天狐の桜21
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
多くの人間で溢れる渋谷の街。新宿とは違い、未だ日々の喧騒の中にある人々は、信号待ちをする向かいの人混みの背後に、見慣れない物があることに気がついた。
「なんだ、あれ」
巨大な手のような妖に頭から齧り付かれる。驚いて逃げ惑う人々を、これまた坊主のような格好の妖が捕らえてバリバリと貪り食っていく。
「ひぃッ」
「く…くるな!!」
先程まで何の変哲もない日常が流れていたそこに、断末魔が響き渡る。そんな光景の中継を見ていた清継は、はくはくと意味もなく口を開閉した。なんだ、これは。
〈清継くん!清継管理人殿!ユースト見ておりますか!?〉
「あぁ…見てるよ」
〈ツイッターもチェック済み!?〉
「あぁ…」
〈流石清継氏!いやぁ我々にとってキターな夜ですな!!〉
どこかで望んでいたような展開だとワクワクしている様子の通信相手に、清継は思わず目を眇める。息が上がる。思考がついてこない。
「が、ガクト氏…それは言ってはいけないのではないか?」
抗議する声は震えていた。一体何が起こっているのかわからない。妖怪はいい奴だよ!と幼心にリクオに言われた言葉が脳裏をよぎる。
〈清継君!?「妖怪脳」に「奴良リクオ」情報来てるよ!!〉
「!!」
一体何が起こっているんだ…!?
ネットの中ではすでにお祭り騒ぎだ。写真を入手したと言ってアップする者もいれば、生徒会選挙で巨大な妖怪が出たとか、渋谷駅の惨劇にどこか興奮気味に声を上げるものもいる。
〈ひっでぇ…これが清継くんが追ってた闇の主か〉
〈このまま広まっていったらマジ人間滅びるんじゃねぇの…?〉
〈本当にいたんだ〉
〈さっさと殺さないとな!!〉
〈奴良リクオ、殺さないと…〉
(僕は一体どうすればいいんだ!!)
以前、命を助けてくれたとき、彼はたしかに言っていた。
『弱いモン殺して悦に浸ってる…そんな妖怪が、この闇の世界で一番の畏になれるはずがねぇ』
『人に仇なす奴ァオレが絶対許さねぇ!世の妖怪共に告げろ!!オレが魑魅魍魎の主となる!!』
そうか、そうだよ……!!
「絶対違う…そう、あの人は…こんなこと…しないのだ…」
妖怪ってかっこいいんだと、信じさせてくれたあの人は、そんなことはしない。
「ずっと追ってきた僕にはわかる!!あの人を…臆測だけで軽々しく語るんじゃないよ!!」
両手で頬を叩いて気合を入れる。自分で確かめなくては。そして証明するのだ。
奴良くん…僕が君の無実を証明してみせる!!
