天狐の桜21
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木々の根が蔓延り、鬱蒼とした地下室。からんからんと下駄の音を響かせながら、圓潮と三ツ目八面は闇の中を奥へ奥へと進んでいた。
「どうやら…鏡斎のやつが動き出したようじゃの…まったく…家にこもって妖を生んでいればよかろうに…」
「えぇ…まったく。しかしそういうわけにはいかないんでしょう」
我らは皆山ン本五郎左衛門の一部。"欲望のまま動く生き物"なのだから。欲しければ手に入れるまで止まらず、その欲は留まるところを知らない。恐らく鏡斎は本物の動乱を見て、より強力な妖を生みたいのだろう。
「…リオウ様に手を出したか」
「抜け駆けにはしっかり釘を差しておきましたのでご心配なく」
正確には「手は出していない」のだが、まぁそこは割愛する。妄想だろうが記憶の中だろうが、リオウを抱いた時点でこちらにとっては抜け駆けなのだ。それをわかっているからこそ、春画を持ち去るときに鏡斎は何も言わなかったのであって。
どうせ、リオウに植えつけられた"記憶"も鏡斎が消えれば消えてしまう儚いもの。畏が魅せる一過性の夢。…まぁその夢でさえ彼を欲しいがままにしたのが許せないくらいには、皆リオウに執着しているのだけれど。
「さ、つきましたよ。"畏の集まる場所"です」
そこは木の根が縦横無尽に蔓延り、巨大な目玉のようなものが無数に壁に取り付く異様な空間であった。臆することなく先に進む二人に、片目の潰れた兵士像が、畏は順調に集まっておりますと頭を下げる。
巨大な目玉はスクリーンのようになっており、地獄絵図と化している東京の様子を伝えている。やがて三ツ目八面は最奥に鎮座する【それ】を見て足を止めた。
「む…圓潮…これか!?これが…ワシが"脳"として入る…新たな器…」
滾るのう…!
三ツ目八面は、顔面の皮を自らビリビリと音を立てて剥いだ。むき出しになった脳味噌がピクピクと震える。
圓潮はそれを尻目に、一つ鼻を鳴らす。さて、そろそろ新しい噂が流れる頃だ。
「リクオくん…せいぜい駆けずり回るがいいよ。どんなに頑張っても最後に笑うのは…」
此の世に悪が蔓延るとき現れるという、救世主だ。
渋谷駅周辺─────
まさに地獄と化したそこを、少女はひた走っていた。妖怪たちから必死に逃げながら、友人に「渋谷には来るな」とメッセージを送る。
と、その目の前に背中をむき出しにされ拘束された女性たちが現れた。女性たちは皆何かに怯えるような表情で座り込んでいる。
「なによ…これ…!どうしてこんな…」
ハッと気がつけば、一人の女性のそばに浅黒い肌の男が膝をついていた。その手には硯と筆が握られており、どこから来たの、なんて女性に話しかけている。
「んー…家出かな…?彼氏いるの…?」
「た…助けて…ママ…」
男は女性の返事には特に興味がないのか、気にした様子もなくその背に筆を滑らせる。やがて一体の妖怪の絵を描ききると、女性の上半身は音を立てて犬のような妖の姿に変わっていく。
「フグッ」
思わず口を押さえて座り込む。なんだあれは。声を出せばバレてしまうかもしれない。やがてゆらりと上体を起こした鏡斎は、ついと視線を巡らせると怯える少女に目を留める。
「君がいいな…次は」
少女の断末魔が渋谷の喧騒に溶けていく。
「この街はいい…」
汎ゆる欲望に満ち、己の意欲を掻き立てる。間違いない。この「地獄絵図」は己の全存在をかけた最高傑作になる。
「あとは主役だ。この地獄で血の海に沈む色男。早く来いよ奴良リクオ…お前の屍でこの画は完成する!!」
「家長さん!!なぜ電話に出ない!?」
