天狐の桜21
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月が傾き、辺りが静まり返った深夜。黒羽丸は布団の中で、己の背に感じる温もりに、一人雑念を静めようと躍起になっていた。
そう、今、リオウと一緒に寝ている。
何を言っているのかわからないと思うが、同じ布団で、一緒に。
(…………………)
ダメだ。鼓動が煩くてまったく眠れやしない。
そもそも、ことの発端は今から数刻前………
『部屋が壊れたからお前達のところで寝たいのだが』
屋敷へと帰ってきたリオウは、部屋で寛ぐ三羽鴉を前にこてんと小首を傾げた。昼間の騒ぎで、リオウの部屋は現在修繕中につき使用不可。
誰かの部屋に渡り鳥をしよう、と思い立ち、一番最初に浮かんだのが黒羽丸だったらしい。
部屋の隅に布団を敷かせてくれればよい、と困ったように笑うリオウに、ささ美とトサカ丸はばっと視線を交わした。これは、もしや大チャンスでは???
((今こそこの長兄に男を見せ"させる"最大の好機…!))
この長兄、この数百年想い人であるリオウの一番近くにいて、お互いになくてはならない存在だとか豪語してる割に、一向に手を出さない。いい加減に既成事実のひとつでも作って嫁にとってしまえこのヘタレ、とは業を煮やした母の言である。
『『では俺/私は別室におりますので、こいつ(黒羽丸)とどうぞごゆっくり』』
『!?』
『?あぁ、すまぬな。わかった』
弟妹たちのまさかの言葉に驚愕したのは黒羽丸だ。まさかの二人きり。リオウはリオウで、きょとと目を丸くしつつも頷いている。
『……では、俺は寝ずの番を』
『?一緒に寝ないのか…?』
お前に負担をかけさせるつもりで来たのではない、とリオウは悲しげに柳眉を下げた。これには黒羽丸も言葉につまる。そんな顔をさせたかったわけではない。
『………御心のままに……』
腹を括ろう。となりで寝るのがなんだ。同じ布団ではないのだから、そう、布団に入りつつ寝ずの番でもするようなもんだろう。姿勢が変わっただけ。きっとそうだ。
だが、生まれたときからの付き合いの弟妹たち。彼らはこの長兄の無表情下の葛藤も思考も全部読んでいるもので。
『…ほう、夫婦布団とは』
『~~~ッッ!!??///』
いざ眠りにつこうと部屋を開ければ、そこにはいつもの布団がなく、代わりに夫婦布団が敷かれていた。
『ふふっ誰かと一つの布団で寝るのは久方ぶりだな。昔はお祖父様や、それこそリクオなんかは一緒に寝たものだが…』
リオウは懐かしそうに目を細める。他人の温もりを感じられるのが好きで、昔は請われるままに祖父やリクオと共に寝ていた。
あの頃は私やリクオの体が小さかったから、普通の布団でも十分だったが、そうか。夫婦布団か。
『朔。…おいで』
リオウは迷いなく布団に入ると、ぺろっと掛け布団を持ち上げて手招いた。漸くショートした思考回路が回りだした黒羽丸は、その光景にあたふたと視線を彷徨わせる。
どうする。いや、リオウが望むのだから共に寝るのは決定事項だ。それは覆らない。しかしいいのだろうか。───兎に角眠れる気がしない。
暫し無言で固まる黒羽丸に、リオウはおずおずと布団を鼻先まで引っ張りあげ、ばつが悪そうに目をそらした。
『…すまぬ。ちとはしゃぎすぎたな。私としたことが…//』
恥じらうように耳が垂れ、しゅるりと尻尾が顔を隠す。違う意味で恥じらわれているように見えて、黒羽丸は思わず傍にあった水差しの水を飲み干した。
リオウが愛らしく魅力的なのは周知の事実。何を今さら。雑念を持つ自分が悪いのだ。修行が足りない。明日朝一で滝にでも打たれに行こう。
『──失礼致しました』
そっと布団にはいれば、力なく垂れていた耳がぴょこっと立ち上がる。嬉しそうにへらりと笑う顔は妙に幼げで、大変可愛らしい。
流石に向かい合って眠るのは、理性も心臓も持たないとリオウに背を向ける形で眠りにつく。……ように努力をして、現在に至る。
「…朔……」
背後からか細く己を呼ぶ声が聞こえ、黒羽丸は身を固くした。リオウは控えめに黒羽丸の背に寄り添うと、その広い背中に顔を埋める。
「嫌な予感がするのだ。何か、とても不穏な」
「………」
黒羽丸は無言を返した。数多の怪談が広まり、百物語組の勢力は増している。その上、百物語組幹部たち──かつて山ン本であったモノは、未だ奴良組との交戦経験も少なく、その能力は未知数で。
「朔…何かあっても…必ず見つけてくれるな?」
私を、と、絶えいるような吐息にのせて、リオウは呟いた。先見の明のあるリオウには、100手先の未来を読むことなど造作もない。自分には、彼に今どのような未来が見えているのか、考えも及ばない。
確信を持って言えるのは、ただひとつ。
「はい。必ず」
その言葉に安堵した様子で、リオウの繊手から力が抜ける。やがて穏やかな寝息が聞こえてくるのを感じて、黒羽丸はほっと息をついた。
(──俺は、何があろうと、貴方様と共に)
翌朝、目覚めて超至近距離にある絶世の美貌に、思わず声無く絶叫する黒羽丸がいたりするのだが、それはまた別の話。