天狐の桜20
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時は江戸────
近頃話題の怪談話。例えば今は────<鬼夜鷹>
「つーわけで<柳通り>の夜鷹にゃ気を付けろってぇ話だ」
「もぅ~~~そればっかり~~~」
「だって…おめぇがカワイイからよ!」
怖がる女に、若侍はへへへと鼻の下を伸ばす。辺りはすっかり闇の帳が降り、生暖かい風が柳を不気味に揺らす。頭巾を被った女は俯きがちに顔を伏せ、口許をにたりと歪めた。
「ところでお前さん…その夜鷹って」
「ん?」
「もしかして───こんな顔ぉー?」
女の後頭部がばりばりと音を立て、身の丈を大きく超えるおぞましい鬼が現れた。巨大な手が若侍の頭を鷲づかみ、鋭い牙が幾本も並んだ口ががぱりと開かれる。
「─────」
喰われる。ひゅっと喉の奥が鳴り、恐怖にひきつった喉は悲鳴すらあげることが叶わない。
視界が一瞬にして暗転した。バリバリと何か固いものを砕く音と、噎せ返るような鉄の臭いが鼻をつく。
脳が麻痺し、痛みも何も感じない。今自分はどうなっている?暗闇のなか、何度も何度もばりばりぐちゃぐちゃと何かを咀嚼しているような音が辺りに響いている。
そう、咀嚼音が。
生きたまま、今自分は鬼に喰われているのだ。
「ぎぃゃあ゙ァ゙アあァア!!!!」
ついでおとずれた想像を絶する痛みに、男はたまらず断末魔の叫びを上げた。しかし、その声もまた、妖の口の中へと消えていく。
大江戸 八百八町───新たな怪異の幕が開く
華やかなり 江戸の町───両国
江戸の町のとある屋敷。絶世の美貌の君が住んでいるという噂が囁かれているその屋敷には、季節外れの桜が咲いていた。
「父上はまだお帰りにならぬのか…」
文机に舞い降りた花びらに目を細めた噂の麗人は、目の前で頭を垂れる妖怪達にそっと息をついた。艶やかな烏の濡羽色の髪に、黒曜石のような瞳。
どこか妖艶かつ神秘的な雰囲気の中性的な美貌の君。奴良組二代目 奴良鯉伴の溺愛する一人息子…奴良リオウその人である。
「リオウ様…」
「必ずや我らで連れ戻しますゆえ…」
「嗚呼、お前達にも苦労をかけるな。父上はどうやらどこぞの店の居候にでもなってしまわれたようでな。私も連日文を送り、式を飛ばしているのだが、それも梨の礫…」
長い睫毛が憂いげに伏せられ、雪のような肌に影を落とす。憂う姿すら麗しい若君に、妖怪達は皆思わず見惚れていたが、白魚のような指に力が込められたのを見て顔をひきつらせた。
「ふふ、ふふふ……嗚呼…まったくなぁ…───この私から逃げられると思うなよあの放蕩甲斐性無し遊び人野郎」
バキッと音を立てて筆が折れた。小妖怪たちがヒィッと肩を跳ねあげている。鴉天狗は怒れる"組の宝"にあのぅ、と小さく声をあげた。
「此度は二代目が今どこにいらっしゃるのか伺いたく…」
「あぁ、そうであったな。今は化猫屋におられるようだぞ」
「化猫屋ですね!?」
「ありがとうございます!リオウ様!」
「ふふっよいよい」
天狐であるリオウは千里眼を持っている。彼にかかれば尋ね人など然したる問題ではない。問題なのは、その"尋ね人"が尋常でなくふらっふら動き回るお陰で、配下の妖怪たちが全然捕まえられないことだ。
あぁそうだ、とリオウは心配そうにおっとりと小首を傾げた。気がかりなことといえば、父の他にもうひとつ。
「先頃から妖が増えているであろう?うちの組の者では無い輩も多い。くれぐれも怪我のないようにな」
「はいっ」
「行って参ります!」
ばたばたと駆け出していく面々を見送り、リオウはさて、と思案を巡らせる。母である乙女は日中寺子屋へ行っている。彼女は戦う力を持たないし、護衛の強化も必要か。
(後でお祖父様に進言して…そのあと鴉天狗たちを連れて寺子屋へ顔を出そうか。──?何だ?)
自身が屋敷に張った結界に、何かがかかった。この結界には、奴良組以外の妖怪は入れない。屋敷を狙ってきた妖怪だろうか?それとも……
(何の罪もない妖怪だったら可哀想だ)
きょろきょろと辺りを見回すが、妖怪たちは鯉伴を探しに出ていて姿は見当たらない。…少し姿を見て、戻るだけだ。それなら、一人でも大丈夫だろうか。
ぱたぱたと小走りで裏門に近づき、通りへとひょっこり顔をだす。通りには人通りはなく、一人の男が腕を押さえて踞っていた。
(黒衣に、角?ふむ。見慣れぬ顔だが…)
不思議とその妖怪からは悪意を感じなくて。リオウはちらと辺りを再度見回し、見咎めるものがいないことを確認すると、そっと屋敷を抜け出した。
ひらりと通りに季節外れの桜が舞う。いけないことだとわかっているが、どうしても傷ついた者を放ってはおけなくて。
「もし、もし。いかがなされた?」
黒衣の鬼に近づき、リオウはそう言って優しく微笑んだ。