あの映像に映っていた彼女なら、何か知っているはず。リクオも電話に出ないし、一体どうなっているのか。そもそも今無事なのだろうか。
その時背後でカサカサと何かが蠢く音がした。ハッと振り返れば、上半身は女、下半身が巨大な蜘蛛の姿をした妖怪が、凄まじい勢いで迫ってくる。
「の…のああぁぁあぁあ!!!!妖怪ぃぃいいい!!!!」
まさに絶体絶命。妖怪に会いたいとは思っていたが、何度でも言おう。こいつじゃない。こんな命の危機に瀕したいわけじゃない。助けてくれ誰か。
その刹那、轟音が響き渡った。見れば髑髏の数珠を下げた大男が、先の妖怪の横っ面を殴り飛ばしている。木っ端微塵となったコンクリート片を浴びながら、大男は声を張り上げた。
「屋外に出んじゃねー!!人間ども!!」
これで百匹目。まったく、次から次へと湧いてきてきりが無い。青田坊はその背に歓声を受けながら、ふっと息をついた。
「ゆ…勇者様だわ…」
「すごぉい、たくましい…」
「なんて強いの!!」
「あの人なら!!」
「きっと奴良リクオを殺してくれるゥ!!」
「奴良リクオを…」
「殺せー!!俺たちを救ってくれー!!」
「あぁ!?だから違うっつってんだろその話はよーーー!!」
どうにもこうにもこの調子である。いくら声を上げて違うと叫ぼうとも、暴徒と化した人間たちにその声は届かない。
清継は青田坊の顔をまじまじと見ると、どこか記憶の端に引っかかるものを感じてハッと目を見開いた。あれはたしか…
「あ!あなたはあの時闇の主や天狐様と一緒にいた妖怪!!」
「ゲッ」
青田坊は清継の顔に、思わず頬をひきつらせた。なんでこいつがここにいる。遭遇したら一番めんどくさそうなのが来てしまった。
「なんて幸運なんだ!実は今ボク闇の主を探してまして、会わせてくれませんか!?」
「あ?おい、探して…どうすんだい!?」
青田坊は清継の胸倉を掴み上げた。まさかこいつも、他の人間どもと同じようにリクオを殺したいとでも言うのだろうか。
清継は苦しさに足をばたつかせながら、必死に違うと声を張り上げる。
「ち、違う!!ボクは彼を撮りたいんだ!!」
今世間ではリクオは悪者になっている。だから自分が撮って明らかにするのだ。何が本当なのか。そして彼が悪者なんかじゃないということを。
「…お前が、どうしてそんなことをするんだ」
それは純粋な疑問だった。何の不自由もしたことのないボンボン。今だって、こんな危険な場所にいないで、安全な家の中に引きこもっていればいいものを、なぜわざわざそんなことをするのだろうか。
「闇の主は、ボクの憧れなんだ。彼がこんなこと…するはずがない!!」
それに彼(奴良君)は友達(マイファミリー)だからね
清継は二カッと笑みを浮かべた。それはいつもどおりの勝ち気な笑みで。…そう、彼はいつもと何ら変わりないのだ。自分の信念に従って行動しているだけで。
「おめぇ…なかなか根性ある奴だったんだな」
青田坊はふっと口元をゆるめた。気に入った。闇の主だ天狐だなんだと騒ぐやつだと思っていたが、よもやこんな男気のある奴だったとは。
青田坊はぐいっと清継を引くと、愛車である改造バイクに乗せる。妖怪がバイクに!?と驚愕している声が聞こえてくるが、まぁそれは放っておくことにする。まずは連絡役の黒羽丸に連絡しなくては。
「おう黒羽丸。なに?渋谷に送ったぁ!?…みんなにも知らせとくか…」
ピピピと高速でメールを打つ。意外!!という声が後ろから聞こえてくるが、その実奴良組も文明の利器には皆それなりに精通しているものだ。…機械音痴のリオウを除き。
「渋谷に特攻(ぶっこ)むぞ!!清!!」
「ハ、ハィィィ!!」
