天狐の桜21
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キャップを目深に被り、ジャケットを羽織る男──前にリクオを撮影したスマホを持った男は、撮った写真を確認し、よし、とほくそ笑んでいた。
スマホの画面には【Upload(アップロード)】の文字が表示されている。一方、インターネットの掲示板では、男のあげた写真に次々とメッセージが飛んできていた。
■奴良リクオ 顔写真ゲット
■ついにキターーー
■浮世絵町マジだったか
■待ってろ今オレも向かってる
■誰かいる?オレも近くまで来た
■奴良リクオマジ殺す
"殺らなければ、この国が滅びる"
"この国を守るために、この少年を殺さなくては"
それはインターネットという匿名性のなかで生まれた、どこか非日常的な空間に酔う者たちの歪んだ愛国心であり、自衛心であり、恐ろしい集団心理であった。
噂がまことしやかに広まり、誰かが【殺さなくては】と声をあげれば、誰かはまた顔も知らない誰かを【殺せ】と焚き付ける。
堂々巡りで膨れ上がる負の感情は、人間たちを蝕み、やがてその狂気に拍車をかけていく。
「朔」
小走りに屋敷を目指していたリオウは、己の一部と言って憚らない側仕えを一瞥した。
「…リクオを護れ。此度は私の護衛よりそちらを最優先しろ」
「……御意」
僅かな沈黙に不満が見てとれる。それでも是と返事を返す懐刀に、リオウは満足げに微笑んだ。氷麗だけでは守りきれないかとしれない。とりあえず、これでリクオは安心だろう。───ひとまずは。
「すいません」
不意にかけられた声に、一行の足が止まった。見れば観光客なのか、地図を持った若い男が近づいてくる。
「藤ケ谷駅はどっちですか?」
何者だこの男。リオウと黒羽丸に警戒が走る。リクオはそんな二人を一瞥すると、仕方なしに男性に向き直った。
「あ…この大通りを真っ直ぐ行けば…」
「えっと…よくわからないな…?ちょっと地図で説明してもらえます?」
「え」
真っ直ぐなんだけどな、と訝しげに首を捻る。尚もぐいぐいと地図を押し付けてくる男に、リクオは眉根を寄せるも、仕方ないかと近づいた。此処が駅で、今はここにいて、なんて丁寧に地図を指して確認していく。
その時、リクオの背後で何者かが警棒を振りかざした。
ガッッ
「───随分なご挨拶だな。貴様」
振り下ろされた警棒は、リオウの足によって止められていた。高く上げられたすらりとした足が一閃したかと思えば、警棒は高く弾き飛ばされる。
警棒を振り下ろそうとした男は、舌打ちして道を聞いてきた男からナイフを受けとった。
「なっなんだコイツ…っ!?」
「よぉ美人さん?知らねーよーだけどよぉ、コイツバケモンなんだわ」
「ほう?それはそれは───無抵抗な相手を突然殺しにかかる輩の話など聞く耳持たぬがな」
麗人の黒曜石のような瞳がついと細められる。どこか神秘的だが艶を感じさせるそれにどきりとしたのも一瞬。一陣の疾風が駆け抜けたかと思えば、男二人は地に臥していた。
何が起きたかわからない。蹴られた?殴られたのか?いや、わからない。"全く"見えなかった。
「黒羽丸。よくやった」
麗人のとなりに控える青年が、恭しく頭を下げる。コイツにやられたのか?麗人といい、この青年といい、一体何者なのか。
まさか、"奴良リクオ"以外のこいつらも───!?
