天狐の桜6
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「ん、うん…」
ゆらは肌寒さに目を覚ました。まだ意識が朦朧としている。しっかりしなくては。ゆらは目の前に倒れ伏すカナに気づいて、慌てて肩を揺すった。
「家長さん!?」
「ん、うん…」
寝ているだけか…。いや、この状況で寝ぼけられても困る。早く起こさなくては…。私達が閉じこめられているこの籠は一体…。まるでハムスターのゲージのよう。それにここは、外?そうだ!奴良君のお兄さんは!?
「よぉ陰陽少女。どうだ?ネオンの光のなか、処刑される気分は…?」
「処刑?」
ばっと視線を巡らせると、まるで玉座のような椅子に座る旧鼠がいた。まるでこの檻を誰かから守るかのように、檻の前におかれた椅子にふんぞり返る。そのとなりには、鳥籠に倒れているリオウの姿が。
「奴良君のお兄さん!!」
「気安く呼ぶな。この方はお前がそう呼んでいいようなお方じゃあねぇ」
リオウはぐったりとしていて、荒い呼吸をついているだけ。切な気に寄せられた柳眉。喘ぐように息をつく、しどけなく開かれた唇。乱れた裾から覗くすらりとした足。ネズミたちは皆その扇情的な姿にぞくりと背筋が粟立った。
「っ…」
ごくりと生唾を飲む音がやけに大きく聞こえた気がした。ふらふらとリオウの檻に近付くネズミたちに、旧鼠は訝しげにその様子を見つめた。
「おい、テメェら…何してる」
「っぁ、はは!いやー、なんというか…味見?」
「こんな上物、旧鼠様だけズルいっすよ!」
ぞろぞろと檻へと近付くネズミたちに、旧鼠はぎりっと歯噛みした。檻に入ったネズミの手がリオウの着物にかかるか、という所で旧鼠はそのネズミを爪で切り殺す。リオウは苦痛に喘ぐ中で声を絞り出した。
「は…っぁ、っ部下も、まともにしつけられない…腑抜けが…っ」
「あ?」
キレている旧鼠には、今自分が誰に口を利いているのかなんて意識はすっぽぬけているらしい。バラバラになった仲間の姿に、ひぃ!?と流石に足を止めるネズミたちを睨み付ける目は瞳孔が開いていて、本性である大ネズミの姿が見え隠れする。
たとえ、リオウが望まなかろうと、総大将が認めなかろうとそんなことはどうだっていい。他の誰が認めなかったとしても、リオウは…
「こいつは俺の嫁だ――――!!!!」
ビリィィッッ
怒号と共に鋭い鉤爪が着流しを裂く。露になった白い胸元には、着物を裂いた時に掠れたのか、白い肌に一筋の鮮血がはしる。それを見たゆらとカナは、突きつけられた絶望に目を見開いた。
誰か、誰か助けて…っ
「「いやぁぁぁあああ!!!!!!」」
夜明けの町に、突然靄がかかりはじめた。
「ん?」
「なんだ、ありゃ」
ゆらりと不気味に揺らめく影は、段々とこちらに近づいてくる。大将を先頭に、ぞろぞろと続いてくるは百鬼夜行。数多の妖怪たちにネズミたちはさぁっと血の気が引いていくのを感じていた。
「な…こ、これは…」
「っ…きた、か…」
先頭に見える見知った影に、遅い、とリオウはどこか甘えるように小さく悪態をついた。かの少年が聞けば、そう言うなと甘く微笑んであやすように髪に口づけるだろう、可愛らしいしぐさ。
「へへへ…久しぶりの出入りじゃあー」
「暴れるぞー」
「リオウ様はどこじゃ?」
「あの方を貶めた怨み、我らが晴らしてくれようぞ」
百鬼たちは皆、組の副総大将であるリオウを深く愛している。旧鼠は、今更ながらに組の宝とまで吟われたリオウに手を出してしまったことがどれだけ大きなものを敵にまわす行為であったかを理解した。