清継はパソコンとカメラをカバンに詰め込むと、一人夜の闇へと駆け出していった。
「なんだよ…また逃げやがったのかよ…」
雷電はリクオを見やり、鼻を鳴らした。まったく、戦い甲斐のない相手だ。逃げるだけの畏とは聞いていたが、そんなんで本気で勝てると思っているのだろうか。
「おいおい…のらりくらり逃げるだけって本当だな!!圓潮が言ってたけどよ…まるで布切れだ。そんなんじゃ止まったハエも殺せねぇってな…」
ましてやこの最強に頑丈な骨の身体が切れるわけがない。この体は全て骨でできている。この世で一番硬い身体だ。密度がなんちゃらと鏡斎が言っていた気がするが、まぁ思い出せないので割愛する。
「見てるかぁ〜姫さん!奴良リクオなんざさっさと潰して、すーぐそっち行ってやるからよ♡」
《……あの姫さんというのは私のことなのだろうか》
「お、恐らく…」
リオウは返事の代わりにぴしりと尾を一振した。あの男、快活に見えて、瞳の奥に山ン本五郎左衛門と同じ仄暗い炎が灯っている。関わり合いにならないほうが得策だ。
「とにかく!!一本の腕に骨を集めたのがこの"龍の腕"だ!!そんなボロボロの刀じゃ防ぎきれねーぞ!!」
そうして、と雷電はニヤリと笑う。ズボォと地中から右足が顔を出す。ついで巨大な腕と足がリクオを挟むように迫っていく。このスピードならばこれならば避けられまい。
「なるほど、骨の化け物か…たしかに硬ェわけだ」
リクオはすっと刀を収める。諦めたのか?と雷電はニヤリと笑って鼻を鳴らした。ここから一体何ができるというのか。
「…こいつをためすにゃ丁度いい」
腕が迫るその一瞬、リクオはぐっと上体を低くした。その刹那、雷電の右腕に突然幾本もの棘のような突起が生える。
「ま…また変化した⁉」
「今度こそ逃げられねぇぞぉーーーー!!!!」
ズシャァァと凄まじい音を立て、腕と足がピッタリと閉じられた。隙間なく閉じられたそこからは、リクオがつけていたマフラーが覗いている。
「ハハ…今何かしたかったのかァァ!?はったりかまして…また逃げる用意だったかァーーー!?」
「ヒッ…」
「う、うそ…」
《氷麗、人の子よ。案ずるな。あれには私の加護がある。──あれくらいで私の"大将"は死なぬ》
気を強く持て、とリオウは静かに言った。強くて優しい妖だと思い込め。"妖怪"は人間の想いの強さこそが強さを引き出す。
「よぉ見てるか姫さん!!てめぇらの大将は爆ぜて跡形もなくなっちまったよォーーーーー!!」
ピクリとリオウの耳が動く。ついでひらりとその身を翻し、近くにいたカナを咥えて背中に乗せる。その刹那、轟音とともに雷電の手足が石礫のように爆ぜた。
「な…なんだぁぁぁ!?オレの腕がぁぁーーー!!オレの…脚がぁぁぁーーー!!」
土煙の中から闇に包まれた刃が見える。
「雷電よ…今…何つった?」
パラパラと落ちる数多の石礫の奥から、ゆらりと姿を現す。横に棚引いていた長い髪は崩れ、目元には紋様が浮かび上がっており、口元にはニヒルな笑みが浮かべられている。
「逃げる…?誰がだよターーーコ。オレはずっとここにいるぜ?てめぇからなんざ逃げも隠れもしねぇ!!」
ましてやてめぇに畏を抱くこともねぇ
「リオウ。近くにいすぎて呑まれんなよ…オレの畏にな!!」
なんだ、なんだこれは。こいつは何なんだ。さっきまでと全然違うじゃねぇか。なんてこんなんになっちまったんだ!?
「き…聞いて…ねぇぇ…」
斬撃を受けながら、雷電は必死に思考を巡らせる。だが無情にも骨の体はボロボロと音を立てて崩れていく。
「お前らはオレが半年間何もせず…ただ待っていただけだと思ってたのか?」
リクオの刃が雷電の胴を捉え、容赦なくその体を木っ端微塵に粉砕する。
「雷電。お前は人を殺しすぎた」
刀を収め、静かに息を整える。リオウは音もなく地上へ降り立つと、本来の姿へと転位した。
「リクオ…大事ないか?」
「リクオ様…そのお姿は…」
