天狐の桜21
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
渋谷のとあるビル─────
「うわぁ…これはだめだ…」
「どーなってんの渋谷…」
窓から階下を見下ろし、すっかり取り残されてしまった少女たちは絶望に瞳を揺らした。待ち合わせをしていたものは返事がないとスマホを握りしめ、またあるものはビルから出られなくなったと涙を流す。
外では無数の妖怪たちがなんとか中へ入ろうと、ガンガンとけたたましい音を立てて体当たりを繰り返している。
「も…もっと奥に逃げようよ!!」
「どこも一緒だよ!!」
「上行こ上!!」
緊張から声が上ずる。いつ喰われるか知れぬ恐怖に全身が硬直して、上手く階段を登れない。巻と鳥居は、混乱する周囲の状況に小さく歯噛みした。さて、どうしたらいいものか。
「は、入ってきちゃったらどうしよう…」
「いや…こういうのって意外に中から招かないと入れなかったりすんのよ」
「ほ、本当?詳しいんだー?」
「うん。あたしら、妖怪ちょー詳しいし!」
咄嗟に笑顔でそう嘯く。まずは落ち着かせることが先決だ。焦って行動しては、いつ妖怪の腹の中に収まってしまうかわかったものではない。
「巻…」
「とにかく落ち着かせよーぜ」
「う、うん…」
巻と鳥居は顔を見合わせて頷き合う。そうこうしているうちに窓が、壁が、次々と妖怪に変わっていく。どろりと溶けた壁から妖怪が次々と入ってくる。
「奥へ!!上行こ!!落ち着いて!!」
「巻っ…どうしよう!!」
周囲の少女たちを落ち着かせながら、鳥居とともに奥へ奥へと逃げていく。シャッターが閉まる場所を見かけた巻は、その場所へ少女たちを押し込めると、ぴしゃんとシャッターを降ろした。ナイフを手に、妖怪たちと対峙する。
「ふぅ〜、鳥居もいけよ」
ふるふる、と鳥居は首を横に振る。こんなところに親友一人を残してなどいけるわけがない。
「へへ…渋谷なんか遊びに来んじゃなかったなー鳥居ィ」
焦りと恐怖に鼓動が速くなる。背筋に冷たいものが伝い、充満する殺気と血の匂いに頭がくらくらする。
鏡斎はビルの中を悠々と進んでいた。ここには女の匂いがする。妖怪たちに服をはいで並べるよう申し付け、さてどの娘にしようかと物色する。
「…ん?」
リオウの神気の気配がする。視線を巡らせれば、シャッターの前で妖怪と対峙する二人の少女が目に留まる。────なるほど、リオウの加護か。
「…あの娘じゃないか」
リオウの愛し子。あのリオウが目をかけている少女たち。…それだけで嫉妬に狂いそうだが、彼女を題材にすればリオウの顔が憎しみに歪むとおもうと、それだけで自然と筆が進むというもの。
「ぁ…」
鳥居は鏡斎の姿に、思わず背筋が粟立つのを感じた。ぞわりと恐怖が足元から這い上がってくる。あれは、あの男は…
「巻!!私…あの人知ってる」
「え!?」
「──やぁ、また会えたね」
鏡斎はゆっくりと二人に歩み寄る。あぁ、あのときは楽しかった。コインロッカーに閉じ込められた少女で…グッとくる絵はなんだろうか。彼女を見ながら、色んな少女を作っては殺し作っては殺した。
「!!まさか、お前がニセモンの鳥居を作ったやつか…!?」
「…君は?その子の…親友(ともだち)かな…?」
「…だったら何だよ」
巻は震える声で気丈に答える。その姿に、鏡斎はクスリと小さく笑った。あぁ、きっとこの娘でもいい絵が描けるだろう。
「つかまえろ」
鏡斎の声に、妖怪たちが一斉に襲いかかってくる。まさに絶体絶命のピンチに、二人は身構えた。
(ヤバい!!どうする!?どうするどうする!?)
リオウの純白の耳がピクリと動く。
〈おのれ…また私の愛し子に手を出しおったな…〉
ぐる、と喉が低く鳴る。苛立ちも顕に周囲の妖へ浄化の炎を飛ばし、リオウは尻尾を一振した。桜色の瞳が苛烈に光る。
「リオウ、どうした?」
〈…リクオ。お前の学友がちと危ういぞ〉
このまま渦中に突っ込むからな、とリオウは渋谷の街中を疾走する。ひょいと天を駆け、とあるビルの前に躍り出る。そこには鏡斎に捕らえられたらしい巻と鳥居の姿があった。
「そんなに親友思いなら、お互いの肉がどんな味か知りたくなることもあるだろう」
「い…いや!!そんなの嫌!!」
「な、夏実ィィ!!」
「さて…どんな妖にしようかな」
ニィ、と口の端が吊り上がる。瞬間、ドン、という鈍い音とともに右腕が切り飛ばされた。視線を向ければ、鳥居を庇うようにリクオが抜き身の刀を構えて立っていた。その横にリオウが降り立ち、ぐる、と牙を剥く。
「てめぇか。妖怪を生み出してるって奴ぁ…」
「君は…奴良リクオ…」
それに、と鏡斎は目を細めた。嗚呼、まさか自ら目の前に現れてくれるとは。愛しく、美しい、俺だけの最高傑作。春画は燃やされども、その畏が魅せる一時の夢はまだリオウと己の脳裏に焼きついている。
その体を実際に抱いたかどうかなんて関係ない。己が消えたら諸共に消えてしまう夢だとしても、それをリオウと共有しているというだけで気が高ぶるというもの。
「あぁ、俺の最高傑作(リオウ)…」
〈おのれ鏡斎…貴様だけは〉
リオウの身体から凄まじい殺気が迸った。自身に忌まわしい記憶を植え付けた男。この男だけは生かしておけない。自身のみならず、愛しい人間たちを次々手にかけていく。
「てめぇらいい加減にしやがれ。節操なく人間に手ぇ出しやがって…」
「まさか、知り合いだったなんて」
ドクン、と鳥居の中で何かが蠢いた。ぐるんと白目をむき、背中から妖気が溢れる。みるみるうちにその姿が妖怪のそれへと変わっていく。
「おい鳥居!?しっかりしろ!!」
「な、なつみィ!?」
「面白い…面白いよ奴良リクオ…ちょうど今、君の敵に相応しい妖を作ったとこなんだよ」
模範(モデル)は平安期。その美しい美貌を捨て、殺された父の無念を晴らすべく、自ら闇に堕ちた大妖怪────滝夜叉姫!!
