天狐の桜19
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白魚のような指が、緋色の盃を弄ぶ。僅かに開けられた障子から月明かりが差し込み、麗人の儚さをより一層際立たせる。
「何考えてんだ?」
鯉伴はリオウの肩を抱き寄せた。ついと流し目をくれると、リオウはくいと盃を呷る。
「さて…何だとお考えか?父上」
「俺のこと、とは言ってくれねぇんだな」
肩を抱く手を扇子で叩き、馴れ馴れしく触るなとばかりに、顔に尻尾を叩きつける。しれっとした顔で盃を傾けているが、なかなか気難しいかぐや姫である。
「いい男は自分からは請わぬものであろう?」
「ふっ…違ェねぇ」
鯉伴はクツクツと笑ってリオウの髪に唇を寄せた。相変わらず構いたがりの父を一瞥し、リオウはついと顔をあげた。
「朔」
「────朔はここに」
バサッと羽音がひとつ聞こえたかと思えば、障子の向こうに影が現れる。膝をつき、頭を垂れるその影に、リオウは満足そうに頬を緩める。
「無事に帰ってきてくれて安心した。これから先、百物語組との抗争が一段落するまでは、リクオのことを頼むぞ」
「畏まりました」
(おーおー…入る隙はねぇってか。妬けるねぇ)
どんなに小さな声だとしても、何処にいたって飛んでくる。呼べば来ると絶対的に信頼しているリオウと、盲目的なまでに忠誠を誓っている黒羽丸。
リオウが行け、と短く命じると、黒羽丸は音もなく何処ぞへと飛び去る。言葉をかわせて安心したのか、機嫌良さげに尻尾が揺れている。…………面白くない。
「リオウ♡」
「ぅわっ!?」
隙をついて肩を押し、どさりと押し倒す。手から零れた盃がころころと畳を転がり、透明な滴が畳に染みを作る。
いきなり何をするんだと睨み付けてくるが、上目遣いになっていて全く怖くない。威嚇するように耳が伏せられ、嫋やかな腕が胸を押す。
「ちったぁ俺に構え♡」
「…………………………………は?」
唖然としたように、形の良い唇があんぐりと開けられる。訝しげに此方を凝視してくるのも可愛らしい。鯉伴はにやりと笑うと、リオウの唇を撫でる。
「その顔も可愛いぜ」
「………こ、子供か貴方は…」
疲れたように息をつき、リオウの体から力が抜ける。茶目っ気たっぷりに片目を閉じる父に、リオウは白魚のような指で鯉伴の唇を押す。
「ち・か・い。早く退けて頂きたい。それにどうも見下ろされるのは好かぬ」
「ふっ。嫌って顔はしてねぇけど?」
「嫌がる顔が見たいのか?ふん、なんとも趣味の悪い…」
尻尾がぐいぐいと胸を押し、抗議するようにベシベシと背を叩く。唇を押す手を捕まえて、指先に軽く口づければ、リオウはジト目で鯉伴を睨み付けた。ついで呆れたように嘆息して目を伏せる。
「生憎と、今の私はそこの三代目のものでな。遊びたいなら許可をとってくれ」
「へ?どぅわっ!」
ぶんっと音をたてて、鯉伴の頭めがけて刃が凪ぎ払われる。咄嗟に避け、ばっと視線を巡らせれば、ドスを抜いたリクオが実に不機嫌そうに顔をひきつらせて立っていた。
「おぉ~~やぁ~~じぃ~~💢💢テメェリオウに何してやがるッッ💢💢」
「お~怖ェ顔。余裕ねぇ男はモテないぜ?」
「💢💢」
リクオはすかさずリオウを抱き起こし、庇うように胸に抱き寄せる。リオウはよしよしと宥めるように頬を撫で、ぽふぽふと尻尾で背を叩いた。
「リクオ。私は大丈夫だ」
「…本当に何もされてないか?」
「あぁ。ふふ、私の大将は心配性だな」
「リオウ…お前俺の時と対応に差がねぇか?」
「当然だ。父上は少しご自分の言動を胸に手を当てて振り返ってみるとよろしい」
開けた着流しを整え、リオウはリクオへと向き直る。わざわざ部屋に来ると言付けていたということは、恐らく───
「リオウ。悪いが、百物語組とのことを詳しく聞かせてくれ」
「──そうだな。そうだろうと思っていた」
鯉伴の纏う空気が重苦しくなる。そんな父を一瞥して制すと、リオウはひとつ息をついた。ついと手をのばすと、徳利をとりあげてひらひらと揺らす。意を汲んだ様子でゆるりと笑いながら、リクオも盃を持ち上げた。
「ではちと昔話をしてやろう」
緋色の盃に静かに酒が注がれる。長い話になるがと前置きし、リオウは静かに語り始めた。