氷麗が思わず呆然と呟く。くるりと振り返ったリクオは、刀を肩に担ぐとにかっと笑った。
「よぉー三人とも、無事だったかい?」
•••••••••••。
三人の時が止まった。リオウは特訓こそ知っていたものの、この姿を見るのは初めてで、氷麗とカナは言わずもがな。あまりの豹変っぷりに三人は思わず後ずさった。誰だこいつ。
「リオウ。愛しい嫁さん。オレの唯一。こっちに来い。…よし…怪我はねぇな。」
「……その姿だとお前が父上の悪いところに似てしまった気がして目眩がする」
「あん?なんでだよ」
流れるようにリオウの腰を抱き、止まらぬとばかりに甘い言葉を吐き続けるリクオに、リオウは思わず目の前がクラリと傾ぐのを感じた。
あぁ、なんというか、軽薄そうなところというか、似なくても良いところがそっくりだ。唯一違うところといえば、まるで堰を切ったように滔々と口説き文句をたれてくるところだろうか。
「どした?なんか…お前らも距離遠くね?」
「だって…リクオ様いつもと違いすぎますよ!髪型とか!いつものスカしたリクオ様じゃないですよ!」
「スカした感じってなんだよ!!」
リクオは思わず吠えた。なんだそれは。オレは下僕達から、いつもスカした野郎だって思われてたってことなのか。
「畏を守りから攻めに振ったのか」
「そういうことだ。だからちょっとくらい攻撃的に見えっかもな!」
リオウはふむと一つ頷くと、虚空に向かってついと視線を投げた。イタク、と呼びかけると、おう、という返事とともにひらりとイタクが姿を現す。
「見てたぞ。倒したのはいいが赤点だな…その刀では一晩持たないでねーか」
「あっいけね…こりゃだめだ」
イタクが替えのドスを投げ渡す。先程の刀はすでにボロボロに崩れており、使い物にならない。
簡単に言えば敵を"斬る"ために畏を刃にのせる…イタク等が使う"鬼憑"をヒントにして自分の畏を変えるため、この半年遠野に通って修行したのだ。…まぁ通ったのは最初だけで、残りは全部奴良組の地下道場で行っていたのだが。
「リオウ様!!リクオ様!!ご報告です!!」
バサリという羽音とともに舞い降りた黒羽丸が、二人の大将の前に膝をつく。慣れ親しんだ妖気に、リオウはホッとしたように漸う笑みを浮かべた。
「ただいま渋谷駅を中心に妖怪が大量出没中!繁華街を埋め尽くす妖怪に襲われ人間たちは大パニックです!」
現地に入った奴良組組員の情報によると、まるで渋谷から"妖怪が生まれているかのようだ"とのこと。つまり百物語組の誰かが、そこで妖を生んでいるのだ。
「おのれ…人の子を食い物にしおって…」
「行くぞ!!次は渋谷に向かう!!」
「ちょっ…ちょ、待ってください!その前に…先に進む前にまず!!家長さんをどーにかしたほうがいいです!!リオウ様が助けてくださっているとはいえ、さっきも危なかったんですよ!?」
確かに、とイタクらは思考を巡らせる。その時、リオウがついと口を開いた。
「その人の子は私が連れて行く」
「んなっリオウ様!?」
「今はどこにいても危ないであろう。ここから組へ戻るにしても、道中襲われぬとも限らぬ。一番安全なのは、私の目の届く…いや、両の手で届く範囲にいることだな」
「おい雪女。あの人間の娘は何者なんだ?」
「ブリっ子です」
イタクの言葉に、氷麗は半泣きで即答した。おのれ家長。リオウ様に守ってもらえるなんて何たる幸運。そんな特別待遇許されていいものか。
ぎりぃと思わず袖を噛む氷麗に、リオウはそっと歩み寄るとその髪をなでた。困ったように微笑みながら、優しくあやすように呼びかける。
「氷麗。…すまぬな。複雑な思いもあるかもしれぬが、此度は聞き分けよ」
リクオは今回で大切なものを失っている。理解してくれる人間は、もしかしたらこの娘だけかもしれないのだ。
(リオウ様がそこまで仰るなら…信じてついてくるってんなら…一緒に守ってあげてもいーけど?)
