天狐の桜20
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一方その頃、首無たちは鯉伴を血眼になって探していた。
『あら、鯉さんなら来ましたよ。三日前に』
『あら色男!いたいたー!』
『まって!そーよ!あの人お代がまだよ!』
18日の昼間は日本橋。26日は吉祥寺。昨日は浅草。千里眼で居所を追えるリオウを頼っても、自分達が向かう頃には鯉伴の姿は影も形もなく。
目撃情報は多数あるのに、あっちにふらふらこっちにふらふらしている鯉伴は実に神出鬼没で、どこに現れるかわからない。
『まったく、困ったお方よな。文のことも、再三探している妖怪たちのことも知っておられるだろうに…それでも梨の礫。もう私はどうしたらよいかわからぬ』
実に寂しげに呟き、憂いげに目を伏せていたリオウを思い、鯉伴への怒りが沸々と沸き上がる。あの野郎。リオウ様を悲しませるとは何事だ。
「くそー!なんでこんな…神出鬼没すぎる!」
「おーい首無!いたかぃ?」
「いねぇよ!」
口調が荒くなるのも当然。この広い江戸の町も、遊びなれた鯉伴にとっては庭というもの。ぬらりひょんの能力を駆使してのらりくらりと歩き回る鯉伴相手では、こちらは完全に分が悪い。
捜索を共にしていた鴉天狗も、あまりに見つからぬ現状に、苛立ったようすで声をあげた。
「えぇーい!二代目になった自覚はないのか?まったく…」
「うおあぁぁ鯉伴!!!!てめぇどこ行ったーーーー!!!!」
首無の怒声が江戸の街の喧騒に飲まれて消えていく。しかし、そんな妖怪たちの苦労も何処吹く風。今日も今日とて奴良組二代目 奴良鯉伴は、のらりくらりと江戸の街を闊歩するのであった。
夜の帳が降り、月が怪しく輝く江戸の夜。
「うぃーーーぃぃ~~酔ぉっちまったーーー」
鯉伴は、柳通りをふらふらと覚束無い足取りで歩いていた。酔って火照った体に夜風が心地いい。
「花の大江戸♪ここは~俺の街~♪っとくらぁ、楽しい時代じゃないですかぁ~」
ざわざわと風が柳を揺らす。ふらふらと歩いていた鯉伴は、がつんと何かに躓いた。拾い上げてみると、それは真新しい人骨で。
「ん?人骨?」
「ねぇちょっと。アタイと遊ばない?」
不意に背後から若い女の声がした。道端に無造作に転がった新しい人骨に、この夜遅く…いくら春を売る夜鷹とはいえ、こんなところに一人とは怪しすぎる。
なにより女の体から、妖気と微かな血の臭いがする。
「あぁ~?なんだい…さっきの女じゃーねぇか。美人と期待して損した…」
「なんだと…──!?お前は…!!!!」
飄々と言ってのける鯉伴に、女はくわっと目を剥いた。ただの男かと思ったが、その体からは妖気が溢れている。なんだ、こいつは。
「何者だぃぃいい!?」
女の後頭部がばりばりと割れ、巨大な鬼が姿を現す。大きな口が鯉伴の頭を飲み込まんとがばりと開かれる。
しかし、その牙が届くより早く…宵闇の中に鈍い銀色が一閃した。
「おめーこそ、何者だい?」
鯉伴の振るう刃が鬼の首を撥ね飛ばし、女の顔が驚愕に歪んだ。痛い。怖い。なんだこの男は。鯉伴は流れるように間合いを詰め、変わらず悠然と笑っている。
「鬼夜鷹なんて妖怪知らねーなぁ。この街で遊びてぇなら…俺を通してもらおうか」
斬られた鬼の首が、叫び声をあげながら鯉伴めがけて飛んでくる。しかし、それも瞬く間に鯉伴の手によってただの肉塊へと姿を変えて。
「俺は奴良鯉伴ってんだ。この江戸を仕切る奴良組の…二代目だ。覚えときな」
「あんたが…奴良組二代目ぇ…」
茶目っ気たっぷりに片目を閉じ、強者の余裕を湛えた笑み。おのれ…と憎々しげに呟くと、女と鬼の体はざらざらと音をたてて崩れ落ちた。
鯉伴を探してあちこち飛び回っていた首無たちは、風に乗る妖気と血の臭いに思わず顔をしかめた。見れば、堀の端に植えられた柳の根本に、バラバラになった妖怪の死体が散らばっている。
