天狐の桜6
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夜のとばりが降り始め、辺りは闇色に染まっていく。
リクオは、ゆらがいなくなったことですっかり機嫌がよくなった雪女達に目を眇めた。特に雪女。明日学校で会うということをちゃんと理解しているのだろうか?
(そんなことより、兄さんはどこだ?)
最愛の兄の姿が先程からどこにも見えない。聞けば幾分か前にゆらを送りに行った者はあるかと聞いていたようだが、一体どこへ行ってしまったのか。
「若…リクオ様」
「ん…?」
小さなおのれを呼ぶ声に、リクオはついと視線を巡らせる。ふと庭に目を向けたとき、袴姿の小さなネズミが庭に立っていた。
「お初にお目にかかります。私旧鼠組の下っ端の使いでございます」
ペコリと頭を下げる小さなからだ。旧鼠組?聞いたことがない名だ。兄は昔破門した輩もいたと話していたから、その中の一つだろうか。いや、今自分は現存している組すら把握しきれていないので、滅多なことは言えないが。
一番街に住むというネズミは、神妙な顔で続けた。
「実は私…見てしまったのです。御友人の花開院ゆら様と家長カナ様、そして副総大将のリオウ様が………」
「!!」
ネズミに唆されるまま、リクオは夜の町をひた走る。ホスト?何それ…“拉致”?なんでそんな…あの二人が、兄さんが!?何をしたっていうんだ!?
「ここ、大人の店?」
案内され、着いたところは「club chu chu」というホストクラブ。何でこんなところに兄さんたちが?そう思ったとき、リクオの意識は闇に飲まれた。
ホストクラブのVIPルーム。絢爛豪華なこの部屋に備え付けられた檻に、リオウとゆら達は捕らえられていた。尤も、まるでネズミの飼育ケースのような、ゆらたちのとは別の檻。まるで鳥籠のような檻の中でリオウは倒れていた。
切な気に柳眉を寄せ、苦しげに震える吐息を吐き出す様はどこか色っぽく、鼠たちは皆生唾を飲み込む。
「はぁ…っは、ぁ…く…っ」
毒は恐らく神経に作用するものなのだろう。嫌に体に力が入らない。息苦しい。手足がしびれ、いうことを聞かない。加えて体調の悪化も手伝って、リオウの体はボロボロであった。
(鴆にまた怒られてしまうな…)
毒の種類は見当がついている。体力を消耗している今、下手に癒しの力を使うよりも大人しく薬を飲むのが得策だろう。烈火のごとく怒るであろう様が容易に想像できて苦笑をにじませる。
泥のなかにゆっくりと体が沈み込むような感覚。遠退く意識の中で、微かにリクオの声がしたような気がしたが、リオウはそのまま気を失った。
一方、リクオは乱雑に部屋に投げ出されたことで意識を取り戻した。突然目に飛び込むギラギラとした光に目を細める。何だ?どこだ、ここは?
「よぉ、お目覚めかい。自称、三代目さんよぉ…」
はっと顔をあげると、椅子に深く腰掛け、此方をまるで王さまのような態度で見下すホストの男がいた。誰だ…?全くもって見覚えがないこの男。それに、三代目?何故この男が自分が妖怪任侠一家奴良組の三代目候補である若頭だとを知っている?
「まさか君妖怪?奴良組の人なの?」
いや、そんなことどうでもいいんだが。早く兄を見つけ出してあげなくては。その事で頭がいっぱいであったリクオは、呆然としたまま思ったことをそのまま口に出した。
とたんに飛んでくる鋭い蹴り。
「今テメー旧鼠様を下に見やがったな!!誰がテメーなんかの下につくかよバーカ!!旧鼠様はこの町の夜の帝王なんだよ!!」
帝、王?
したっぱの言葉にいまいち理解が追い付かず、リクオは傷ついた顔を押さえて起き上がった。旧鼠様と呼ばれた男は、此方をじぃっと見据えて凄みをきかせる。
「おいガキ…よく聞け。今、妖怪の世界はなぁ、古い時代と代わり多種多様な“悪の組織”になってんだ」
俺たちはもっともっと悪行をでかく展開する。そのためには温いやつについでもらっては困るのだ。
「組のためだぜ。テメェの率いる古い妖怪じゃこの現代は生き残れねぇ。俺たちが奴良組を率いてやる。オメーは手を引け…三代目を継がないと宣言しろ!!いいな!?」
さもなくば、と旧鼠はぱちんと指をならした。がらがらと奥から引き出されてきたのは、鳥籠に囚われてぐったりと倒れ伏すリオウ。長い美しい髪は解れて扇のように床に広がり、胸は苦しげに上下する。
ひどく扇情的な光景。
「兄さん!?」
「おっと来やすく呼ぶなよ。テメーのようなボンクラには名前を呼ばせるのすら勿体ないお方だ。何せ、この俺の嫁になるお方だからな」
何だと?
リクオはかっと目を見開いた。瞳孔が開き、体からは少年らしからぬ殺気が立ち上る。リオウを娶るだと?そのために拐ったのか。
「この方は今宵俺の嫁になる。だが、お前が三代目を継がないと宣言しなければ、殺すことになる。俺にこの方を殺させないでくれ。」
「兄さんに、何をした」
「少し「噛んだ」だけだ。傷口から毒がまわっている。妖にとっては媚薬だが神であるこの方には体が麻痺する程度だろうなァ」
乱れた姿が見られず残念だ、と旧鼠はいびつな笑みを浮かべた。終始此方を見下したような笑い方。こんなやつが、うちの組の妖怪なのか。
これが、僕の……
「……三代目なんか、いらないよ」
リクオは静かに呟いた。俯く姿からその表情はうかがえない。
リクオの返答に、旧鼠は意気揚々と立ち上がった。がっとリクオの胸ぐらをつかんで引摺り立たせ、顔を近づけてにらみをきかせる。
「本当だな…よしわかった。だったら今夜中に全国の親分衆に“回状”を廻せ!!」
もし破ったら、この方を夜明けと共に殺す!!
(なんとかして助けるから、もう少し待ってて、兄さん)
『リクオ』
優しい兄の声が聞こえた気がして、リクオはぐっと拳を握りしめた。