天狐の桜21
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夜はとっぷりと更けていく。月が怪しく輝き、闇が辺りを包み込む。奴良組では、幹部連中が集まって膝を突き合わせていた。
「暴れている妖は山手線内だけでも30匹以上確認しております」
「どいつもこいつもそこそこ強く…幹部だけを見つけてゆくのはかなり困難ですな」
「あぁ!?だったらどうした!?しらみ潰しにすりゃ~~いいだろうが!!」
苛立ちも顕に、妖怪たちは床を殴り付ける。怒号が飛び交う座敷に、ぬらりひょんはついと目を細めた。
『総大将ォッ!!!!!』
少し前に血相を変えて呼び込んできた、彼の天狐の側付きを思い出す。顔面蒼白で、いつも冷静なかの青年にしては珍しくひどく慌てた様子で部屋へと飛び込んできた。
『申し上げますッ…リオウ様が…───』
震える声で報告された事実は、膠には信じがたいもので。あれほど慈しんでいた人間に攻撃され、何者かに拐かされ、その身を汚された絶望は想像を絶する。
『───今はどうしてる』
『現在、三代目が付き添われています』
『…リクオとテメェ以外に、この事実を漏らしていねぇだろうな?』
『はい。誰にも』
────おのれ、赦してなるものか。
「百物語組のヤロォ…姑息な手を使いやがる」
「東京にシマある奴ぁしっかりしろや!!」
その時、ガァンッッと煙管が煙草箱を打つけたたましい音が響き、広間が水を打ったように静まり返った。
見れば、ぬらりひょんが殺気も顕に此方を睨み付けている。切れ長の黄金の瞳は瞳孔が開き、視線と重圧だけで人が殺せそうなほど。
「東京?関東一円の奴等に声かけろよ。百物語(奴等)を許すなよ…総力を挙げて跡形もなく潰すんだ」
誰よりも優しく聡明な天狐を苦しめた。かつて彼にトラウマを植え付けた一件…あの時点で、もとより彼らに選択肢などない。決して生かしてなどおくものか。
冷たい月光が差し込む、コンクリート造りの部屋。からん、と床を滑る下駄の音が嫌に響くその部屋で、圓潮は侮蔑と怒りに満ちたため息をついた。
「上手いことやりやがったね。まったく」
「──なんの事だ」
部屋の奥から気だるげな声が飛んでくる。床に散らばる無数の「絵」を見ながら、圓潮はふんと鼻を鳴らした。
「"抱いてもいないくせに"、良くもまぁこんなに色っぽいもんがかけたもんだね。あたしもおこぼれに預かりゃあよかった」
彼の筆は、それそのものがひとつの畏である。彼が描いたものはただの絵に終わらず、【それ】として命を吹き込まれる。
つまり、それが事実と置き換わるのだ。まるで、なんの違和感もなく。それは客観的な事実にとどまらず、描かれた本人の認識すらも歪めていく。
「あたしらが【山ン本(あの方)の一部】でなければ、気が付かずに楽しめたんだろうけどねぇ」
「下らん戯言を並べる為に来たのか」
「──てめぇの出過ぎた行動に腸が煮えくり返ってるんだよくそったれ」
パン、と扇が掌を打つ乾いた音が響いた。深淵のような感情の読めない暗い瞳が、確かな殺気を込めてその背を睨みつける。ついで、圓潮はにこりと口の端を持ち上げた。床に散らばる春画を1枚拾い上げ、ひらひらと振ってみせる。
「こんな時じゃなかったら、迷うことなく殺してるんだけどね」
「………」
「1枚頂いてくよ。それくらい構わないだろ?」
無言を肯定と捉え、圓潮はくっと喉の奥で低く笑う。外からは追い詰められた人間達の怒号が聞こえる。嗚呼、かの美しい人が愛したものがこれか。
「皆武器をとれ!要は殺せばいいんだろ…!?そいつを!!」
「さぁみなさん一緒に行きましょう!!そうです!!今こそ日本人が団結するときだ!!」
やりましょう!!殺すんだ!!と民衆は武器を手に立ち上がる。自分達がどれだけ狂ったことを言っているのか、彼等にはその自覚はなかった。
人を殺す。子供を殺す。おぞましく恐ろしいその行為も、自らを、国を守るためだと声高に叫んで背徳感から目を背ける。
自身に迫る死への恐怖は、人々の視野を狭め、"これしかないのだ"という言葉が呪詛のように、暗示のように己の思考に絡み付く。
「こんなヤツらの何がいいんだろうねぇ。まぁ、それでこそリオウ様だからね。あの方があの方である限り、あたしらはあの方が欲しくてたまらないんだろうけどさ」
「──戯言を吐き散らすだけならさっさと帰れ」
剣呑な声音に圓潮は軽く肩をすくめる。どうやらこの男、自分が不在にしている間にぬらりくらりと部屋に押し入られ、【宝】を盗み出されたのが相当頭に来ているらしい。描きかけの【次回作】を見ながら、圓潮はふんと鼻を鳴らす。
(これはなかなか、面白そうなことになりそうだねぇ)
くつくつと低く笑いながら、圓潮は闇の中へと姿を消した。