天狐の桜4
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(花開院の者が来たか…)
リオウは一人学校の近くの小さな神社で小さく息をついていた。境内に腰を下ろし、鬱蒼と繁る木々を見渡す。どこまでも広がる静寂と、時おり聞こえる鳥の声が、街の忙しない喧騒の中から連れ出してくれるように錯覚する。
「リオウ様、そろそろ戻られた方が」
「よい。少し考えたいこともある」
護衛にとついてきていた黒羽丸の頬を一撫でして、リオウは細い指を顎に当てた。
並の人間にしては高い霊気。そして聞いてしまった「花開院」という彼女の出自。花開院の一族といえば、世間的には腕の立つ有名な陰陽師一族だが、自分達天狐にとっては同胞を殺した憎き敵そのもの。
神の列席に連なるものには「人間を傷つけてはならない」という絶対不可侵の理がある。それは神獣である天狐も例外ではなく、数千年の間人々を守り続けていた。
ある時、花開院と名告る陰陽道を心得た者達が天狐の神域へとやってきた。何でも、天狐の血肉を食めば、傷や病はたちどころに治り、莫大な神力が手に入る。あわよくば天狐の一族の者と交わってより強い霊力、神力を手にいれたいと考えたらしい。
天狐の姫…リオウの母を嫁にと望んだ人間たちを、天帝は許さなかった。神職に就くものが主人である神の所有物となるのならともかく、神降ろしをして人間の物になど言語道断だと。
天狐も神獣、天の長たる天帝の命には逆らえない。だが人間たちは神々が思っているよりもずっと傲慢になっていた。神殺しの力を使い、怒りのままに一族を襲い殺した。
神殺しとは、本来堕ちた神を供養のために屠る力。それを私欲のために使った人間たちに、天狐は何もできず、ただ逃げ惑うのみ。神は人間を傷つけることは出来ない。理を犯せば神は堕ちる。一族の誇りをもって神であり続けた天狐らに待っていたのは理不尽な惨殺だけであった。
唯一逃げ延びた姫は東へ東へと向かい、其処でぬらりひょんたちに助けられた。だが、花開院から受けた傷がもとでリオウを産んですぐに息絶えた。残された天狐であるリオウには記憶の継承があり、かつて人間に襲われた記憶もすべて残っている。
『口惜しや…おのれ人間…おのれ花開院…!!』
無惨に切り刻まれた遺体は、やがて桜へと姿を変える。あのとき血だらけの体で桜に取りすがって泣いていたのは誰であったか。憎しみも悲しみも得も言われぬ感情のすべてが今はリオウに受け継がれている。
『どんな記憶があろうとも、リオウ。貴方は貴方よ。私の可愛い可愛い孫であることに変わりはないわ…』
(お祖母様がいらっしゃらなかったら、私は今も人を恐れ、憎悪して生きてきたのだろうか)
記憶にのまれ、自我を持たずに堕ちていく。そうならなかったのは、人間でありながら妖怪に嫁いだ祖母の珱姫や、祖父のぬらりひょん、父の鯉伴、そして組の妖怪たちのお陰だろう。植え付けられた憎悪は消えることはない。だが、それでも人を愛せるほどにはその感情も薄らいでいた筈なのだ。
花開院…
「もうその名を聞くことなどないと、思っていたのだがな」
最早宿命であるのだろう。最早自分は十分なほど生きた。運命なぞどうでもよい。己の愛するものが幸せに生きられるのであれば、それ以上望むことはない。
(そのくらいの我が儘を言ったとしても、バチは当たるまい)
元より、神々というものは少し位我が儘なものなのだから。複雑な気持ちを抱えながら、リオウは静かに目を伏せた。