天狐の桜6
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旧鼠――それは仔猫を食べるという大鼠の妖怪。天敵に毎度襲われる弱者は、やがて歪んだ心で牙を剥くのだ―――
浮世絵町一番街。夜のネオンの中、沢山の人間たちが行き交う町。その中にあるギラギラと装飾されたホストクラブの一室で、女はお目当ての男に黄色い声をあげた。
「きゃ~~~~♡♡星矢君やっと来てくれたぁ~~!もーずっと待ってたんだから!!」
「ふふ…今夜もずっと眠らせないぜ…朝まで楽しもうか」
「やった――!店長私ドンペリ入れちゃう~~!」
すっかり機嫌をよくした女は、星矢と呼ばれた男に肩を抱かれながらホストたちと楽しく酒を酌み交わす。日付が変わる頃には、すっかり酔いつぶれた女が星矢の膝にもたれ掛かって眠っていた。
「お願いしまーす」
ホストたちはクスクスと意味深に笑う。その言葉の裏にある真意とは何なのか、眠りこける女が気づくはずもない。
暫くして、ひんやりと体を包む空気に女が目を覚ますと、そこは埃っぽい屋根裏のような場所であった。
「ここ…どこー?星矢く~~ん…」
薄暗く、床の隙間から細く差し込む光が其処が天井裏であることを物語る。髪や肌は埃にまみれてベタつき、女は不快そうに顔をしかめた。
「きったな~~い…なによここ…。私、お店にいたのよ?ヒドーイ」
声に応えるものはない。女は漸く様子がおかしいことに気がついたらしく、怯えたように声を震わせ、視線を彷徨わせる。吸い込まれそうな闇が屋根裏に広がっている。埃、材木、そして獣の臭い。
「あ、星矢くん…」
ぎし、と屋根裏に上がってきた人物を見て、女はホッとしたように息をつく。ついで辺りを見回してヒィッッ!?と悲鳴をあげた。ホストの衣装を着た、だが、牙と爪をむき出しにしたネズミが己を取り囲んでじりじりと距離をつめてくる。
「くくく…今夜は前祝いだ!!旧鼠組の…夜明け前の日だ!!朝までしゃぶらせてもらうぜぇ―――!!!!」
女の断末魔が闇のなかに木霊する。血肉を欲望のままに食い漁るネズミたち。鮮血が床と柱を濡らし、むせ返るような鉄の臭いがむわりと辺りに立ち込める。
「ふん、ならば旧鼠よ。首尾よくいっているのだな」
屋根裏に上がってきた和装の男は、食い殺される女を一瞥して旧鼠に向き直る。旧鼠は得意気に髪をかきあげて片目を閉じて笑った。
「ボス…任せてよ。でも回りくどいぜ。あの場でガキは殺せば良かったのに」
「ダメだ、旧鼠。上官の死は新たな結束力を生む。大事なのは“希望”を殺すことなのだ」
旧鼠はふぅんと気のない返事を寄越した。ボスは思慮深い方だ。どうせ深いことを聞いたところで自分にはわからない。そんなことよりも、この方が全面的にバックアップをしてくれると言うのなら、黙っていうことを聞いていた方が得だ。
和装の男は、暫し考えた後に漸々口を開いた。
「リオウ様を捕らえたようだな」
「あぁ、俺が三代目を継げるなら、どうせあの方も俺の嫁になる。問題ないでしょ?」
男は僅かに顔を強ばらせた。扇子を握る手に力が込められ、ぎり、と鈍い音をたてる。だが、あくまで平静を装ってそうかと呟くと、男は闇のなかに再び姿を消した。
鳥籠に閉じ込められていたリオウは、微かに香る血の臭いに目を覚ました。穢れが満ちている。……また人を食ったのか。
起き上がろうと四肢に力を込めるも、指を動かすことすら辛く、リオウは深く嘆息した。
(息をつくのすら億劫とは…まこと、面倒なことをしてくれたものだ)
つまり下手に動くより、大人しく助けを待つことが得策だということか。体は動かなくとも、意識さえしっかりとしていれば思考も回る。だが、またいつ意識を失うやも知れない。リオウはそろそろと重い腕を引きずるようにして持ち上げ、指先に歯を立てる。
「っ…」
ぷつりと切れた指先から鮮血が溢れ出す。リオウは自らの血で、床に小さくある術式を描いた。天狐の能力のひとつである、水鏡を作り出す術だ。
水鏡とは、神力によって水を操り作る、天狐の見たいものを、見せたいものを映し出す鏡。
(河童、悪いが水を借りるぞ)
自分に意識がある間は、これで暫くこちらの様子を見せることができる。大体の旧鼠組の人数、ゆらとカナという人間の人質の存在。恐らく今夜は出入りになる。だったら敵の情報を知っておいて損はない。
(失望させてくれるなよ)
リオウはかの少年を思い、小さく微笑んだ。