ギアを上げ、一気に闇の中に踏み込んでいく。今は一分一秒が惜しい。背後から速い!!怖い!!と怯える声がするが聞こえないふりをする。二人の姿はざわめく喧騒の中に消えていった。
「どうやら…鏡斎のやつが動き出したようじゃの…まったく…家にこもって妖を生んでいればよかろうに…」
「えぇ…まったく。しかしそういうわけにはいかないんでしょう」
我らは皆山ン本五郎左衛門の一部。"欲望のまま動く生き物"なのだから。欲しければ手に入れるまで止まらず、その欲は留まるところを知らない。恐らく鏡斎は本物の動乱を見て、より強力な妖を生みたいのだろう。
「…リオウ様に手を出したか」
「抜け駆けにはしっかり釘を差しておきましたのでご心配なく」
正確には「手は出していない」のだが、まぁそこは割愛する。妄想だろうが記憶の中だろうが、リオウを抱いた時点でこちらにとっては抜け駆けなのだ。それをわかっているからこそ、春画を持ち去るときに鏡斎は何も言わなかったのであって。
どうせ、リオウに植えつけられた"記憶"も鏡斎が消えれば消えてしまう儚いもの。畏が魅せる一過性の夢。…まぁその夢でさえ彼を欲しいがままにしたのが許せないくらいには、皆リオウに執着しているのだけれど。
「さ、つきましたよ。"畏の集まる場所"です」
そこは木の根が縦横無尽に蔓延り、巨大な目玉のようなものが無数に壁に取り付く異様な空間であった。臆することなく先に進む二人に、片目の潰れた兵士像が、畏は順調に集まっておりますと頭を下げる。
巨大な目玉はスクリーンのようになっており、地獄絵図と化している東京の様子を伝えている。やがて三ツ目八面は最奥に鎮座する【それ】を見て足を止めた。
「む…圓潮…これか!?これが…ワシが"脳"として入る…新たな器…」
滾るのう…!
三ツ目八面は、顔面の皮を自らビリビリと音を立てて剥いだ。むき出しになった脳味噌がピクピクと震える。
圓潮はそれを尻目に、一つ鼻を鳴らす。さて、そろそろ新しい噂が流れる頃だ。
「リクオくん…せいぜい駆けずり回るがいいよ。どんなに頑張っても最後に笑うのは…」
此の世に悪が蔓延るとき現れるという、救世主だ。
渋谷駅周辺─────
まさに地獄と化したそこを、少女はひた走っていた。妖怪たちから必死に逃げながら、友人に「渋谷には来るな」とメッセージを送る。
と、その目の前に背中をむき出しにされ拘束された女性たちが現れた。女性たちは皆何かに怯えるような表情で座り込んでいる。
「なによ…これ…!どうしてこんな…」
ハッと気がつけば、一人の女性のそばに浅黒い肌の男が膝をついていた。その手には硯と筆が握られており、どこから来たの、なんて女性に話しかけている。
「んー…家出かな…?彼氏いるの…?」
「た…助けて…ママ…」
男は女性の返事には特に興味がないのか、気にした様子もなくその背に筆を滑らせる。やがて一体の妖怪の絵を描ききると、女性の上半身は音を立てて犬のような妖の姿に変わっていく。
「フグッ」
思わず口を押さえて座り込む。なんだあれは。声を出せばバレてしまうかもしれない。やがてゆらりと上体を起こした鏡斎は、ついと視線を巡らせると怯える少女に目を留める。
「君がいいな…次は」
少女の断末魔が渋谷の喧騒に溶けていく。
「この街はいい…」
汎ゆる欲望に満ち、己の意欲を掻き立てる。間違いない。この「地獄絵図」は己の全存在をかけた最高傑作になる。
「あとは主役だ。この地獄で血の海に沈む色男。早く来いよ奴良リクオ…お前の屍でこの画は完成する!!」
「家長さん!!なぜ電話に出ない!?」
あの映像に映っていた彼女なら、何か知っているはず。リクオも電話に出ないし、一体どうなっているのか。そもそも今無事なのだろうか。
