天狐の桜20
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長い話を終え、部屋に沈黙が満ちる。すっと徳利を持ち上げ、リクオの盃に酒をついだリオウは、大して面白くもない話だったろうと苦笑した。
「これが、かつて奴良組と百物語組の間に起こった事の顛末だ。何か質問は?」
「…そうだな」
リクオは暫し逡巡した様子で盃を揺らしていたが、やがてそれをことりと置いた。ついでまっすぐにリオウの紅水晶の瞳を見据える。
「リオウにとって、黒羽丸って何なんだ?」
拐かされ、乱暴されかけ、挙げ句に負の感情を素直に出すことすら許されなくなった。その上、散々心を砕いて寄り添った両親の離別。信頼する者の失踪。
その時のリオウの心境を思うと、本当に地獄だ。そんな中出会ったかの鴉天狗は、リオウにとってどのように映ったのか。
リクオの問いに、リオウはついと庭の桜に視線を投げた。思い出を懐かしむように目を細め、静かに語り出す。
「──あの頃の私は、本当の笑顔なぞ忘れてしまっていた」
大切なものは皆離れていってしまうのに、それに手をのばすこともできず。あるはずもない"絶対"を求めてしまうほど、己は寂しかったのだ。
そんなときだ。彼が、この屋敷を訪れたのは。
「朔が…黒羽丸がいなければ、今の私はない。」
盲目なまでに、脇目も振らずただ此方を思い、傍にいて、リオウのためだけに存在すると豪語する青年。
「あれは私に永遠を誓った。決して離れず、死してなお私の傍に侍ると。今でこそ私の側仕えだが、当時私の世話役の首無や毛娼妓は父上の側近でな。私の側近というものはいなかった」
外に出られぬのだから、側近など必要もなかったのだろう。故に、己はいつも一人。部屋で琴を弾き、琵琶を奏で、時折訪れる妖怪達から外の世界の話を聞きながら過ごす。
それはとても穏やかで、優しく、酷く寂しい時間で。
『俺は──朔は、何時いかなるときも貴方様と共に』
どんなに小さな声だとしても、その名を呼べば飛んでくる。自他ともに認めるリオウのためだけの存在。
「朔は私の一部と言っても過言ではないのやもしれぬ。あれが来てから、私は実に幸福に恵まれた」
氷麗が来て、猩影が、リクオが生まれて……玉章に出会い、犬神を助け、こんなにも愛しくて堪らない者達と出会うことができたのだ。これ以上の幸福がどこにあるだろう。
「故に、私と朔は離れられぬ。これは未来永劫変わることはないであろう。──リクオ。私の大将。お前はこんな私をどう思う?」
弱いと否定するか。己以外認めぬと憤るか。いや、それよりも…未遂とはいえ山ン本に触れられたこの身体を忌み嫌うかもしれない。
優しく微笑みながらも、どこか怯えたように不安げに瞳が揺れる。ついと視線が反らされそうになったとき、リクオはしっかとその白魚のような手を取って握りしめた。
「俺は今のリオウが…お前自身が好きなんだ。黒羽丸がリオウの一部だろうが、そんなもの気にするわけねぇだろう。そんなお前をまるごと愛する自信がある」
以前は、己以外を見るのが嫌だった。自分だけを見てほしいと、子供らしい独占欲を抱いていた。しかし、リオウは天狐なのだ。万物を愛する慈愛の神。その寵愛を己だけのものにと思う方が愚かというもの。
リオウの身も心も護りたいし、共に闘いたい。京都での一件から、その想いはさらに強くなった。自分にはまだまだ足りないものがある。それをリオウの隣で、リオウと一緒に見つけていきたい。
「俺はお前に惚れたんだ。お前の喜びも、悲しみも、怒りも、楽しみも、そのすべてに寄り添いたい。俺の率いる組の行く末を、俺の隣で見守ってほしいと約束しただろ」
指先に唇を寄せる。リオウは暫しの沈黙の後、己の手をとるリクオの指をきゅっと握り、ふわりと愛しくてたまらぬとばかりに慈愛に満ちた微笑みを浮かべた。
「……誰も私を傍に置いてはくれなかった。隣で同じ景色を見ようとしてくれたものは、ただの一人も」
いつもいつも父と祖父の背中を見ていた。彼等の後ろに連なり、血気盛んに出入りへと向かう百鬼を。誰も隣に立たせてはくれず、誰も此方の孤独を図ろうとしない。もうそれで良いのだと諦めていた。それが己に望まれたことであり、当たり前なのだと。
だが、この若い大将は違った。
『俺は、嫁さんと同じ景色を見ていたい。だから、俺は兄貴の見ている世界も見たいし、兄貴に俺の見ている世界を見てほしい』
『リオウ。俺は絶対にお前を置いていったりしない。生涯かけて、お前の傍にいると誓う。お前はもう守らなくて良い。けど、その代わり…お前の"想い"と"力"。俺に貸してくれねぇか』
その言葉の、なんと嬉しかったことか。
「嗚呼、リクオ…私の大将。私は、お前を400年待ち続けたのやもしれぬな」
「リオウ…」
「おい…💢」
地を這うような声音に、三代目の大将と副総大将は揃って声の主を振り返る。見れば、頬をひきつらせ、額に青筋をたてた鯉伴がジト目で此方を見つめていた。
「惚気も口説きも腹一杯なんだが。つーかリクオ!リオウは誰にもやらねぇって言ってんだろーが。何ちゃっかり手ぇ握ってんだ💢」
「うるせぇな…空気読めよ親父」
「あん?💢」
「そうだぞ、父上。口説き云々は知らぬが、これは惚気ではない。純然たる事実だ」
さいですか………
さしもの鯉伴もリオウの言葉に撃沈した。そんなまっすぐな瞳で言われてしまえば、返す言葉もない。…の、だが、やはり目の前で自分そっちのけでイチャイチャされては面白くない。
「俺も構え♡リオウ♡」
「うわっ!?」
「親父…💢邪魔してんじゃねぇ💢」
騒がしい三人を包むように、ひらひらと音もなく桜が舞い散る。しかしこの時、束の間の平穏に息をつく奴良組に、更なる災厄がヒタヒタと忍び寄っていた