「ようこそ、地獄絵図へ」
振り乱したざんばらな髪に、般若の面差し。節くれだった指に長い爪。大振りの薙刀を振り回し、滝夜叉姫は容赦なくリクオに斬りつけていく。
「夏実ィィ!!何やってんだよー!!なんてことすんだバカァー!!」
巻は親友の変わり果てた姿に泣き叫んだ。氷麗と巻を庇うように、リオウは妖と彼らの間に滑り込んだ。神気で妖怪たちを拘束し、一切の動きを封じる。
(なんてこと…まさかリクオ様のクラスメイトを妖にされるなんて…)
〈氷麗、そこな娘御から目を離すなよ〉
「は、はい!」
「鳥居!!気づいてくれ!!」
「はは、意識はないさ。あの娘はもう、俺の理想の妖になったんだ」
リオウの身体から神気が迸った。殺気を伴うそれは吸い込まれるように鏡斎の頭を狙う。ばっとその身を翻した鏡斎だが、神気は顔の皮膚を裂き頬を血で染める。
「リオウ。一時の"夢"を共有した男に随分なご挨拶だな」
〈──殺してやる。貴様だけは、貴様だけは赦してなるものか〉
(こいつは、まさか)
リクオはリオウの様子に僅かに目を瞠った。絵筆を持ち、人々を妖に変える男。そしてこのリオウの殺気。まさか、リオウに手を出したのは─────
「外道め…てめぇだけは絶対に許さねぇ…!!」
外道か、と鏡斎は喉の奥でくつりと笑う。何が外道だ。今さら何を言っているのだろう。
「君が今までこの街で斬ってきた妖も同じなんだよ」
「なん、だと…?」
今まで斬ってきた無数の妖怪たち。それはすべて、元は人間だったもの。──そう、鏡斎が妖怪に変えた女を斬っていたのだ。何も知らずに。
「君こそが外道に堕ちていたんだよ」
「て、てめぇ…!!」
〈リクオ…!!後ろだ!!〉
次々と生まれる妖怪が、リクオの背後から飛びかかる。無数の妖に抑えつけられ、リクオは奥歯を噛み締めた。
「ぐ…」
「大きいのに気を取られてると後ろからも来るぞ。さぁどうした…さっきみたいに斬れ!」
そうすれば助かる…見せてくれ。
〈リクオ!!〉
リオウはリクオを襲う妖に、神気を迸らせた。しかしそれが届く刹那、轟音とともに妖の姿は爆散する。──リクオが斬り伏せたのである。
「はは、どうした?ふっきれたか?」
「あぁ…吹っ切れたぜ。────鳥居だってことは…忘れる」
リクオの持つ刃に畏が集まっていく。だが、あの刀は──…
「なんだそのボロ刀は!!おかしくなったか奴良リクオ!!」
リクオは静かに目を閉じる。夜叉の面、その奥に鳥居の姿が見える。その刹那、リクオは刃を一閃させた。ピキピキと音を立ててひび割れた滝夜叉姫の姿は、轟音と共にガラガラと崩れていく。
「友が殺し合う…これが、地獄絵図というものだろう…素晴らしい」
「そいつぁーどうかな…」
「何?」
突如、崩れ落ちる滝夜叉姫の姿が、パアッと光を放った。中からは意識を失った鳥居が現れる。リオウはその身を翻すと、鳥居をしっかりとその背に受け止める。
「な、なつみィ!!」
〈目立った外傷はないな。だが目を覚ますには今しばらくかかるだろう〉
そっと鳥居を巻に渡し、氷麗に彼女らを守るよう言付けると、リオウはついと目を細める。畏を断ち、妖怪だけを斬ったか。畏を完璧に刃に乗せていなければ、その刃は砕けて無くなっていただろう。
「おいあんた。名乗ってもらうまでもねぇ…妖を生んでるってこたぁてめぇは山ン本の"腕"だな?」
リクオはまっすぐに鏡斎を見据えた。リオウのことといい、女性たちを食い物にした今回の一件といい、こいつだけは絶対に許せない。
「一つだけ言っておく。オレの前では…地獄はもう産ませねぇ!!」
───覚悟しろ