「わ…わたしも一緒に行きたいよ!前にも言ったじゃん、あなた達のこと知りたいって…ここで逃げたりなんかしないよ!」
カナはきゅっとリオウの袖を握りしめた。何処かホッとしたように皆頷くと、リオウがふわりと狐の姿に転位する。
《乗れ。朔、案内を》
「御意」
かくして闇の主やら人間やらをその背に乗せた純白の狐は、夜の闇の中へと消えていった。
「なんだ、あれ」
巨大な手のような妖に頭から齧り付かれる。驚いて逃げ惑う人々を、これまた坊主のような格好の妖が捕らえてバリバリと貪り食っていく。
「ひぃッ」
「く…くるな!!」
先程まで何の変哲もない日常が流れていたそこに、断末魔が響き渡る。そんな光景の中継を見ていた清継は、はくはくと意味もなく口を開閉した。なんだ、これは。
〈清継くん!清継管理人殿!ユースト見ておりますか!?〉
「あぁ…見てるよ」
〈ツイッターもチェック済み!?〉
「あぁ…」
〈流石清継氏!いやぁ我々にとってキターな夜ですな!!〉
どこかで望んでいたような展開だとワクワクしている様子の通信相手に、清継は思わず目を眇める。息が上がる。思考がついてこない。
「が、ガクト氏…それは言ってはいけないのではないか?」
抗議する声は震えていた。一体何が起こっているのかわからない。妖怪はいい奴だよ!と幼心にリクオに言われた言葉が脳裏をよぎる。
〈清継君!?「妖怪脳」に「奴良リクオ」情報来てるよ!!〉
「!!」
一体何が起こっているんだ…!?
ネットの中ではすでにお祭り騒ぎだ。写真を入手したと言ってアップする者もいれば、生徒会選挙で巨大な妖怪が出たとか、渋谷駅の惨劇にどこか興奮気味に声を上げるものもいる。
〈ひっでぇ…これが清継くんが追ってた闇の主か〉
〈このまま広まっていったらマジ人間滅びるんじゃねぇの…?〉
〈本当にいたんだ〉
〈さっさと殺さないとな!!〉
〈奴良リクオ、殺さないと…〉
(僕は一体どうすればいいんだ!!)
以前、命を助けてくれたとき、彼はたしかに言っていた。
『弱いモン殺して悦に浸ってる…そんな妖怪が、この闇の世界で一番の畏になれるはずがねぇ』
『人に仇なす奴ァオレが絶対許さねぇ!世の妖怪共に告げろ!!オレが魑魅魍魎の主となる!!』
そうか、そうだよ……!!
「絶対違う…そう、あの人は…こんなこと…しないのだ…」
妖怪ってかっこいいんだと、信じさせてくれたあの人は、そんなことはしない。
「ずっと追ってきた僕にはわかる!!あの人を…臆測だけで軽々しく語るんじゃないよ!!」
両手で頬を叩いて気合を入れる。自分で確かめなくては。そして証明するのだ。
奴良くん…僕が君の無実を証明してみせる!!
清継はパソコンとカメラをカバンに詰め込むと、一人夜の闇へと駆け出していった。
「なんだよ…また逃げやがったのかよ…」
雷電はリクオを見やり、鼻を鳴らした。まったく、戦い甲斐のない相手だ。逃げるだけの畏とは聞いていたが、そんなんで本気で勝てると思っているのだろうか。
「おいおい…のらりくらり逃げるだけって本当だな!!圓潮が言ってたけどよ…まるで布切れだ。そんなんじゃ止まったハエも殺せねぇってな…」
ましてやこの最強に頑丈な骨の身体が切れるわけがない。この体は全て骨でできている。この世で一番硬い身体だ。密度がなんちゃらと鏡斎が言っていた気がするが、まぁ思い出せないので割愛する。
「見てるかぁ〜姫さん!奴良リクオなんざさっさと潰して、すーぐそっち行ってやるからよ♡」
《……あの姫さんというのは私のことなのだろうか》
「お、恐らく…」
