天狐の桜20
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柔らかな陽の光がさし込み、澄んだ朝の空気が庭を包む。皆と共に広間に集まっていたリオウは、障子の向こうへついと視線を投げて目を細めた。
「嗚呼…ようやっと一段落したらしいな」
前に比べ、妖気の数も減っている。残党整理も上手くいっているらしい。乙女も、息子の言葉についと外を見やり、おっとりと小首をかしげた。
「もう朝日がさしたようですね…深川の方で何かあったのでしょうか?火の粉が此方まで」
「なに、じきに戻られるであろう。心配する事はない」
「あら、リオウは何か知ってるのね。もう…」
また内緒にして、と乙女はリオウの頬をつついた。リオウもクスクスと笑って、のらりくらりと明言を避ける。仲のいい母子に、雪麗ははーっと息をついた。
こいつら、此方がどれだけ二代目がフラフラしてるのに気を揉んでいるのかわかってるのか。誰のためだと思ってるんだ全く。
「リオウ!!乙女ちゃん!!あんたらは出ちゃダメよ!!わかった!?う~~~~あの子達何やってるのかしら~~。一ツ目~~狒々~~あの鯉伴(こ)を見てきてやってよ~~」
((えぇーーー……))
白羽の矢をたてられた狒々と一ツ目は、思わず目を眇めた。なんで俺が。ぶつくさ言いながらも、リオウには甘いこの二人。リオウのためならまぁいいかと、ふらふら門扉へ歩いていく。
出入りがあるとは聞いていない。除け者にしやがって、と憤然とする一ツ目に、狒々は若いものに任せようとカラカラ笑った。一ツ目は面白くなさそうに鼻を鳴らす。そうはいうが、初代はちゃっかり参加しているのはズルくないか?
朝靄の向こうから、ぞろぞろと人影が見えてくる。棚引く長い髪。その独特のシルエットにようやっと総大将が帰ってきたかと安堵したのも束の間、次の瞬間、一ツ目はどーんと雪麗に押し退けられた。
その横を、するりとすり抜ける影が二つ。乙女は鯉伴の前に小走りで駆け寄ると、ふわりと優しい笑みを浮かべて出迎えた。
「あなた、お帰りなさい」
「あぁ、ただいま」
にかっと晴れやかな顔で笑う愛しい人。ずっとずっと心配していた。この街の人たちのために、彼の護りたい者のためにずっと頑張っていたことはわかっている。
彼の強さも、彼の周りの者たちが強いことも。それでも、やはり心配なのは変わらなくて。じわりと視界が滲む。ああ、笑って迎えてあげたいと思っていたのに。
「ずっと、ずっと待ってたんですから…!」
乙女はひしっと鯉伴の胸に飛び込んだ。鯉伴も思わず目を見開く。どうやら心配をかけすぎてしまったらしい。周囲からは冷やかしの声が飛んでくる。
リオウは仲睦まじい両親を尻目に、羽織を手にぬらりひょんのもとへと駆け寄った。変装時の小姓姿のぬらりひょんは、可愛い可愛い出迎えに顔を綻ばせた。
「お祖父様。ご無事で何より」
「おう、リオウ」
返り血と塵や埃にまみれたひどい姿。此方を、と羽織を差し出すリオウに礼を言って受けとると、ぬらりひょんはその羽織をリオウの頭へかけた。きょと、と目を丸くするリオウへ、にんまりと笑う。
「ほら、こうすりゃ抱き締めても汚れんし、他の奴に見えないじゃろ。泣いても怒っても、お前の可愛い顔はワシしか見れんから安心せい」
勿論、見るなと言われればワシだって見ぬぞ、と笑うと、ぬらりひょんはリオウへと両腕を差し出した。素直になれと言われているのか。……嗚呼、本当に…
「………ズルいお方だ」
「そりゃあお前より大人じゃからな」
リオウは控えめに胸に寄りかかった。逞しい腕が華奢な肢体に回される。髪に、顔に口づけが落とされると、リオウの長い指がぬらりひょんの顎を擽った。
「お髭、剃ったら如何か」
「ほぅ?髭面の男は嫌か」
「……ちくちくして、痛い」
ちくちくして痛い………
なんだこの可愛い生物は。ちくちくて。リオウの形のいい唇から幼げな言葉が飛び出したかと思うと、余計に興奮するんだが。
というか、直接的に触れあう事への拒絶ではなく、髭が刺さって痛い、ということは、剃ればこうして触れあってもいいのだろうか。よし、剃ろう。
ひとしきりされるがままだったリオウは、そっとぬらりひょんの襟元を引くと、控えめに頬を擦り寄せた。
「…お祖父様」
「なんじゃ?」
「ふふっ呼んでみただけだ」
やはり呼び掛けて返してもらえるのは嬉しいな、とリオウは微笑んだ。傍にいて、言葉を交わせて、触れることができる距離にいる安心感。その全てが、改めてかけがえのないものだと実感する。
───ところで。
「…………」
突然訪れた幸福に、ぬらりひょんは思わず仰け反った。待ってくれ。リオウが可愛い。可愛すぎて思考が追い付かない。幸せすぎて死ぬかもしれない。
「むぅ…死なれては困る。お祖父様には長生きしてもらわねば」
「そうじゃの…絶対可愛いお前をおいては逝かぬと誓うから安心せい」
「ん。約束だぞ」
小指を絡めてはにかむリオウのなんと愛らしいことか。素直に甘えてくれるのはあれか、今回色々どん底まで経験した反動か。
「リオウ~~、親父だけじゃなくてオレんとこにも来ていいんだぞ~~」
「………」
鯉伴の呼びかけに、リオウは無言を返した。阿呆の如く構い倒した結果、素直に甘えなくなっているリオウが、鯉伴の言葉に聞こえないとばかりにしれっと無言を返すのはいつものこと。
が、今回は違った。
「───…」
リオウはぴと、と鯉伴の背にそっと寄り添った。実に控えめだが、いつも構い倒してはきゃんきゃん吠えるリオウが、自分から。
「お…かえりなさい、ませ…」
がっちがちに緊張しているのがまるわかりのリオウに、鯉伴は思わず額を押さえて天を仰いだ。なんだこの可愛い生き物。オレの息子だ。
「リオウーーー♡♡」
「っぅあ!?っばっ痛い!」
「あらあら♡」
がばりと抱き締め、髪に顔に首筋にとキスを落とす。甘えモードもどこへやら、一瞬にして元のつんけんした態度に戻ってしまったのか、きゃんきゃん吠えるリオウと、変わらず可愛い可愛いと愛でる鯉伴。乙女はそんな二人におっとりと微笑んだ。旦那と息子が今日も可愛い。
ここ数日、騒動が続いていた奴良組に、漸く幸福な日常が戻ってきていた。