「星矢さぁん!!こ、これは!?」
「星矢様――――!!」
「化猫組の奴等がいますぜ!!」
ネズミたちは旧鼠の周りをあたふたと駆け回ることしかできない。いくら普段ちゃらんぽらんに見えたとはいえ、本家の妖は百戦錬磨の強者揃い。ぽっと出の若いだけが取り柄な妖怪たちにもピリピリと肌に伝わる気迫。
「化猫組よ、あいつらか?」
「あぁ…憎いねずみどもだ」
鴉天狗の問いかけに、良太猫は旧鼠を睨み付けながら答える。旧鼠は玉座に戻り、動揺を隠すかのようにふんぞり返っている。
リクオはついとそちらを見やり、リオウの姿を確認して瞠目した。着物は前を無惨に引き裂かれ、胸から腹までが露になっている。胸にはうっすらと血がにじみ、多少怪我をしているのが確認できる。乱れた裾から白くすらりとした足が覗き、リオウは苦しそうに荒い呼吸をついている。……まさに、襲われましたと言わんばかりの状況。
かっと頭に血が上る。周りの音が一瞬聞こえなくなり、体からは凄まじい殺気が立ち上る。
「俺の嫁に何やってんだ…!!ドブネズミ!!」
奴良組の妖怪たちは皆、リオウの姿を確認するやいなや殺気立った。おのれ、よくもリオウ様にこんな真似を…!無体を働いた以上生かしてなどおけぬ。
旧鼠は爆発的に膨れ上がった相手の殺気に、焦ったように頬をひきつらせた。大丈夫、まだ自分には切り札が残っている。ガアンッと音をたてて旧鼠はゆらたちの檻を殴り付けた。
「此方にはリオウ様と人質がいる!!約束通り殺すまでよ!!ってアレ―――!?」
檻は青田坊の怪力によって破壊され、首無の縄によってゆらとカナは助け出される。リオウも既にリクオの腕に抱かれていて、リクオはぐったりと目を閉じるリオウの額に唇を寄せた。
「どうする夜の帝王。人質(ねこ)が逃げちまったぜ」
「なめやがって…テメェら皆殺しだ――――!!!!」
旧鼠の怒号に、ネズミたちは一斉に奴良組の妖怪たちに飛びかかる。だが、こちらとて百戦錬磨の強者たち。弱者を喰らうネズミたちが戦闘能力で敵うわけもなく、ばったばったと薙ぎ倒されていく。
リクオはリオウを黒羽丸に預けると、自らの羽織をそっとかけてやる。漸くゆっくりと目を開けたリオウの額に軽く口づけながら、少し待っていろとニヒルに笑う。すぐにかたをつける。
驚いたのは旧鼠だ。思いがけない窮地にぶるぶると全身を震わせ、畏れ戦く。今頃は奴良リクオの三代目辞退の回状が廻り、己の名前があがっている筈であった。だが、どうして百鬼が今此処にいる。
「なんで…テメーら、誰の命令で動いてる…百鬼夜行は主しか動かせねーんじゃ…」
呆然と呟く旧鼠に、良太猫は呆れたように何言ってんだと返す。
「目の前にいるじゃねーか」
「何?ま、まさか」
「この人こそが!!ぬらりひょんの孫!!妖怪の総大将になるお方だ!!」
「そ、そいつがあのガキの…覚醒した姿…!?」
やっぱり…あんとき殺しときゃあよかったじゃねーかぁ!!
旧鼠はとうとう本性を現した。身の丈を大きく越えるような巨大なネズミが大口を開けてリクオを襲う。
「追い詰められて牙を出したか。――だが、大した牙じゃあないようだ」
リクオは大きな紅色の盃に、並々と注がれた酒に息を吹き掛けた。途端に激しく燃え上がる炎が旧鼠を包み、全てを灰に変えていく。あれは、かつてぬらりひょんが使っていた技――――
「テメェらが向けた牙の先。本当に、闇の王んなりてぇなら…歯牙にかけちゃならねぇ奴等だよ。おめぇらは、俺の“下”にいる資格もねぇ」
―――奥義 明鏡止水“桜”
「その波紋鳴りやむまで、全てを燃やし続けるぞ」
夜明けと共に塵になれ