天狐の桜20
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「本当だよ!!」
寺子屋の教室で、緩くウェーブがかった髪を一纏めに結い上げた少年 清衛門は、教壇に立ち、他の子供たちにビシッと指を突きつけ声を張り上げていた。
子供たちはやれやれとばかりに目を眇めると、口々にまたかよと文句を垂れる。こいつの妖怪談義は兎に角長い。ウソだ、と否定の言葉が飛べば、清衛門は顔を真っ赤にして捲し立てた。
「目撃者は多数いるんだよ!?」
「お前らーー!清衛門くんの言うことを信じられないのかよ~~~!?」
「え~~~!?」
取り巻きの少年が清衛門に同調すれば、話を聞いていた少女が不満げに声をあげた。目撃者がいたからと言って、本当かどうかなんてわからないじゃないか。
「兄ちゃんは!?リオウ兄ちゃんはどう思う!?」
「お兄様!!お兄様はこの清衛門の言葉を信じてくださいますよね!?」
「おやおや…」
ぐいぐいと手を引き、子供たちはリオウの言葉を待つ。リオウは困ったように微笑むと、おっとりと此方を見守る母を振り返った。
「母上。母上はいかがお考えか?」
「ん?なぁに?そのお話」
「妖ですよ妖!その百足に噛まれるとたちまち死んでしまうんですよーーー!!」
「あ、妖?」
乙女は思わず息子に視線をやった。リオウは困ったように笑って肩を竦める。清衛門は、毒をとるには犬の小水が効くらしいですよ!と意気揚々と続けた。
「えーばっちぃ!」
「まぁまぁ、その話の真偽は兎も角だ」
甘く凛とした声に、子供たちは皆一様に背筋を伸ばした。リオウは穏やかに微笑みながら続ける。
「昔、妖は人々から恐れられることによって力を持つと聞いたことがある。あまり恐れて悪戯に吹聴すると、ますます力を持ってしまうかもしれぬぞ?」
「こら、リオウ。そうやって怖がらせないの」
「ふふ、これはすまない。───というわけで、この話は終いだ。他の子らが怖がるといけないからな。怪談話は控えるように」
「はーい!」
「じゃ、先生また明日ねー!リオウ兄ちゃんもまた来てね~!」
元気いっぱいに手を振り、寺子屋を飛び出していく子供たちを笑顔で見送る。子供たちの日溜まりのような笑顔が弾け、自然と胸にあたたかいものが広がっていく。
「ふふ、可愛いなぁ」
「あぁ、本当に…」
リオウは母の言葉にそっと頷いた。慈愛の神である天狐にとって、愛すべき人の子たちがのびのびと笑顔でいられるこの場所は、実に望ましいもので。
「山吹乙女様…おつとめごくろーさんです」
「!!!!」
後ろからぬっと顔を出した首無に、乙女はぎょっとした様子で振り返った。隣で今の今まで談笑していた息子は、首無の気配に気づいていたようで、此方の驚きように笑いを噛み殺している。
「首無!?吃驚した…急に生首で出てこないでください!!」
「な、生首…」
「ふふ、ふふふ…っそうだな。子供たちが見たら腰を抜かしてしまう。ほら、ちゃんとおさめよ」
リオウは首無の頬に手を滑らせ、そっとその首をおさめる。照れた様子でぼっと赤くなる首無に、リオウは妖艶に笑うとそのまま唇をついとなぞる。
「時に、私はお前と恋仲と思われているらしいぞ?」
「ッッり、リオウ、様…っ////」
「ふふ、こんな色男と噂になれるとはな?相手がお前なら…なかなかどうして悪くない」
なぁ、首無♡
「ッッ~~~~/////」
「あっお、おい首無?」
堪らず鼻血を噴き出して卒倒する首無に、流石のリオウも虚を突かれた様子で目を丸くした。端から見ていた鴉天狗と青田坊も、悲鳴を上げて慌てて駆け寄る。