「氷麗、後ろだ」
「ハイッ!!手加減してあげるから感謝なさい貴方たち!!」
男たちの手足が、パキパキと音を立ててたちまち凍りつく。
「ヒ…ッヒィッ」
「こいつら…マジ化物だぁ!!」
「う、噂通りだ…!ヒィ…」
噂?とリクオは思案を巡らせる。コイツら、様子がおかしい。妖気を感じないが、人間か…?なぜ、人間が此方を襲ってくるんだ?ピンポイントに、自分を。
ハッと視線を巡らせれば、街路樹や建物の影に隠れ、様子を伺うものがいることに気づく。やっぱアイツ妖怪なんだ…とぶつぶつ呟き、スマホを構えたりナイフやエアガンをそっと構えるその連中。そのあまりの異様さに、リクオはさぁっと血の気が引くのを感じていた。
「な…なんだこいつら…」
「チッ逃げるぞ」
リオウは巨大な狐の姿に変化すると、リクオと氷麗を背にのせて駆け出した。人目を避けるため、咄嗟に脇道の裏路地に飛び込む。
元の姿へと戻った黒羽丸も、リオウを護るように追随する。と、その時、不意にライダー服に身を包んだ仮面の男が飛び出してきた。
「来たな!!人と妖の子め!!この時を25年待った!!大自然のヒーロー参☆上!!」
<黒羽丸。氷麗。道を開けさせろ>
「御意」
「は、ハイッ!」
くらえ!!ライダァア~なんて決め技を放とうとするのを、容赦なく凍らせ、錫杖で殴り飛ばす。
(それにしても…邪魔だな)
リオウは苛立たしげに低く唸った。現代の建物は、どうも高い建物が多い。咄嗟に脇道に突っ込んだが、庇や屋根が邪魔して飛び立てない。
瞬間移動できないこともないが、この混乱の原因くらいはあわよくば確認しておきたい。なぜ人がリクオを狙うのか。──何故正体がばれてしまったのか。
<リクオ。あの者たちに見覚えは?>
「いや…全然わからない。でも…僕のこと知ってた…"人と妖の子"って言ってた」
状況がわからない。兎に角早く本家に行かなくては。
「リオウ、飛べる!?空なら安全だと思うんだ」
「!そこから大通りに出られます!あのビルを突っ切れば近道です!」
<あぁ、わかった>
目の前には、通り沿いに建築途中のビルが聳え立っている。休工中なのか、辺りに人影はない。リオウの前足が天へと駆け上がりかけたその時。
辺りにドゥッドゥッと2発の鈍い銃声が轟いた。
<!>
一発の銃弾はリオウの前足を貫通し、もう一発はリクオの頭を捉えるも、咄嗟に身を低くしたリオウの機転によって空を切る。しかし、咄嗟のことに体勢を保てず、リクオと氷麗は翻筋斗打って転がってしまった。
「リオウ様ッ」
「っ…よい、朔。常人(ただびと)の攻撃は私には効かぬ。それよりも、すまぬ、平気か?二人とも」
リオウは人型へと変化すると、慌てて二人を抱き起こした。どうやら二人とも掠り傷程度らしい。
「ヒャア…ビンゴ♡」
「相棒…!やっぱりこのルートで来たねぇ…」
「だろう…?駅までの道ショートカットしようと思ったらここしかない。追い込まれた奴の考えなんて、手に取るように分かるんだよ」
──奴良リクオ。この國のためにお前を処刑する!!
「國の為だと?」
リオウははかり倦ねた様子でついと目を細めた。國のためときたか。だが、それがリクオが妖怪である事実とどう結び付くのか。──まさか、この一件…裏で手を引いているのは……
「<件>の予言だ。悪く思うな」
「件…?」
呆然と呟くリクオたちのもとに、ぞろぞろと武器を手にした男たちが集まってきた。皆殺意のこもった目で四人を取り囲む。
「追い付いた~」
「まだ死んでねーの」
「じゃ、俺殺るけど」
「っ…」
リクオはリオウを背に庇う。リオウは人間に手をあげることは出来ない。黒羽丸がいるとはいえ、相手はこの人数。
何より、自分を殺しにかかっているとはいえ、彼が心から愛している"人間"を憎んでほしくはない。
「リクオ…」
「大丈夫。傍を離れないで、リオウ」
「あーあ、焦れったいのね」
建設現場の鉄骨の上から、その様子を見下ろす者が居た。眼鏡をかけ髪を後ろでまとめた、妙齢の女。毛皮のついたコートのような衣服に身を包んだその女は、ムシャムシャと肉を貪りながら、つまらなそうに息をついた。
「もぅ、この國の男ってダメな男ばっかり。あんたは少しは骨があるかしらね…?奴良リクオ君…」
人から襲われる気分はどうだろう。自分が守ろうとしていた存在から殺意を向けられる気分は。あぁ、早く覚醒してくれないだろうか。
喰いたい。喰いたい。腹が減って仕方がない。人間の肉も悪くはないが、妖怪に覚醒した彼の肉はどんな味がするのだろう。
──それに……
「アァ…リオウ様♡なんて美しくて、清らかで──ぐちゃっぐちゃに犯して啼かしてやりたいお顔♡」
血が求めている。この身に流れる山ン本の血が。かの麗人を凌辱してその体を手に入れろと。<魔王・山ン本五郎左衛門>は奴良組を潰し、リオウを求める妖怪。──ならば、その一部たる己にその特性があるのは道理。
「その腹の奥までかき回してあげたら、どんな顔で悦んで下さるのかしらぁ♡あの美しい顔を歪めて、あの甘い声で啼いて果てる様なんて、想像するだけでもうイケそう♡」
女はゾクゾクと背中をかけ上がる甘い痺れに、熱い吐息をつく。あの陶器のように滑べらかな雪肌を、欲望のままに触れて汚せたらどれだけ気持ちが良いことだろう。
「山ン本様の為、なーんていうけど、ちょっと位味見したって構わないわよね?」
女はそう言うと、かつての山ン本と同じ顔でニタリと嗤った。