天狐の桜20
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鈍色の雲が空を覆い、低く雷鳴が轟いている。すっかり閑散とした川辺で、ぬらりひょんと狒々は並んで釣糸を垂れていた。
「だいーぶ押されてやがんな…」
厳しい現状を鑑み、ぬらりひょんはぼそりと呟いた。リオウも倒れて数日がたつが、今朝、顔を見たときは起きる気配すら見せなかった。
恐らくリオウを襲った連中と、百物語を広めている輩には関係があるはず。──だが、噂とは人の数だけ広まるもの。その発信地は、人が多ければ多いほど、ぼやけて見えなくなってしまう。
「リオウの傍に付きっきりでいたいが、雪麗に追い出されちまったしのぅ…」
「まぁ、あの怯えようではな…人が多くても御姫に負担がかかるじゃろうし」
「だからワシが残って世話を」
「世話なら雪麗のがぷろじゃろ、ぷろ」
慣れてるのに任せるのが一番、なんて嘯きながら、狒々はひょいと釣糸をあげた。針には、手のひらほどの大きさの、目玉の無数についた妖怪魚が食いついている。
「よっ…ややっ、どうしたことか…えらい奇魚が釣れたわい。こんなとこまで妖にまみれんでもええのにのぅ。オラッ帰れ」
「全くじゃ。部下共がしらみつぶしに繰り出しとるが、全然追い付かん」
此度の相手は"怪談"だ。謂わば街全体が妖の産卵場所のようなもの。このままでは、怪談に土地神の畏も奪われかねない勢いだ。
「ったくどーらく息子の放蕩息子めが。何やっとんじゃ。こりゃ早々に怪談広めてる元栓しめねーと、相手が百万鬼夜行になっちまわぁ」
その時、堀池の穏やかな波間から、ひょっこりと黒い塊が顔を出した。ぬらりひょんは、思わずその顔にげんなりと呟く。
「………………………なにやっとんじゃい…鯉伴」
「よぉ親父。しーーーっあんまり目立つことやんないでくれよ」
頭の先まで堀川の水でびっちょびちょ…どころか、現在絶賛寒中水泳中な野郎が何をいっているのだろう。呆れて言葉もないぬらりひょんを尻目に、狒々はコラ、と声をかけた。
「皆が心配しとるぞ、鯉の坊」
「いやー敵を欺くにはまず味方からってな…河童に頼んで色々調べてたんだ。お陰で色んなことがわかったぜ。───リオウを拐かして乱暴した相手は、百物語を広めてる野郎で間違いねぇ」
「「!!!!」」
おまけに百物語が行われている会場がわかった。しかし、そこには<招かれた客>しか入れない。しかも、見たところ豪商や位の高い武士に限られている。
「成る程…そういう特殊な結界があると、ちと入るのは厄介だな…」
「だからほら…この前言ってたじゃねぇか。親父の茶飲み友達で…百物語に関連しているのがいるって」
ぬらりひょんはぎょっと目を剥いた。脳裏を過るのは、ホケホケと笑って全国津々浦々を旅して回っていたかの茶飲み友達のこと。あんな貴人、流石においそれと呼んでいいものか。
「あ、あいつか!?い、いやあいつを連れ出すのは…待て待て」
「いや!やってもらうぜ。入れればこっちのもんだ…そこで一気に奴等を潰す!」
山ン本屋敷────
「奈良屋様、淀屋様、銭屋様、高田屋様、越後屋様…」
女中が名簿を元に名を読み上げる。ぞろぞろと奥座敷へと入っていく男たち。一目見ただけで身なりがいいのがわかる。
2階の座敷の窓からそれを見下ろした山ン本は、ニタリと圧し殺せない笑みを浮かべた。
「くくくくく……ワシの招待した江戸の旗本や大名、豪商共が続々集まっとるわい」
柳田は言葉を返さず、ただ穏やかな表情で山ン本の傍に控えている。山ン本は気にした様子もなく、実に上機嫌に笑った。
今日の百物語が成功すれば、さらに野望へと近づく。これまで自分は金も力も求めるだけ全て手にいれてきた。
出来ればかの青年も、此度の客人どもに寵姫として見せびらかしてやりたかったが、仕方がない。まぁ、見つかるのも時間の問題だろう。
あと残るは何だ?神か仏…もう己自身がそれになるしかないだろう。世の中の畏が、自分の畏へと変わる。──神仏・悪鬼に集まる信心の心も、根こそぎ手にいれたい。
「あと少し…<百鬼の茶釜>に畏が満たされた時…ワシは生きながらに仏になるんじゃ。うくっくくくくくっくクッうケッ」
「水戸光國公様」
「!」
女中がその名を読み上げた時、山ン本は転がるように階段を駆け下りた。ドタドタと慌ただしく玄関へと向かうと、深々と頭を下げて一人の客人を出迎える。
「これはこれは!!初めていらしてくださいましたな…これまでずぅーっとお誘いしていた甲斐がありました!いや~いや、これほど光栄なことはございません!!」
「ん。前々から来たいとは思うとったが~今日は噂の…百物語!!楽しみにしとるぞい!ホッホッホッホッ」
すごい…副将軍までもか…と感嘆の声が聞こえてくる。山ン本は下げた頭の下で低く笑った。偉そうな爺め。しかし、ついに前の副将軍までもが、己の手のひらの上で踊ることになるのだ。