蝶のように戯れに下僕を誘う息子に、乙女はもう、と唇を尖らせた。本人は遊んでいるつもりだろうが、流石にそろそろ危機感を覚えてもらわなくてはいけないか。
「リオウ、あまりからかってはダメよ」
「いや、まさかあそこまでの反応が返ってくるとは…すまぬ」
「顔が全然反省していないでしょう」
三界一と吟われる美貌には楽しげな色が浮かんでいて、乙女は呆れたように息をついた。滑らかな頬を摘み、「めっ」と叱れば、リオウは悪怯れる様子もなく笑って肩を竦める。
そんな母子を尻目に、鴉天狗と青田坊は首無の肩をがくがく揺らして声をかける。まったく想い人にいつまでもいいように遊ばれやがって。
片想い歴が長いにも関わらず、いつまでも色恋に慣れず、モダモダモダモダ行動に移せないヘタレ。それがこの首無である。
起きろ起きろと声をかけられ、漸くはっと気がついた首無は、鼻血を拭きつつ、気を取り直してあの!と声をあげた。
「時に鯉伴様は来られませんでしたか!?」
「鯉伴様?さぁ…どうして?」
乙女はおっとりと首をかしげる。その反応に、やはりと苦虫を噛み潰したように首無は眉をしかめる。
因みに、先日夜に自身の寝所に忍んできたことを知っているリオウは、そういえば誰にもいってなかったななんてぼんやり思いながら、知らない体を装っている。
「最近見ました?あの人…」
「いいえ、でもいつもそうだから…"ぬらりひょんの子"ですもの!諦めてます」
ぽっと頬を染め、乙女は困ったように微笑む。惚れた女は強いな、とリオウは内心舌を巻いた。成る程、"帰る場所"か。
愛しいものを待ち続ける母の姿は実に眩しく見えて、リオウはふわりと優しい笑みを浮かべる。もっと烈火のごとく怒って、下手したら出ていっても仕方ない気がするものだが、実にのほほんと鯉伴を待つ乙女に、首無は収穫なしかと肩を落とした。
「まったくあの人はこのご時世の時まで…変な妖がウロウロしてるってのに」
「え?うちの組の者じゃ…ないの?」
思わず目を瞬かせる乙女に、リオウは口を開きかけ、ぴたりと動きを止めた。黒曜石のような瞳が本来の紅水晶の色に変わる。──千里眼である。
「───妖の気配が近い」
リオウの言葉に、妖怪たちは息を飲んだ。まさか、最近現れたという謎の怪異か。リオウの瞳が再び漆黒に戻り、白魚のような指がついと道の先を指し示す。
「この先の草原だ。子供たちが危ない」
「「!!!!」」
「そんな…!」
乙女は弾かれたように走り出した。青田坊と首無もすぐにその後を追う。鴉天狗は、心配そうに柳眉を下げるリオウをくるりと振り返った。
どこか顔色が悪い。神気を飛ばして千里眼の力を使ったからか。リオウに何かあっては組の一大事。
「リオウ様は此処にいてください!!!!後は我々にお任せを!!!!」
「っ、わかった。母上と子供らをよろしく頼む」
悔しげに目を伏せると、リオウは大人しくその背を見送る。久々の外出だが、どうにも体調が優れない。
(目眩が…嗚呼、肝心なときに動けぬとは、なんとも口惜しい)
ふらふらと門に歩み寄り、そっと手をついて息をつく。近頃巷に妖が増えたと思っていたが、人々が怪談を語るようになってから、より妙な妖気のようなものが満ち、街の空気を穢している。
思っていたよりも、この江戸の街に現れ、力を持った怪異というのは………
その時、何者かの気配が一瞬のうちにリオウの間合いに飛び込んできた。黒曜石の瞳が動揺に見開かれる。
「しま…ッ!?」
リオウの体は漆黒の妖気に包まれ、意識は闇に塗りつぶされた。