その時背後でカサカサと何かが蠢く音がした。ハッと振り返れば、上半身は女、下半身が巨大な蜘蛛の姿をした妖怪が、凄まじい勢いで迫ってくる。
「の…のああぁぁあぁあ!!!!妖怪ぃぃいいい!!!!」
まさに絶体絶命。妖怪に会いたいとは思っていたが、何度でも言おう。こいつじゃない。こんな命の危機に瀕したいわけじゃない。助けてくれ誰か。
その刹那、轟音が響き渡った。見れば髑髏の数珠を下げた大男が、先の妖怪の横っ面を殴り飛ばしている。木っ端微塵となったコンクリート片を浴びながら、大男は声を張り上げた。
「屋外に出んじゃねー!!人間ども!!」
これで百匹目。まったく、次から次へと湧いてきてきりが無い。青田坊はその背に歓声を受けながら、ふっと息をついた。
「ゆ…勇者様だわ…」
「すごぉい、たくましい…」
「なんて強いの!!」
「あの人なら!!」
「きっと奴良リクオを殺してくれるゥ!!」
「奴良リクオを…」
「殺せー!!俺たちを救ってくれー!!」
「あぁ!?だから違うっつってんだろその話はよーーー!!」
どうにもこうにもこの調子である。いくら声を上げて違うと叫ぼうとも、暴徒と化した人間たちにその声は届かない。
清継は青田坊の顔をまじまじと見ると、どこか記憶の端に引っかかるものを感じてハッと目を見開いた。あれはたしか…
「あ!あなたはあの時闇の主や天狐様と一緒にいた妖怪!!」
「ゲッ」
青田坊は清継の顔に、思わず頬をひきつらせた。なんでこいつがここにいる。遭遇したら一番めんどくさそうなのが来てしまった。
「なんて幸運なんだ!実は今ボク闇の主を探してまして、会わせてくれませんか!?」
「あ?おい、探して…どうすんだい!?」
青田坊は清継の胸倉を掴み上げた。まさかこいつも、他の人間どもと同じようにリクオを殺したいとでも言うのだろうか。
清継は苦しさに足をばたつかせながら、必死に違うと声を張り上げる。
「ち、違う!!ボクは彼を撮りたいんだ!!」
今世間ではリクオは悪者になっている。だから自分が撮って明らかにするのだ。何が本当なのか。そして彼が悪者なんかじゃないということを。
「…お前が、どうしてそんなことをするんだ」
それは純粋な疑問だった。何の不自由もしたことのないボンボン。今だって、こんな危険な場所にいないで、安全な家の中に引きこもっていればいいものを、なぜわざわざそんなことをするのだろうか。
「闇の主は、ボクの憧れなんだ。彼がこんなこと…するはずがない!!」
それに彼(奴良君)は友達(マイファミリー)だからね
清継は二カッと笑みを浮かべた。それはいつもどおりの勝ち気な笑みで。…そう、彼はいつもと何ら変わりないのだ。自分の信念に従って行動しているだけで。
「おめぇ…なかなか根性ある奴だったんだな」
青田坊はふっと口元をゆるめた。気に入った。闇の主だ天狐だなんだと騒ぐやつだと思っていたが、よもやこんな男気のある奴だったとは。
青田坊はぐいっと清継を引くと、愛車である改造バイクに乗せる。妖怪がバイクに!?と驚愕している声が聞こえてくるが、まぁそれは放っておくことにする。まずは連絡役の黒羽丸に連絡しなくては。
「おう黒羽丸。なに?渋谷に送ったぁ!?…みんなにも知らせとくか…」
ピピピと高速でメールを打つ。意外!!という声が後ろから聞こえてくるが、その実奴良組も文明の利器には皆それなりに精通しているものだ。…機械音痴のリオウを除き。
「渋谷に特攻(ぶっこ)むぞ!!清!!」
「ハ、ハィィィ!!」
ギアを上げ、一気に闇の中に踏み込んでいく。今は一分一秒が惜しい。背後から速い!!怖い!!と怯える声がするが聞こえないふりをする。二人の姿はざわめく喧騒の中に消えていった。