天狐の桜7
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「なんやろ…あれ」
「え?」
指差す先には小さな祠があった。木で作られている簡素なそれには、一体のお地蔵様が奉られている。そのそばに小さな石碑がポツンとおいてあり、なにやら文字のようなものが彫られているのが遠目に確認できる。
「うーん、読めないぞ?」
「ちょっと見てきます!」
「アクティブな陰陽師だな」
「梅若丸」
静かな声に皆はばっとリオウを振り返った。白魚のような指を細い顎にあて、リオウはついと目を細めた。妖艶な笑みが意味するものは、一体何なのだろうか。
「「梅若丸」と書いてある」
「あ、ホンマや」
石碑の側に駆け寄ったゆらは、文字を確認してようやく合点がいった様子で頷いた。ついでばたばたと駆け寄った清継は、ようやく見つけた目的のものに目を輝かせる。
「梅若丸のほこら…きっとここだ!やったぞゆらくん!流石だな!」
はぁ、と返事をするゆらは、なんとも釈然としないと言わんばかりの表情だ。そこに、森の奥から歩み寄る人影があった。
「意外と早く見つけたな…流石清十字怪奇探偵団!」
はっと視線をあげると、眼鏡をかけ、登山家のような服装の男がにやにやとこちらを見下ろしていた。
小柄だが筋肉質な手足。伸びきってざんばらな黒髪には、所々クモの巣やら落ち葉が絡まり、薄汚れた服と相俟って大変小汚ない印象を受ける。手足は体に対し少々短く、その不格好さが言い様のない気味の悪さをより際立たせていた。
「なんだあのキタナイの」
「あぁ!貴方は!作家にして妖怪研究家の化原先生!」
化原は清継に軽く手をあげてうん、と返事をする。お会いできて光栄ですと興奮しきりの清継に周囲はドン引きだ。あれが…なんて呆然と呟くものもいる。
「梅若丸って何ですか?」
「いやぁ、嬉しいな~~こんな若い年で妖怪が好きな女の子がたくさんいるなんて。それに、こんな美人さんまで……―――え?」
ゆらの言葉ににやついていた化原は、リオウをみて固まった。リオウは、化原を上から下までじっと見つめ、にこりと人好きのする笑みを浮かべて「なにか?」と返す。
「あ、あぁいや…貴方のような綺麗な人がなんでここに?」
「この子達の保護者だからですが」
「そ、そうか。そうですね。ははは…」
明らかに様子がおかしい。清継はばっとリオウを庇うように立ちふさがった。
「いくら化原先生でも、この方をナンパするのはいけませんよ!!」
「そ、そうだな。ハッハッハ!!」
助かったとばかりに誤魔化し笑いを浮かべた化原は、近くの開けたところに一行を連れてくると、何事もなかったかのように先程ゆらが尋ねた梅若丸の話をし始めた。
梅若丸とは、この捩眼山の妖怪伝説の主人公だ。千年ほど前にこの山に迷いこんだやんごとなき家の少年の名…。生き別れた母を探しに東へと旅をする途中、この山にすむ妖怪に襲われた。
この地にあった一本杉の前で命を落とす。だが母を救えぬ無念の心が、この山の霊障にあてられたか、哀しい存在へと姿を変えた。梅若丸は「鬼」となり、この山に迷い込む者どもを襲うようになった。
「その梅若丸の暴走を食い止めるために、この山にはいくつもの供養碑がある。そのうちの一つが、この「梅若丸のほこら」だ」
どうかね?素晴らしいだろー?妖怪になっちゃうんだよー、と楽しそうな化原に、子供たちは詰めていた息をふっと吐き出した。よくある妖怪伝説のようだが。
「あれ?信じてない?んじゃーもう少しみて回ろうか~~」
一行は再び山の奥深くへと歩みをすすめていく。氷麗は実に楽しそうにるんるん歩きながら、皆の後ろを歩くリオウの袖を引く。
「うふふ…リオウ様~、行く前は心配でしたけど、旅行って楽しいですね~」
「ふふ、そうか。そんなに気に入ったのなら、今度は組の皆をつれて何処かへ泊まりに行こうか」
ホントですか!?と目を輝かせる氷麗の頭をぽんぽんと撫で、リオウはついと目を細めた。氷麗たちはまだ若い。しかも本家勤めであまり外を知らないのだろう。梅若丸という名を聞いて、ましてこの捩眼山で、かの妖怪と結び付かないとは、まだまだ勉強不足のようだ。
(…ふむ、今回は傍観させてもらうつもりだが、さてどこまでやるつもりなのか…)
ちらりと木の上に目をやる。常人では確認し得ないほど高い枝に、黄色い着物を着て馬の頭蓋骨をかぶった少年の姿が見える。ここ捩眼山を拠点とする、牛鬼組若頭補佐 馬頭丸である。
(私に気づいたのはいいとして、それで動揺して表に出してしまうのはまだまだだな)
よく知る年若き妖怪たちに、リオウはふっと口許を緩める。此度のことは、仮に何があったとしても自分が咎めることはしない。あの思慮深い牛鬼のことだ。何か策があるんだろう。
それこそ、リクオに三代目を自覚させるような何かが。
その後のお裁きもリクオがしっかりと勤めあげれば、幹部たちにも一応の実力は認めてもらえるだろう。……流石に、ここまで考えてしまうのは、兄馬鹿が過ぎるだろうか。リオウは、異様な気配を察知して、ここは危ないかもしれないと表情を引き締め直す弟にくつりと笑った。
「すっごい霧深いなぁ…全然晴れてたのに」
流石の清継も、額に玉の汗を浮かべて深く息をついた。先の山道ではからっと晴天だったのに、山奥に入れば入るほど霧が深くなり、虫や鳥の声ひとつしない静寂に包まれる。
「ん?なんだこれ…」
巻は七五三縄が巻かれた地面に深々と突き刺さる物体に目を止めた。はじめは木かと思ったが、黒光りするそれは巻の頭ひとつ上辺りから先がなく、質感もどうやら木ではなさそうだ。
「それは爪だよ」
「爪!?」
ばっと辺りを見渡せば、樹齢何百年はあろうかという巨木に大量の大きな爪痕があり、何本かの爪が突き刺さっている。一同は異様な光景と恐怖にヒュッと息を飲んだ。
「ここは妖怪の住まう山だ。もげた爪くらいで驚いちゃー困る」
「山に迷いこんだ、旅人を襲う妖怪」
――――名を“牛鬼”という
捩眼山頂上の牛鬼組屋敷。篝火が焚かれ、物々しい雰囲気のその屋敷に、一人の男が戻ってきた。年若い少年は、忠誠を誓った主人におかえりなさいませと声をかける。
「かわりないか、牛頭丸」
「牛鬼様、山に獲物が入りましたよ」
それから、リオウ様も。
牛頭丸の言葉に、和装の男―――牛鬼は答えない。顎に手をあて、難しい顔つきで何やら考え込んでいる様子だ。思慮深く人の五十手先をも読んでいるという主人が、今何を見ているのか、それは自分にもわからない。
(だが、何があろうと…それが牛鬼様のお決めになったことならば、完璧に遂行してみせるまで)
それがかのお方に背くようなことだとしても
牛頭丸は、かの天狐の青年への想いから目を背けるように、牛鬼へ深々と頭を垂れた。