リオウは返事の代わりにぴしりと尾を一振した。あの男、快活に見えて、瞳の奥に山ン本五郎左衛門と同じ仄暗い炎が灯っている。関わり合いにならないほうが得策だ。
「とにかく!!一本の腕に骨を集めたのがこの"龍の腕"だ!!そんなボロボロの刀じゃ防ぎきれねーぞ!!」
そうして、と雷電はニヤリと笑う。ズボォと地中から右足が顔を出す。ついで巨大な腕と足がリクオを挟むように迫っていく。このスピードならばこれならば避けられまい。
「なるほど、骨の化け物か…たしかに硬ェわけだ」
リクオはすっと刀を収める。諦めたのか?と雷電はニヤリと笑って鼻を鳴らした。ここから一体何ができるというのか。
「…こいつをためすにゃ丁度いい」
腕が迫るその一瞬、リクオはぐっと上体を低くした。その刹那、雷電の右腕に突然幾本もの棘のような突起が生える。
「ま…また変化した⁉」
「今度こそ逃げられねぇぞぉーーーー!!!!」
ズシャァァと凄まじい音を立て、腕と足がピッタリと閉じられた。隙間なく閉じられたそこからは、リクオがつけていたマフラーが覗いている。
「ハハ…今何かしたかったのかァァ!?はったりかまして…また逃げる用意だったかァーーー!?」
「ヒッ…」
「う、うそ…」
《氷麗、人の子よ。案ずるな。あれには私の加護がある。──あれくらいで私の"大将"は死なぬ》
気を強く持て、とリオウは静かに言った。強くて優しい妖だと思い込め。"妖怪"は人間の想いの強さこそが強さを引き出す。
「よぉ見てるか姫さん!!てめぇらの大将は爆ぜて跡形もなくなっちまったよォーーーーー!!」
ピクリとリオウの耳が動く。ついでひらりとその身を翻し、近くにいたカナを咥えて背中に乗せる。その刹那、轟音とともに雷電の手足が石礫のように爆ぜた。
「な…なんだぁぁぁ!?オレの腕がぁぁーーー!!オレの…脚がぁぁぁーーー!!」
土煙の中から闇に包まれた刃が見える。
「雷電よ…今…何つった?」
パラパラと落ちる数多の石礫の奥から、ゆらりと姿を現す。横に棚引いていた長い髪は崩れ、目元には紋様が浮かび上がっており、口元にはニヒルな笑みが浮かべられている。
「逃げる…?誰がだよターーーコ。オレはずっとここにいるぜ?てめぇからなんざ逃げも隠れもしねぇ!!」
ましてやてめぇに畏を抱くこともねぇ
「リオウ。近くにいすぎて呑まれんなよ…オレの畏にな!!」
なんだ、なんだこれは。こいつは何なんだ。さっきまでと全然違うじゃねぇか。なんてこんなんになっちまったんだ!?
「き…聞いて…ねぇぇ…」
斬撃を受けながら、雷電は必死に思考を巡らせる。だが無情にも骨の体はボロボロと音を立てて崩れていく。
「お前らはオレが半年間何もせず…ただ待っていただけだと思ってたのか?」
リクオの刃が雷電の胴を捉え、容赦なくその体を木っ端微塵に粉砕する。
「雷電。お前は人を殺しすぎた」
刀を収め、静かに息を整える。リオウは音もなく地上へ降り立つと、本来の姿へと転位した。
「リクオ…大事ないか?」
「リクオ様…そのお姿は…」
氷麗が思わず呆然と呟く。くるりと振り返ったリクオは、刀を肩に担ぐとにかっと笑った。
「よぉー三人とも、無事だったかい?」
•••••••••••。
三人の時が止まった。リオウは特訓こそ知っていたものの、この姿を見るのは初めてで、氷麗とカナは言わずもがな。あまりの豹変っぷりに三人は思わず後ずさった。誰だこいつ。
「リオウ。愛しい嫁さん。オレの唯一。こっちに来い。…よし…怪我はねぇな。」
「……その姿だとお前が父上の悪いところに似てしまった気がして目眩がする」
「あん?なんでだよ」
流れるようにリオウの腰を抱き、止まらぬとばかりに甘い言葉を吐き続けるリクオに、リオウは思わず目の前がクラリと傾ぐのを感じた。
