天狐の桜6
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旧鼠は本性を現した。かきあげた髪の下から覗く顔はネズミのもので、カナはヒィッとひきつった悲鳴をあげた。
「か、顔が…!!化物ッッ!!」
(面倒だな…)
リオウはぎゅっと袖にしがみつくカナを一瞥し、どうしたものかと考える。旧鼠ごとき、消し飛ばすのは容易い。だが今はこの二人をつれている。今は本性を見せて暴れるわけにはいくまい。ばれない程度に神気を使うか。
「なに…?これ?ゆらちゃん…」
「妖怪変化、昼間説明した通りよ。こいつらは、獣の妖怪」
知性はあっても理性はない。絶対に近づいてはいけないもの。
「大人しくしてりゃあ、痛い目見なくてすむぜぇー」
ネズミたちはじりじりと間合いを詰めてくる。その視線が狙う先にあるのはゆらでもカナでもなく、自分。
(隙をついて二人を逃がして、後からネズミ退治でもしようか…)
この町は穢れがひどい。旧鼠たちが人型を解いたことにより、より濃くなった妖気に、リオウは軽い目眩を感じて目を細めた。体調が思わしくない。倒れる前に何とかしなくては。
ゆらはじっと旧鼠たちを睨み付け、にやりと意味深に笑った。
「……ネズミふぜいが、粋がるんちゃうわ」
「何?」
「後ろに下がって、二人とも」
言うが早いか、ゆらは二人を背に庇う。奴等の最大の狙いはどうやら奴良君のお兄さんにあるらしい。まぁ当然だろう、ここまで清廉で莫大な霊力を持った美しい人なんて見たことがない。やはりここは、私が守らなくては。
「やれ、お前ら。くれぐれもリオウ様は傷つけるな」
あれは俺の嫁だ
「ネズミの嫁なんぞ真っ平ごめんだ」
涼しい顔でリオウはすげなく突っぱねる。すぐ近くで聞いていたカナは嫁!?と目を剥いた。人間なのに妖怪の嫁!?ていうかなんでそんなに冷静なのお兄さん!?
ゆらは禹歩と呼ばれる呪法で、大地を踏み進めることで地面に術を描く。
「禹歩天蓬!!天内!!天衝!!天輔天任!!乾坤元亨利貞!!出番や!!私の式神!!」
貪狼!!
ぶわりと投げられた式から、巨大な狼が姿を現した。式神、貪狼である。ゆらは貪狼の背に飛び乗ると次々とネズミを食い殺させる。リオウはその様子にふむ、と目を細めた。
(素質は本物か。…だが、未だ完成されていないな。半人前もいいところか)
まぁまだ年若い人の子にそこまで求めるのも酷かと判断して、見ない方がいいとカナの頭を抱き寄せる。ネズミとはいえまだ人型。人間の腕が食いちぎられ、頭が潰されるなんて場面、普通なら生涯見ることもないだろう。
「貪狼。アイツらネズミや。食べてしもて」
貪狼はゆらの命に一声鳴くと、軽々と飛んだ。ついで怯えながらも立ち向かってくるネズミたちを食いちぎる。あるものは腕が飛び、あるものは上体と下半身が一撃で真っ二つにされる。断末魔が絶え間なく聞こえ、なんとも恐ろしい光景に旧鼠たちは身震いした。
「なんだこいつぁ―――!?」
「翼ぁ―――!!」
「優(すぐる)―――!!」
「こ、こいつ、式神を使ってやがる…術者だ!陰陽師だ!!それも…生半可じゃねぇぞぉ!!」
ネズミたちは聞いていないぞと慌てふためく。圧倒的にゆらが優勢に見えるなか、リオウはじっと此方を見据える旧鼠に目をやった。表情は先程と変わってはいない。旧鼠とは子猫を襲って食らうもの。目的のものがあれば狡猾に動いて仕留めるのが常。
(そろそろ、動かなくてはまずいか…だが、人の子を連れているとやりにくいな)
ましてやゆらは天狐を探しているという花開院。下手に本性を表すことは出来ない。しかし、今逃げ出さなくてはこの娘たちを人質にとられて動けなくなる。
リオウはゆらとカナに向き直った。安心させるようにふわりと微笑み、優しく問いかける。
「走れるか?」
「「えっ?」」
「逃げるぞ。しばらく息を止めていろ」
咄嗟に息を止める二人に、リオウはついと腕を凪ぎ払った。ついで二人の腕をとって走り出す。
リオウにとって、神や妖怪は神気によって簡単に姿形を見えなくすることができる。人も同様だ。だが、生身の人間には「人臭さ」がどうしても残り、姿を隠しても逃げるのは不利。そのため、「人臭さ」の原因となる息を止めさせ、できる限り周囲から姿を消せるよう術をかける必要があったのだ。
(奴等は獣。臭いだけで場所など簡単に追えるだろう。…せめて、この街を抜けるまではもってくれ)
天狐とは神速の持ち主である。術をかけたために、風のように…文字通り飛ぶように速く駆け抜けた三人は、すぐに繁華街の出口に差し掛かる。その時…
「っぷは!げほっごほごほっご、ごめんなさいっ」
カナが息を止めきれず咳き込んでしまった。途端に術は解け、三人の姿は常人にも見えるようになってしまう。旧鼠たちには、リオウたちが突然消えたように見えるだろう。ゆらたちにも、リオウが腕をとって走ってくれた、位にしか認識できてはおるまい。
「よい、無理をさせたな。悪いが、ここからは二人で帰れるか?」
「っお兄さんはどうするん!?」
「私にはあてがある。…花開院さん、と言ったかな。守るということは容易ではない。しっかり送り届けてやってくれ」
旧鼠が此方を探す声が近づいてくる。早く行け、と二人の背中をそっと押すと、リオウはふわりと微笑んでまた繁華街の中へと姿を消した。