天狐の桜21
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浮世絵中学では、ある少女をめぐって教室に人だかりができていた。先日行方が分からなくなっていて、本日ようやく登校してきた鳥居である。女子も男子もこぞって鳥居の周りを取り囲み、心配そうに覗きこむ。
「鳥居さん…もう大丈夫!?」
「ねぇねぇ本当に地下鉄に閉じ込められてたの!?」
「妖怪見たの!?どんなだった!?」
矢継ぎ早に繰り出される質問に、鳥居はブンブンと手を振った。
「うぅん!?風邪よ風邪!休んで心配かけてごめんね!」
「なんだぁ…噂じゃ怪談に巻き込まれたって聞いたのにー」
「ハイハイ。そんなのあるわけないでしょー」
鳥居の傍らにいた巻は、さっさと散れとばかりにシッシッと追い払った。ぐいぐいと背を押し、無理矢理押し出す。まったく、朝から放課後まで野次馬が絶えない。デリカシーってもんはないんだろうか。
押し出された生徒たちで溢れる廊下からは、なんだぁと拍子抜けしたような声が聞こえる一方、でもホッとした、なんて声も聞こえてくる。どうやら好奇心もあれど、心配していたことは本心らしい。
やれやれと息をついた巻は、くるりと親友を振り返った。
「鳥居…どうした?嘘ついたりして…あんなひどい目にあったのに」
「だって、皆が不安になるでしょ?怪談が本当にあるってわかったら…パニックになっちゃうよ」
巻は思わず泣いた。なんだこの健気な良い子。巨乳圧迫祭りじゃーー!と意味不明なことを叫びながら胸を押し付ける。ぎゅうぎゅう抱き締められ、窒息する!!とばかりに鳥居も悲鳴をあげた。
その様子を見守っていた氷麗は、鳥居さんも戻られて良かったですねー、と頬を綻ばせた。彼女はリクオの学友であり、リオウのお気に入りだ。
リオウは今回彼女らが巻き込まれてしまったことに、酷く心を痛めていた。生きながらにして妖にされるなんて、なんて痛ましい。悲痛な面持ちでその苦しみを想う姿に、百物語組への怒りがより強くなったのは言うまでもない。
氷麗の言葉にそうだね、と笑顔を返しながら、リクオは思案を巡らせた。百物語組の悲願はリオウを手にいれ、奴良組を潰すこと。
話を聞くに、山ン本は相当リオウに執着しているらしく、山ン本から分離した幹部たちにもその特性が引き継がれているという。…となると。
(…もっとリオウに護衛をつけた方がいいか。あまり出歩かないように、というのは可哀想だし…僕の側に居てくれるなら安心なんだけど)
如何せん自分には学校がある。常に一緒にいられるわけではない。…いや、まぁついてきてと言えば喜んで学校までついてきてくれるだろう。
なんなら隠形して、常にべったり傍にいてくれるだろう。学校はリオウにとって未知の空間で、知らないものがたくさんある。一番怖いのが、興味津々で色んなものに手を出しそうなところか。
(浮世絵中の七不思議に、新しく入れられたりなんかしたら…うん。やっぱりダメだ)
巷で話題の天狐が七不思議なんかになってみろ。清継は勿論、彼を探し追い求める者たちで大騒ぎになるし、かえってリオウの行動できる範囲が狭くなってしまう。
(最近学校まで迎えに来てくれるけど、あれも…いや、それはいいか。行きは黒羽丸がいるし、帰りは僕もいるもんな。じゃあ、他は…)
「やーやー皆元気かな!!今日もたっくさん届いてるよー!"怪談"の話!!」
けたたましく扉が開き、清継が意気揚々と現れた。今日はこれの調査しない?と"怪談・件"と書かれた画面を皆に押し付ける。
「清継ぅぅう!!お前ホンット空気読めよな!!」
「え?何?どーしたの?あ、鳥居さん元気になった?よかった」
「テメーなぁ!!」
清継は、バカだな巻くん、と目をすがめる。危険を回避するためには此方から調べなくては。最近語られる回数が多い<怪談>が<現実>になっていってる気がする。