あぁ、なんというか、軽薄そうなところというか、似なくても良いところがそっくりだ。唯一違うところといえば、まるで堰を切ったように滔々と口説き文句をたれてくるところだろうか。
「どした?なんか…お前らも距離遠くね?」
「だって…リクオ様いつもと違いすぎますよ!髪型とか!いつものスカしたリクオ様じゃないですよ!」
「スカした感じってなんだよ!!」
リクオは思わず吠えた。なんだそれは。オレは下僕達から、いつもスカした野郎だって思われてたってことなのか。
「畏を守りから攻めに振ったのか」
「そういうことだ。だからちょっとくらい攻撃的に見えっかもな!」
リオウはふむと一つ頷くと、虚空に向かってついと視線を投げた。イタク、と呼びかけると、おう、という返事とともにひらりとイタクが姿を現す。
「見てたぞ。倒したのはいいが赤点だな…その刀では一晩持たないでねーか」
「あっいけね…こりゃだめだ」
イタクが替えのドスを投げ渡す。先程の刀はすでにボロボロに崩れており、使い物にならない。
簡単に言えば敵を"斬る"ために畏を刃にのせる…イタク等が使う"鬼憑"をヒントにして自分の畏を変えるため、この半年遠野に通って修行したのだ。…まぁ通ったのは最初だけで、残りは全部奴良組の地下道場で行っていたのだが。
「リオウ様!!リクオ様!!ご報告です!!」
バサリという羽音とともに舞い降りた黒羽丸が、二人の大将の前に膝をつく。慣れ親しんだ妖気に、リオウはホッとしたように漸う笑みを浮かべた。
「ただいま渋谷駅を中心に妖怪が大量出没中!繁華街を埋め尽くす妖怪に襲われ人間たちは大パニックです!」
現地に入った奴良組組員の情報によると、まるで渋谷から"妖怪が生まれているかのようだ"とのこと。つまり百物語組の誰かが、そこで妖を生んでいるのだ。
「おのれ…人の子を食い物にしおって…」
「行くぞ!!次は渋谷に向かう!!」
「ちょっ…ちょ、待ってください!その前に…先に進む前にまず!!家長さんをどーにかしたほうがいいです!!リオウ様が助けてくださっているとはいえ、さっきも危なかったんですよ!?」
確かに、とイタクらは思考を巡らせる。その時、リオウがついと口を開いた。
「その人の子は私が連れて行く」
「んなっリオウ様!?」
「今はどこにいても危ないであろう。ここから組へ戻るにしても、道中襲われぬとも限らぬ。一番安全なのは、私の目の届く…いや、両の手で届く範囲にいることだな」
「おい雪女。あの人間の娘は何者なんだ?」
「ブリっ子です」
イタクの言葉に、氷麗は半泣きで即答した。おのれ家長。リオウ様に守ってもらえるなんて何たる幸運。そんな特別待遇許されていいものか。
ぎりぃと思わず袖を噛む氷麗に、リオウはそっと歩み寄るとその髪をなでた。困ったように微笑みながら、優しくあやすように呼びかける。
「氷麗。…すまぬな。複雑な思いもあるかもしれぬが、此度は聞き分けよ」
リクオは今回で大切なものを失っている。理解してくれる人間は、もしかしたらこの娘だけかもしれないのだ。
(リオウ様がそこまで仰るなら…信じてついてくるってんなら…一緒に守ってあげてもいーけど?)
「わ…わたしも一緒に行きたいよ!前にも言ったじゃん、あなた達のこと知りたいって…ここで逃げたりなんかしないよ!」
カナはきゅっとリオウの袖を握りしめた。何処かホッとしたように皆頷くと、リオウがふわりと狐の姿に転位する。
《乗れ。朔、案内を》
「御意」
かくして闇の主やら人間やらをその背に乗せた純白の狐は、夜の闇の中へと消えていった。