天狐の桜20
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山ン本"だったもの"は、腐り落ちる肉を振り撒きながら、ヨロヨロと歩き出した。落ちた肉は次々に妖の姿へと変わり、人・妖を問わず動くもの全てを喰らい尽くす。
「おい山ン本。お前…どうなっちまったんだい。自分等の仲間まで巻き込んでんじゃねーよ…」
鯉伴は眉根を寄せた。なんだ、この禍禍しい畏は…
【り…はん…この恨みィ…はらさでおくべきかぁ…】
地を這うような酷くおどろおどろしい声。ゆらゆらと山のような巨体を左右に揺らし、山ン本は屋敷の外へと歩き出す。鯉伴は思わずぎょっと目を剥いた。
「!?おい山ン本!!どこいくんだ?オレぁ此処だぜ!」
しかし、鯉伴に見向きもせず、山ン本はふらふらと歩き続ける。此方の声も既に聞こえてないのか。彼方は市街地。江戸の街が広がっているというのに。
このままでは被害が尋常でなく拡大してしまう。どうする。どうしたら────
「────おや、」
はた、と何かに気づいた様子のリオウは、流れるように立ち上がった。夥しい数の妖気が江戸の街に溢れている。……否、気配の数は多くとも、どれも同じ妖気。
「リオウ?」
「少しやることができた。私は部屋に下がる」
ひらひらと手を振って部屋へと戻る。リオウは文机に向かうと、白い料紙に何やら書き付け、そっと血を垂らした。
「些か脆いが…まぁ良い。なんとでもなる故な」
リオウが紙を投げると、ポンと軽い音を立てて紙が白い狐の姿に変わる。猫よりもやや小さいその狐を一撫ですると、リオウは短く"行け"と命じた。
式紙ならば、神気の消耗が少なく、かつ己がそこに行かずとも介入することができる。少々脆いのが玉に傷だが、その程度上手く操れば問題ない。
【何処、じゃ…何処に、いる…】
遠くから聞こえる禍禍しい声。どんな遠くの微かな声でも聞き届ける耳をもつ天狐は、ふっと視線をあげると、静かに目を伏せた。
【ワシの駒鳥…ワシのかわいい花…にがさぬ…にがさぬぞぉ……】
「私への無体は赦す。──だが、私の愛しい人の子達を巻き込むことは、さしもの私も目を瞑れぬ」
"籠で飼われる(駒鳥)"も"愛でられるだけ(花)"となるのも、御免被る。まして、己が踏み潰したモノに欠片の興味も情けも無い者になど。
そんな奴よりも、とリオウは思案を巡らせる。脳裏に浮かぶは、いつぞや傷つき、踞っていたかの黒衣の鬼。
「さて──ちと目覚めの手伝いをしてやろうか」
───私の愛する者達を助けておくれ
黒田坊は、目の前の惨劇に頭を抱えて踞っていた。酷く頭が痛む。嗚呼、嗚呼これはどうしたことか。
山ン本様が妖となって人を襲っている…!?そんな、これでは逆ではないか。拙僧は山ン本様のもと、世のため人のため戦っていたのではなかったのか…!?
【時として、"正義"はその者の目を曇らせる】
「!」
ハッと顔をあげれば、目の前に小さな一匹の白狐がいた。神々しくも美しい、その甘い美声は、いつぞや出会ったあの麗人のもので。
【悲しきかな、力あるものが弱者を捩じ伏せ、声高に叫んだモノ…それが"正義"よ。故に、この世には生きとし生ける者の数だけの"正義"が存在する】
──其方の"信念"とはなんぞや?
──何故、其方はこの世に生を受けた?
甘い声が頭に響く。頭が割れるように痛い。視界にかかった薄靄が、じわりじわりと晴れていく感覚。何故、何故だと?拙僧は、山ン本様に……
いや、違う。拙僧の、生まれた訳は………
視界の端で、人間の女が巨大なミミズのような妖に襲われている。助けなくてはと、そう思うのに意に反して体が動かない。 不味いと息を飲んだその時、鯉伴が疾風のごとくその妖を切り飛ばした。
「うぁ…あ、ありがと…ございます…」
「あ…あんたは…一体…」
「いいから家から出んじゃねぇ!!」
町人たちを庇いながら、鯉伴はばったばったと敵を切り捨てていく。奴良組の面々も、先頭を走る大将の姿に続いて飛び出していく。
「二代目…!」
「おい!!続け!!」
「大将を死なせんな!!」
「おぉぉぉーーー!!オレも行くぜ大将ーーーー!!」
「へッ…たくよぉ」
青田坊は抑えきれない闘争への興奮に、口の端を持ち上げた。大将が先頭きってんじゃねーよ。ついてくしか…ねーだろーが!!
「それにオレが特攻隊長だろーが!!えぇ!?くるるぁ二代目っーーー!!」
黒田坊は目の前の光景に、信じられないとばかりに首を振った。何故あの妖が人を助ける!?その役目は…拙僧は、一体何をしているのだ!?
【憐れな者よ】
白狐は静かな声で続けた。
【其方の罪は私が赦そう】
さぁ…その手を伸ばせ
其方が護るものの為に────
「たすけて!!くろたぼーーーー!!」
子供の悲鳴が、己を呼ぶ声が、脳裏に鋭く突き刺さる。考えるより早く、黒田坊は闇夜に身体を踊らせると、妖に襲われて泣き叫ぶ子供と妖怪の間に滑り込んだ。衣から飛び出した無数の暗器が妖を貫き、木端微塵に消し飛ばす。
この感覚。覚えている。そうだ、己は…この者達によって生まれた妖ではないか。子供達の…想いによって───
「お前たち。拙僧から離れるな…!!守ってやるからな!」
恐怖に怯える子供達に、黒田坊はそう言って妖から護るように背にかばう。長身で強く、武器を無限に持っていて、必ず助けに来てくれる───それはまさしく、子供達の希望によって生まれた妖怪<黒田坊>であった。