天狐の桜20
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ぞろぞろと屋敷の奥から飛び出してくる山ン本の妖怪たち。貴人たちは、これで勝てると拳を握った。やってしまえと興奮した様子で声を張り上げるが、目の前でばっさりと切り捨てられるそれらに、思わず顔が青ざめる。
「あ…あっさりやられた!?」
「ひぇ…逃げろーー!!」
腰を抜かして逃げ出す男達の体に、しゅるしゅると糸が巻き付き、自由を奪う。首無は、無様に転がった商人たちを足蹴にし、眉をひそめた。この目付き…百物語に狂った商人たちか。
「ん?どうだ?お前たちが利用した<妖怪>にいたぶられるのは」
山ン本はざぁっと血の気が引くのを感じていた。ワシの野望が…なんなんじゃこいつらは!?ここには<招かれた客>しか入れないはずなのに。
鯉伴は悠然と山ン本を見やった。静かに燃えるその瞳には、怒りと憎しみの色がひらめいている。
「オレぁ…どこでも入り込む妖怪だぜ。ま、ちょいとばかし今回は友人に助けてもらったがね」
「烏滸がましいぞ鯉伴!!ワシの囲碁友じゃろーが!」
鯉伴の言葉に、ぬらりひょんはくわっと噛みついた。光國は気にした様子もなく、カラカラと声高に笑う。
「ほっほっほ!そーじゃそーじゃ!そーやってのぅ!ワシの城にも忍び込み、無理矢理友人にされたんじゃ!」
「おいおい、水戸のじーさん…ヒッデぇぜ」
「お主にじーさん呼ばわりされとーないの」
軽口を叩いては顔を見合わせて笑い合う。全く緊張感のない爺達である。
山ン本の額を脂汗が流れる。何故だ。こんなはずでは。
「ぐぅぅ~~~……お前ら!!なんとかせんかい!!」
そうじゃ!!あれならどーーじゃ!!
山ン本の怒声が響いたかと思えば、途端に屋敷がギシギシと音をたてて歪み始めた。床がぐらぐらと揺れ、右へ左へと滑り落ちる。
「お、おい!外見ろ外!」
「げぇーーーッ!!で…でけぇ…!」
そこには屋敷よりも遥かに大きな一ツ目の巨人がいた。これぞ山ン本の産み出した妖怪<大櫓威の怪>という妖怪である。
その時、喧騒のなかに、チン…と刀を納める高い音が響いた。<大櫓威の怪>の額がずるりと落ち、その巨体がどうと音をたてて崩れ落ちる。鯉伴による目にもとまらぬ早業である。
「そ、ん…な…あっさり…」
まさか、まさかあの巨大な妖を一瞬で…!?辺りを見回すも、己が作り出した妖怪たちは皆、鯉伴の連れの妖怪たちによって完膚無きまでに叩きのめされている。
「ぐ、ウゥ~~~ウ~~~~~~」
目の前にいるのは百鬼夜行。息をつくのも容易でないほどの殺気と畏を纏ったそれに、山ン本は唸る他無かった。
「念仏でも唱えやがれ山ン本五郎左衛門。てめぇだけは斬らなきゃならねぇ…!!」
鯉伴の口上に、山ン本にも焦りが募る。どうしたらいいのだ。どうしたら。
「てめぇには…赦せねぇ理由が4つある。まずひとつ…」
「嫌じゃーーー!!こんなとこでは死ねぬ!!誰か其奴を追っ払え!!守れぇーーー!!誰かワシを逃がせーーー!!」
情けない叫び声をあげながら、山ン本は百鬼の茶釜とドクロの数珠を抱いて廊下の奥へと走り出した。奴良組の面々は、唖然とした様子であんぐりと口を開け、その背を見送る。鯉伴はやれやれと小さく息をついた。
「おいおい、もぅ幕引きにしてぇのに。主役の口上は聞くもんだぜ」
──まずひとつ。江戸の街を変えやがった。俺の好きな街を恐怖で満たし、つまんねぇとこにしやがった。
「お松!!お菊!!お通!!頼むワシを逃がしてくれ!!」
廊下へと出た山ン本は、騒ぎにおろおろと集まっていた女中たちをむんずとつかむと、自身の前へと引き出した。驚きに声もない女中たち。しかし、この山ン本には女中たちの命など、毛ほども興味はない。
「盾になって守れ!!ワシを!!死にとうない!!ワシを生かせーーーー!!」
鯉伴の目に更なる怒りが宿った。妖怪たちは、ガタガタ震える女中たちに憐れんだような視線を投げつつ、「お化けだぞー」なんて脅かしている。奴良組の面々は、無害な弱いものに手は出さない。やはり最大の害悪は、こいつか。
───二つ目。自分達の快楽のために、弱ぇもんを犠牲にした。
耳障りな悲鳴をあげ、山ン本はなおも逃げ惑う。足が縺れ、びだんっと強かに腹と顔を打つ。痛い。苦しい。辛い。このクソガキ。こいつさえ、こいつさえいなければ。
───三つ目。俺の最愛の"宝"に手をだし、挙げ句苦しめた。
鯉伴の声がしたかと思えば、はっと顔をあげた先にその青年はいて。おかしい。何故ここに。さっき女中たちで足止めした筈では……
「そして四つ目。面白半分に作られて、俺等に退治される妖も哀れな存在だ」
──背負うつもりもねぇ百鬼を、作んじゃねぇよ!!
鯉伴の手に握られた鈍い銀色が、山ン本めがけて振り下ろされた。しかし、寸でのところで現れた黒い影により、その刃は山ン本へ届かない。──黒田坊である。
「てめ…どけ!!」
「お、おぉ!!黒田坊!?お、遅いぞど阿呆ゥーー!!お前が殺し損ねたからこうなったんじゃ!!こ…殺せ…絶対に殺せーーーー!!」
殺せ殺せ。じゃないと自分が殺られてしまう。自分は戦う力などない。痛いのも怖いのも、死ぬのも嫌だ。
「ど…どうするーッ!!どうしよーッ!?このままじゃやられるーー!!」
山ン本の往生際の悪い高速回転する脳は、この状況から抜け出す手段の選択を弾き出す。
①逃げ続ける
②説得する
③泣いて謝る
④もう少し考えて突然いい考えが浮かぶのを待つ
⑤まだ本気だしてない
⑥今すぐ痩せる
⑦百物語を続ける
⑧釜を喰ってみる
⑨自決…美しく散る
「うぅううううどうしよう!!あと一つだったのに…百物語完成まで、あと一つだったのに…!!」
あと…一つ…!?そうか、その手があったか…!この場合、選択肢はただ一つ。
⑦百物語を続ける
百物語は残り一つだった。つまり、あと一つで新たな妖が生まれるのだ。生めばいいのだ。この状況をひっくり返せる妖を。
「あははははは!!黒田坊!!守りは頼んだぞーー!!」
「待ちやがれ!!」
鯉伴の声を背に、山ン本は座敷へと飛び込んだ。これで、ここから出られる。今に見ていろ。野望を打ち砕かんとやってきたあのガキどもを皆殺しにしてやる。
「妖を作るんじゃ!!ヒッヒッヒッヒッヒッヒッ!!どんな妖にしてくれようか!!」
狂気に満ちた笑い声をあげながら、山ン本は巨大な筆を手に取った。