「だから皆で"主"と"天狐様"の話題をしようじゃないか!!出てくるかも…!!」
「と…とりあえず今回は活動は休んだ方が良いんじゃ!?」
「き、清継君、ナイスアイディア!!」
止めるリクオも何のその。目を輝かせたカナは、食いぎみに賛成と手をあげた。最近あの狐さんに会えていない。少しでも会える可能性があるのなら、それに賭けたい。
清継も、カナの返事にうんうんと満足そうに首肯く。ついで、キッとリクオを睨み付けた。まったく、いつもそうやって止めるのだから。
「奴良君!!君はいつもそうやって!!止めても無駄だぞこの想いは!!」
(だから困ってるんだよなぁ………)
リクオは乾いた笑いを浮かべて机に突っ伏した。
放課後、リクオと氷麗は屋上へと続く扉を開けた。そこには最愛の天狐が、人型の姿で同じく人型の黒羽丸と寄り添い合うようにたっている。
「!リクオ、氷麗。もう学校は終いか?」
「リオウ様っ!」
リオウは花のような笑顔を浮かべて、氷麗を抱き止める。よしよしとその髪を撫でると、ついとリクオに視線を投げる。
「その様子では、どうやら鳥居という女人は無事のようだな」
「うん。本人もそこまで気にしてないみたい」
リクオは手を伸ばし、リオウの頬を撫でた。雪のように白く、陶器のような滑らかな肌。すり、と気紛れに小さくすり寄るリオウは、甘えるように目を細める。
「しかし、人の子の間で怪談が広がってしまっているようだな」
あの時と同じ、と呟き、リオウは口をつぐむ。やはり怪談はどんどん広がっている。かつてと同じ、噂が妖を生み、生まれた妖がまた噂を呼ぶ状態……
「そうやって仲間を増やし勢力を拡大する…それが百物語の戦い方か」
「そうだ。一つ一つ倒したところでそんなものは瑣末事よ。妖を産み出す中心となっている奴等を探し、倒さねば…まるで意味はない」
四国の玉章、京の羽衣狐の背後にも奴等の影があった。また何かを仕掛けてくるかもしれないが、これ以上奴等の好き勝手にはさせられない。
リクオはふっと視線を巡らせた。無言のそれに応えるように、黒田坊が虚空からゆらりと姿を現した。
「だから黒。百物語組中心メンバーの捜索を始めよう。僕のサポートをしてくれ!」
「そのお役目、拙僧が担って良いのですか…?拙僧かつては敵の身。…しかも二代目襲撃には、その百物語組が関わっているんですよ」
「でも今は、二代目(父さん)と…そして僕と盃交わした奴良組の一員だろ?」
黒田坊の目が見開かれる。リクオの言葉には、表情には一切の迷いがない。
「黒…言ったよね。過去はどうあれ、関係ない。二代目(父さん)が信じたように、僕も黒を信じてる…それでいいじゃないか」
リオウが見つけて、鯉伴が繋いだ縁が、今度は自分に繋がった。黒田坊を信じているのは、己と過ごした時間が彼が悪い奴ではないと物語っているから。
「ふふっ黒、観念するんだな。私に見つかり、父上と刃を共にしたその時より、お前は奴良組(私達)から逃げられぬぞ」
そう言って微笑むリオウは、初めて出会ったあの時と同じ顔で。
思わずその手をとろうと体が動いていた。しかし、その白魚のような手に触れるより早く、己の手に焼けるような痛みが走る。
「リオウ様……あでっ!?」
「──黒田坊。何故そこでリオウ様の御手に触れる必要があるのか説明を求める」
ギギギと顔をあげれば、無表情で背後に般若を背負った黒羽丸がリオウの手をとり、一方でリオウの扇子を持って守るように立っている。このやろう、今思いっきり扇子で引っ叩きやがったな。
「朔。何もそのように…」
「失礼致しました。しかし御身を護るのが俺の責務。どうかお許しを」
呆れたように目を眇めるリオウに、黒羽丸は悪びれた様子もない。リクオはまぁまぁと宥めると、ぱんっと手を叩いた。
「よし!じゃあいこう!」
「改めて頼むぞ、黒田坊」
「ハッ!」
晴れやかに笑う二人の大将に、黒田坊は恭しく頭を下げた。