天狐の桜21
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長閑な昼下がり。奴良組の屋敷の一角…リオウの部屋では、怒声が飛び交っていた。
「貴方が妙な勘違いを起こすから!」
「お前が変な声出すのが悪いんだろうが!!お父さんはお前をそんなふしだらな子に育てた覚えはありません!!」
「何がふしだらだこの助平親父!!私は普通だ!!それを勝手に淫らと判断して大騒ぎしてるんだから、どう考えたって悪いのは貴方だろう父上!!」
言われもない誹謗にリオウは眦を吊り上げる。だが、鯉伴とて引かない。何が助平親父だこの野郎。もとはといえばお前が悪いんだろうが。
騒ぎを聞き付けてやって来た妖怪たちも、二人の剣幕になんだなんだと物陰から顔を出す。
(………何してるんだ?あの二人)
(リオウ様が怒鳴ってる…)
(珍しいな…)
(よっぽど何かあったんじゃないか?)
ぞろぞろと集まってきた妖怪たちを横目に、ぬらりひょんも深々とため息をついた。
「いーかげんにしろ、てめーら」
「「悪いのはリオウ/父上だ!」」
・・・・・・。
びしっと互いに指を突きつける。全員の時が止まり、ぬらりひょんはひくりと頬をひきつらせた。いい年こいて何やってんだこいつら。
400年は生きているのに、やっていることはまるで子供の喧嘩である。リオウはむすっと膨れっ面で、扇子を鳴らした。
「朔!朔はいるか!?」
「はっ」
「あっずりーぞお前ぇ!!」
勝手に味方増やしやがって!と吠える鯉伴に、リオウはフンと鼻を鳴らす。自信たっぷりのどや顔が、憎たらしいほど可愛らしい。
すかさずすっ飛んできて、リオウの傍に膝をつく黒羽丸。リオウはその武骨な手を両手で掬いあげると、ぎゅっと握りしめた。上目遣いにその顔を見上げ、こてっと小首を傾げる。
「朔!お前は私の味方よな?どう考えても悪いのは父上であろう?」
「は…?」
「こりゃリオウ…状況を説明せんでは判断のしようが無かろうて」
ぬらりひょんは、宥めるようによしよしと頭を撫でながら、そっとリオウの肩を抱いた。憤懣やるかたなしとばかりに鼻を鳴らすリオウは、朔ならきっと通じる、と唇を尖らせた。
そもそもこんな騒ぎになったのは、半刻程前…
『はーまったく、肩が凝って仕方がないわい。年かの?』
『ふふ、お祖父様…そのお若いお姿で何を仰有る。あぁ、ならば私が肩をもんで差し上げようか』
『ほう?お前がか』
『こう見えて、黒羽丸のやり方を覚えているのでな。上手いと思うぞ?』
朔が時々してくれるんだ、とリオウはキラキラ目を輝かせた。どうやら覚えたことを実践してみたいらしい。成る程、黒羽丸や首無は遠慮するだろうし、犬神に至ってはまだ若い。
やってみたくともなかなか機会がなかったのだろう。事実、それなら頼むとやらせてみたところ、これがなかなか上手かった。
問題は、その後で。
『いやぁだいぶ楽になったわい。お返しに今度はワシがやってやろうか』
『お祖父様が?むぅ、しかし…』
『なんじゃ、嫌なのか?』
『嫌というわけでは…ただ、朔が…黒羽丸が、自分以外にやらせるなと言っていたのでな…』
黒羽丸は、不必要に仕事に私情を挟む男ではない。そんな男が、俺以外にやらせるな、と言うのだから、何かあるに違いない。
そう思い、渋るリオウを説得して、やってみたのだが───
『ひっ!?♡ぁ、そこ…っ♡っ、ん♡っく』
『ここか?こら、逃げるな。…気持ちいいんじゃろ?』
『っはぁ、っ♡気持ちい…♡』
逃げるように腰が浮き、背中が反る。擽ったがりな節があるとは思っていたが、成る程これは黒羽丸が他の輩にやらせないわけだ。
ぺたりと耳が垂れ、ふるふると尻尾が揺れている。無意識に逃げようとするのを押さえ込み、指先に力を込めれば、さらに甘い声をあげる。扇情的で大変可愛らしい姿。
いや、まぁ、極々健全に肩をもんでいるだけなんだが。どこからどう聞いても、あんなことやこんなことをしているようにしか聞こえないわけで。
