天狐の桜20
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夜の闇が江戸の街を包み込む。奴良組の妖怪たちは、皆絵姿を片手に血眼になってリオウの姿を探していた。
「リオウ様!!何処におられるのですか!?リオウ様!!」
「おい!黒髪で長髪の美人を見なかったか?年の頃は17、8で──」
「リオウ様!!!!返事をしてください!!!!」
時間だけが刻一刻と過ぎていく。リオウは鯉伴と違い、黙ってこんなに長い時間行方をくらましたりはしない。
「ワシがあん時お傍に控えていたら…ックソ!!!!」
「鴉天狗様…」
苛立ちも露に、鴉天狗は錫杖を握りしめた。爪が掌に食い込み、血が滲む。リオウに何かあれば、悔いても悔やみきれない。
首無は、手当たり次第に首を締め上げてはリオウはどこだと聞きまわり、小妖怪たちも天井裏から竈の中まで探して回る。
(リオウ様、本当に何処に行ってしまわれたのですか…っ)
その時、黒々とした闇色の堀の水面から、ちらりと白い塊が覗いたのが見えた。ぼろ布かと思い直すも、まさかと首無が近づくと、そこにいたのは力なく水面に漂う一匹の狐であった。
「リオウ様!!!!」
矢を受け、すっかり薄汚れた天狐。猫ほどの体躯のそれは、ぐったりと目を閉じたままピクリとも動かない。
首無は慌てて堀に飛び込み、その小さな狐を抱き上げた。早くこの事を二代目と総大将に!と鴉天狗が叫んでいる声がどこか遠くに聞こえる。
目の前が憎悪と怒りに赤く染まる。一体誰がこんなことを。この方をこんな目に遇わせるなんて。殺してやる。犯人も、護りきれなかった自分自身も、全てが許せない。
「首無。…お前、今すげぇ顔してるぞ」
「青…ふん、お前もな」
顔を見合わせた2匹の妖怪は、旋風のように屋敷に向かって駆けていった。
その頃、屋敷では鯉伴によって集められた貸元たちによって、緊急の総会が開かれていた。紫煙を燻らせ、此度の騒動を振り返った幹部たちは、皆一様に嘆息した。
「確かに…全く聞いたことのない妖どもだ」
「つまり、調査の結果…新しく生まれてきていると───二代目は仰有るか」
つまりふらふらとほっつき歩いていたのは、ただ遊んでたわけではないと。まーそういうことにしときましょ、なんて軽く肩をすくめた幹部たちは、互いに顔を見合わせる。
夜鷹を装い、人を食う"鬼夜鷹"。猛毒によって人を殺し、その死体に卵を産み付けることで増える"まんば百足"。──そして、何者かによって拐われたリオウ。
「ふーーー…しかし、人に害を与える奴らばかりときたもんだ。やーらしいねぇ。おーコワ」
「ワシらのシマで畏を得ているのは気に入らんのぅ。団体か?まさか御姫を拐かしたのもそいつらじゃないじゃろうな?」
一ツ目の飄々とした言葉に、狒々は紫煙を吐き出した。平時であれば、まだ問題はないかもしれない。しかし、聞けばあの時リオウは神気を使い、体調が優れない様子だったと。
今の江戸は、怪談話が流行りだした辺りから空気が穢れてきている。妖気が混ざり始めているのだ。妖にとってはこの上なく住みやすかろうが、穢れを厭う神にとっては辛かろう。
それもあって、体調を崩したのではないか。なんにせよ、状況は何ひとつ芳しくない。
「うーん、不味いな」
「どうしました?先代。何か心当たりでも?」
「いや…ここまで出かかっておるんじゃが…なんじゃったか…百…百…年かのぅ…」
いやな?とぬらりひょんは続けた。知り合いのとある貴人が心配していたのだ。バカ息子がアホな遊びにはまっていると。──そうだ、百物語だ。
ぬらりひょんの言葉に、木魚達磨は聞いたことがあると頷いた。好事家の集まりで、怪談を語り合う人間の遊びとか。
「百の話を語り終えると本当に妖怪が出るという趣旨のようですな」
「どれも新作怪談じゃ…何か関係がないかのぅ?」
座敷の中に暫しの沈黙が満ちる。仮に、それが本当に原因なのだとしたら、一体誰が……?
その時、俄に部屋の外がバタバタと慌ただしくなった。ギャアギャアワァワァと怒声が飛び交い、悲鳴が響く。何事かと妖怪たちが腰を浮かすと、リオウ捜索に外に出ていた妖怪たちが、血相を変えて転がり込んできた、
「てぇへんだてぇへんだ!!!!手長足長の野郎が殺されちまったぁ!!!!」
「なに!?どこだ!!!!」
「川原で…ほとんど消えちまってて…!!」
「二代目!!総大将ぉ!!リオウ様が!!!!リオウ様がッッ!!!!」
「いやぁぁぁリオウ様ぁーーー!?」
ぬらりひょんと鯉伴は弾かれたように部屋から飛び出した。妖怪たちをかき分け、騒ぎの渦中へ顔を出す。
首無の腕に抱えられた、ぼろ雑巾のように薄汚れた一匹の白狐。尾が4本のその狐の右肩付近には一本の矢が深々と突き刺さっている。
痛々しいその体はピクリとも動かず、ぐったりと目を閉じている。ずぶ濡れになった体はすっかり冷たくなっていて、微かに腕に伝わる鼓動が、辛うじてこの天狐が生きていることを示していた。
「おい!早く薬師を呼べ!」
「は、ハイッ!」
「リオウ…ッ目を開けろ!リオウッ!!!!」
鯉伴の呼び掛けも、リオウには届いていない。天狐の甘い血の香りが漂っている。まずは血を止めることが先決か。
「………リオウ、ごめんな」
「二代目?何を…ッ!?」
鯉伴はリオウに突き刺さっていた矢を引き抜いた。前足が空を蹴り、弱々しい鳴き声をひとつあげると、リオウは再びぐったりと動かなくなる。
「リオウ様!」
「騒ぐんじゃねぇ。リオウが起きる。…傷口はすぐ塞がる。今はゆっくり休ませろ」
「妾が預かるわ。ったく、こんなに汚れて…一体誰がこんな目に…」
雪麗はボロボロになったリオウの体をそっと抱き、労るように撫でると、一目散にリオウの部屋へと向かって駆けていく。
「───赦せねぇ」
鯉伴はぽつりと呟いた。その言葉は地を這うように重く、怒りと憎しみが込められていた。平静を装おうとしているのか、長い指が煙管を弄ぶ。
(リオウ…一体誰がこんな目に)
拐かされ、矢を射られ、堀に落とされるなんて常軌を逸している。ふざけた野郎もいたものだ。──この手で成敗しなくては気がすまない。
「二代目!外行くんなら、ワシらもついていきますぜ!」
「今度は一人にさせねぇからな」
「あぁわかった。わかったよ。───!!!」
適当に返事をしてひらひらと手を振った鯉伴は、得たいの知れない気配にばっと振り返った。そこには、ただ暗い江戸の闇が広がっていた。