天狐の桜20
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その頃、山ン本に吹き飛ばされて屋根にめり込んでいた鯉伴は、黒田坊の手によって引っ張り出されていた。礼を言っても鼻をならされる塩対応に、思わず頬がひきつったのはここだけの話。
「妖のお前が何故、そうまでして人と妖を…共に守ろうとするんだ…?やはり拙僧にはそれが解せぬ」
「黒田坊。オレぁよ…人間なんだ…半分な」
鯉伴は、なんだそんなことかと言わんばかりに、歌うように告げた。思わず片眉を上げる黒田坊に、鯉伴はその目をみてまっすぐに語る。
幼い頃からこの街で育ち、母が人間だった故に、人間の友達も随分いる。それで父親が闇の支配者…小さい妖や弱い神と共に暮らし、また世話になってきた。
今度は二代目を継いだ己が、そいつらを守る番だ。
『妾はのぅ、背の君。あの惨劇があったとて、人の子も妖も、その全てを真に憎む気になれぬのじゃ。其方らのお陰じゃの』
『人間も、妖も、神も…私は皆が等しく愛しい。ふふっ人も妖も、なんて欲張りになってしまうのは、父上と同じだな』
かの天狐の姫と同じ顔で笑う、可愛い可愛い己の宝。愛する者が大切にしているそれを、どうしても護り抜きたい。
「"人の半分"…妖も人も伴うのがオレだ。それを背負って生きるのが…オレの"運命(ち)"なんだ」
へらりと笑う鯉伴に、黒田坊は瞠目した。そんな決意があったとは。己は…どうする…?
「黒田坊。オレの百鬼夜行に加われよ、オレと盃酌み交わそうぜ」
──そして、オレはお前を鬼纏うぜ
鯉伴の体から、ぞわりと畏が広がる。はっと気がつけば、黒田坊は一人、暗い闇の広がる水面に揺蕩っていた。がばりと起き上がると、闇の奥に人影が見える。
縦縞の着流しに、ざんばらな黒髪。長い後ろ髪をうなじでひとつにまとめた青年。ここは何処だ。奴は一体…
「…誰だ、お前は…?」
「バカ言っちゃいけねぇよ。オレぁ奴良鯉伴さ」
「!?鯉伴だと!?さっきと姿が違っているぞ!?」
鯉伴は悠然と笑っている。その姿に、黒田坊は先程鯉伴が己は半妖なのだと言っていたことを思い出した。
水面に映るその姿は、先程まで見ていた妖怪の姿で。どういうことだろう。ここは鯉伴の心の中か何かなのか?
鯉伴はザブザブと先へ進んでいく。慌てて追いかければ、鯉伴は飄々と笑って振り返った。
「おい?ど、何処へ行く?」
「探すんだよ!オレたちに相応しい場所をさぁ…」
ここがいい。と鯉伴は笑いながら岸へ上がる。そこは10畳ほどの小島で、島の真ん中には立派な桜の木が花を咲かせ、枝に下げられた提灯がぼうっと光を放っている。
「ここで…景気よく盃を交わそうぜ」
ざあっと桜吹雪が舞い降り、実に幻想的な光景。息を飲むほど美しいそれに、黒田坊は思わず息をついた。
………ん?ちょっと待て。盃!?
「なっ何を言ってる?なんで拙僧が貴様と…」
「信じろ!!お前を鬼纏って…きっとヤツを倒してみせる!共に戦おうじゃねぇか」
「待て待て!!だから鬼纏うとは何なのだ!?」
この男、本当に話を聞かない。勝手に話を進められては、たまったものじゃない。
鯉伴は静かに笑うと、相も変わらず黒田坊をまっすぐに見つめながら、滔々と語る。
奴──今の山ン本は、一人では倒せない。<鬼纏>とは、己の人間の部分に妖をとりつかせることでより強くなる業だ。半妖の特権とも言えるこの技は、衣のように妖を着る。だから<鬼纏>。
──互いに信頼関係がないとできない技。
「わかったか?さぁ盃を交わそうぜ」
(いや、だからなんで!!)
あまりの強引さに、黒田坊は思わず頬をひきつらせた。本当にこいつはあの麗人の父親なのか?あの若君は、どちらかと言えばおっとりした印象だったのだが、その親父がこうも強引とは。
盃を交わすということは、こいつの百鬼夜行に加わるということ。何故仲間にならねばならぬのか。
『私と出会ったことは、どうか内密にな』
あの若君を思うと、何故だかちくりと胸が痛む。しかし、こいつの百鬼夜行に加わる義理はない。なんなんだこいつは。
だが、鯉伴もめげない。一目見たときから、オレぁお前のこと…"強え"って思ってたんだぜ、と鯉伴は不敵に微笑んだ。
「アイツも…リオウも、そう思ったからお前に興味を示したんだろう。オレらの見る目は間違っちゃいなかった…お前は子供を守る"強え"妖だった。だからどうしても仲間にしてぇんだ」
江戸を護りたい。思いは同じだ。それは他の妖怪たちもそう。大事な仲間(モン)のためには命を張れる。そういう連中だ。
<奴良組>は強がりではない、本当の強さを持った任侠集団。己の百鬼夜行をそう自負している。
「そこにお前を加えてぇ…!!黒田坊、改めてお願いする。オレぁこの江戸を守るために…お前を背負って闘いてぇんだ!!」
この盃を受けろ!山ン本を倒すために!!
「……守るために、刃を貸せと?」
「オレの言うことが嘘だったら…この首ハネても構わねぇ」
「……強引なやつめ」
幾千万の刃は、全て子供の願いが生んだもの。もしその言葉が真実と違えば、この刃でその首をハネさせてもらう。
「後悔はさせねぇ」
異境の淵で、二人の妖は盃を交わした。
山ン本と対峙していた鯉伴の畏が爆発的に上昇し、まるで燃え上がる炎のようにその身を包む。
「山ン本。てめぇが強くなってゆくんなら、オレたちでそれを超えてやらぁ!」
鯉伴の背からは数多の武器が放射状に突きだし、黒田坊の畏が鯉伴を包み込んでいる。恐ろしいまでの殺気と妖気。
「襲ねるぜ、黒」
───明鏡止水 百花繚乱
武器の先に炎が宿る。ついで疾風の如く飛び出した鯉伴は、魔王の小槌を振り翳す山ン本の右腕を瞬きのうちに切り落とした。
「これで終わりじゃねぇぞ!!」
千の刃が天降る!!───畏砲 流星天下
雨のように、数多の暗器が山ン本目掛けて降り注ぐ。聞くもおぞましい断末魔が辺りに響き、山ン本の巨体がどうと倒れる。最凶の妖──魔王・山ン本五郎左衛門。鯉伴は、ついにその巨体を地に縫い止めたのだった。