『俺のリオウとナニしてやがる!!』
完全に勘違いした鯉伴が部屋に飛び込んできて大騒ぎした為、現在に至るのである。
まぁ、あんな声を聞かされれば、勘違いするのは仕方のないことなのだが。だが、リオウは己の声がどんな印象を与えているかは全くの無知。
祖父と互いに肩もみしあって戯れていたら、突然父が怒鳴りこんできて、挙げ句理不尽にキレられたのだ。怒り心頭なのも分からなくもない。
「はーーー……まぁいい。あれだ。俺の早とちりも悪かったけどよ、紛らわしい会話してるリオウと親父も悪いだろ」
「紛らわしいだと?どこがだ!!」
(((全部だッッ)))
話を聞いていた全員が、心のなかで突っ込んだ。黒羽丸も、顔に出さずも気持ちは分からなくもないと僅かに視線を泳がせる。
「朔っお前も私が悪いというのか…?」
「いいえ。リオウ様が気にやまれることは何もないかと」
「黒羽丸…💢テメェ覚えとけよ…」
うるっと瞳を潤ませるリオウに、黒羽丸は間髪いれずに真顔で答える。この男、どんな状況であろうと、あくまでリオウの味方をやめる気はないらしい。
「ふんっまぁよい。そんなことより、父上。───私の部屋をこのようにめちゃくちゃにしてくれたのだから、当然元通り直してくれるのだろうな?」
「────あ。」
襖は破け、障子や戸板は折れてひしゃげている。調度品には鯉伴が突っ込んできた時に舞った木片やらが飛び散り、その後も喧嘩をしていたために、部屋のなかは大惨事であった。
「犬神。俺ァちっと行かなきゃなんねーから、あと頼むわ」
「はぁぁああ!?冗談じゃねーぜよ!!逃げんのか!?」
「馬鹿だな犬神、仕事だ仕事」
「嘘だー!絶対嘘だ!」
ぎゃんぎゃん吠える犬神を尻目に、鯉伴はしれっと虚空に姿を消した。
「いいか。あれが、駄目な大人の見本だ」
呆れたように息をつき、扇子で掌を打つリオウの目は死んでいる。成る程400年をこの父に振り回されて生きてきた苦労が窺える。
「それはそれとして、片付けは頑張ってもらわねばなぁ…」
「はぁ!?これを俺一人で!?うぅぅリオウ様の…超絶美人!最強!天才!うわぁあん、欠点が無いぜよぉぉ!」
「落ち着け犬神」
リオウはよーしよしと犬神を抱き締めて頭を撫でる。式にやらせるから安心しろ、とふわりと微笑んで式紙を投げると、白い小さな狐たちがせっせと部屋を片付けていく。
「うぅ…リオウ様ぁ…」
「はいはい。ほら、お前たちも戻れ。野次馬するなら片付けを手伝ってもらうぞ」
「「!!!!」」
ぴゃっと蜘蛛の子を散らすように逃げていく妖怪たち。まったく、と息をついたリオウは、茶の準備をしろと犬神と黒羽丸に言付ける。
側仕えたちを見送ったリオウは、ついとぬらりひょんを振り返った。
「お祖父様」
「あん?」
「また、さっきの…」
無意識なのか、此方の羽織の袖をちんまりと握り、そわそわと尻尾を揺らす。視線が落ち着きなく彷徨い、耳がぴょこぴょこ動いている辺り、どうやら珍しく緊張しているらしい。
「──肩もみが気に入ったか?勿論いつでもやってやるぞ」
「!本当か…?ふふっお祖父様にして頂いたら、本当に楽になったゆえ…あぁ、勿論私もお祖父様にして差し上げるからな。約束だ♪」
「おう。楽しみにしとるぞ」
耳を擽り、遠慮なく頭をわしわしと撫でれば、リオウははにかんだ笑顔を浮かべてされるがままになっている。今は甘えたい気分なのだろう。あぁ、ワシのリオウがとんでもなく可愛い。
「この調子なら、当分はこの部屋は使えそうにないのぅ。今宵はワシの部屋で寝るか?」
「ん…いや、今日は朔と寝るからよい」
今決めた♡と悪戯っ子のように笑って小走りに駆けていく。ふわりと腕をすり抜けていくのは、まるで花々を移ろう蝶のよう。
(甘えるのも段々上手になってきたな…)
駆けていく背中を見やり、なかなかいい兆しだな、とぬらりひょんは一人頬を緩めた。