「ん?な、なんだこいつは!」
「妖怪か?」
まじまじと姿を確認した青田坊は、うちのもんじゃねぇなと息をつく。リオウも案じていたが、見かけない輩が増えてきた。
この江戸の闇に、奴良組以外の何か大きなものがある予感がする。もしや、それが新しい妖怪たちが江戸に沸いてきた原因か?首無は、纏まらぬ思考に頭をひとつ振ると、苛立ちも露に舌打ちをする。
「ったく、鯉伴様のヤロー…なんかヤバイことに深入りしてねぇだろうな…」
当時の江戸は、人口爆発の時代を迎えていた。都市の拡大と共に、人々の生活は向上し、飛躍的に豊かになっていった。
人が増えれば闇もまた広がる。変わりゆく江戸の闇を支配したのは、これも二代目と共に新しい時代に入り、上手く人々の生活に溶け込んだ奴良組…のはずであった。
吉原───
「お、おい」
「見ろ、なんだ?ありゃなんだよ!?」
吉原の街に遊びに来ていた男たちは、目を疑う光景に思わず立ち尽くした。豪華絢爛に着飾った吉原の花魁たちが、一同に会した花魁行列。
行列は吉原の街の一番奥…とある大きな屋敷へと続いている。見目麗しい花魁たちの姿に、男たちは色めき立った。
「す、すす…すっげぇ~~~~~………!!!!」
「おい…あの太夫は藤屋の高風!?」
「おいおいあの娘は!」
「申し訳ありません。本日は貸し切りです」
「貸し切りィ!?この吉原の街をかよ!?」
この吉原の花魁が一同に。一人で遊ぶにも何百両の女が何人もいるというのに。こんなことができるのはあの男しかいない。
誰かが言った……"沖の暗いのに白帆が見える…あれは山ン本蜜柑船"!
山ン本屋───江戸の大富商…材木問屋を営み、江戸大火の際の材木買い占めや、 蜜柑の江戸輸送で巨利を得たという。伝説的な豪遊をして山ン本大尽とも呼ばれた。
でっぷりとした腹を揺すり、ガツガツと飯をかきこむ巨体。座った姿でもゆうに8尺はあろうかという巨大な男。それが"山ン本大尽"と噂の山ン本五郎左衛門、その人であった。
山ン本の命を受けた従者が、花魁たちにバラバラと小判をばらまく。女たちはキャアキャアと黄色い声をあげながら、山ン本に向かって手を伸ばした。
「キャァァア!!」
「山ン本様ァ~~~!!」
「お~…おぅおぅ、よしよし並べ並べ花魁たちよ。隣の女の帯を持て。しっかり持てよ。…よ~しよし。いくぞ!?」
そぉれ、と号令をかけながら、山ン本は箸で摘まんだ花魁の帯を引いた。一人の帯が引かれると、その者が持つ帯も引かれ、次々と花魁たちがくるくると回る。
「え!?」
「ひゃ!?」
「あぁれぇぇ~~」
帯が解け、着物が開ける。色っぽくも贅沢な遊び。くるくると回る花魁たちに、山ン本はいやらしくニタリと笑った。
「ウォッホッホ。キレイキレイ。これぞ花魁乱れ百合じゃ~~~~」
世の遊びは全てやりつくした。こんな豪華な遊びができるのはこの世で自分ただ一人。普通じゃあ到底物足りない。
「いやぁぁん」
「山ン本様のスケベぇ~~」
花魁たちはキャアキャアと声をあげる。美しい花魁たちに囲まれるのは悪くない気分だ。しかしこういうのも飽きてきた。
「そうじゃ、お前らにも聞かせてやろうか?ワシの怪談を」
「怪談?」
「これほど面白いことはないぞ?」
花魁たちはあ、と声をあげると、知ってます!と微笑んだ。鬼夜鷹!首吊りの森!と次々と知っている怪談の名前を挙げていく。そうじゃそうじゃと笑った山ン本は、ニタァといびつな笑みを浮かべて女たちを見回した。
「それは…ぜ~~~んぶワシが作ったもんじゃ。この江戸を…もっと面白き世にするためにのう!」
奴良組の支配する江戸の闇に、ひたひたと何者かが、しかし着実に進出してきていることを、奴良組の妖怪たちは未だ知るよしもない────