最近、妖怪を楽しんどるかい?」
「へへへ…シノギは全然ですな」
「ところで総大将。今回はどういった?」
「うむ…。そろそろ…三代目を決めねばと思ってなぁ」
奴良組系ガゴゼ会頭領のガゴゼは、待ってましたとばかりに声をあげた。
「おお…それはよいですなぁ。二代目が死んでもう数年…いつまでも隠居された初代が代理では…お辛いでしょう…」
「総大将!悪事ではガゴゼ殿の右に出るものはおりますまい!」
「何せ今年に起こった子供の神隠しは、全てガゴゼ会の所業ですからな!」
いやいや、大量に子を地獄に送ってやるのがワシの業ですから…と謙遜するガゴゼに、流石は妖怪の鑑だとおべっかを売る中級の妖たち。
リクオは頭の芯がすっと冷えていく感覚に襲われた。なんだ、これは。これが妖怪というものなのか。あんな、いつもドジばっかりで、ちょっと間抜けで、でも、カッコいい…僕の知ってる妖は、そういうものだ。
『リクオ…』
(兄ちゃん…っ僕、僕は…っ)
目の前がぐるぐると回る。嫌悪感に吐き気がしそうだ。最近子供が神隠しにあっていたのはうちの組の妖怪のせいだと?
「なるほどのぅ、相変わらず現役バリバリじゃのう、ガゴゼ。だが、お前じゃあダメじゃ。三代目の件、このワシの孫、リクオを据えようと思ってな」
ぬらりひょんの言葉に、一同は皆ざわついた。己が次の三代目かと思っていたガゴゼは拳を握り、他のものもまだ幼いリクオに組を継がせるのかと困惑ぎみだ。
「どうしたリクオ。喜ばんか。お前が欲しがっとったもんじゃろ」
「え」
「ワシの血に勝るものはない。お前はワシによーくにとる。本家の奴等もそれは十分承知。さぁ採決をとろうではないか!!リクオ…お前に継がせてやるぞ!」
奴良組72団体…構成妖怪一万匹が今からお前の下僕じゃ!!
(妖怪は、人を殺して…それでもあんな風に誇らしげに笑うやつなのか…っ?兄ちゃん、僕、そんなの…っそんな、妖怪なんて…)
「い、嫌だ!!」
「何?」
リクオは咄嗟に叫んでいた。一瞬祖父の視線に怯むも、口から出た言葉は止まらない。何より、こんな恐ろしい悪党の血を引いているなんて、決して認めたくはなくて。
「おじいちゃんになんか、全然似てないよーー!!!!」
「あ!こりゃリクオ!!」
リクオは庭へと飛び出した。意味もなく駆けて、風邪を引くと心配する雪女や青田坊、首無たちを振りきって、たどり着いたのはリオウの部屋の前。
「兄、ちゃん…」
どうしたらいいかわからない。継げと言われても、あんな悪い奴等の中に入るなんて嫌悪感で気が狂いそうだ。本家の妖は、皆気の良い奴だ。それはわかっている。でも、ガゴゼのような奴もいるのは確かで。
無言で俯き、唇を噛み締めていると、肩にふわりと羽織がかけられた。ばっと顔をあげると、最愛の兄が静かに微笑んでいた。
「冷えるぞ」
リオウはいつもなにも聞かない。天狐は神通力が使えるから、千里先まで見通す眼に、人の心を読める力、常人では聞こえない声すら拾う耳がある。もしかしたら、全部知っているのかもしれないけれど、何も聞かないその優しさがありがたかった。