天狐の桜19
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
鯉伴とリオウが去った大広間では、幹部達が揃って黙りこくっていた。誰もが口をつぐみ、説明をしようとしない。やがて、漸々達磨が口を開いた。
「百物語組は…奴良組と江戸を二分した妖怪・怪異の組織だ…奴等は<怪談>を「集め」「語り」そして「産む」」
産むことで江戸時代勢力を拡大していった。その主な方法が、<百物語>───
百物語とは、夜 百の蝋燭を灯し、何人かで怪談を語って1話進むごとに、1つずつ火を消していく遊びのこと。
最後の蝋燭が消えた時、妖怪が現れるとされている。言わば恐怖すらも遊び道具にする、一部の金と暇を持て余した者たちの恐れを知らぬ娯楽…
山ン本五郎左衛門は、そういう連中の中にあり、何万とも言われる怪異を紡ぎだしたと言われる正体不明の巨怪。
そしていつしか、自らが集め語り産んだ妖怪たちを束ねる頭領として、江戸の闇に君臨し、奴良組と激しい抗争を繰り広げたのだ。
「その過程で……山ン本五郎左衛門は、リオウ様を見初めてしまった」
あの当時、屋敷からも滅多に出ることを許されずとも、その姿を塀の隙間から垣間見た者たちを通じて、あの屋敷には天女もかくやの美貌の君がいる、と密かに噂になっていた。
艶やかな烏の濡羽色の髪。烟るような長い睫毛に彩られた黒曜石の瞳。涼やかで色気のある美貌。雪のような白い肌に、すらりとした手足。まさに誰もが認める絶世の美人。
それは当時、人型をとって生活していたリオウのことで。ある日、妖怪たちが目を離していた隙に、百物語組の奴等によってリオウは拐かされてしまった。
「詳しいことは、リオウ様ご自身に。…我々が軽々しく話していい話ではありませぬからな」
「…あぁ。わかった」
妖怪たちを、重苦しい空気が取り巻いている。ひそひそと隣の者と顔を見合わせては、あーでもないこーでもないと騒ぎ立てる。
「あの山ン本が…復活しているのか!?」
「しかしそいつは鯉伴様が殺したはずだろ!?」
だが確かに似ている。この現代でも怪談を実体化させて、侵食している者がいるのは紛れもない事実。
どうなっているのだと、幹部たちは声を上げた。聞けば奴は二代目襲撃も後ろで手引きしていたという話ではないか。リオウの機転で二代目は復活することが出来たが、彼がいなかったらどうなっていたことやら。
「四国の侵攻も恐らく、誰かの手引きがあったのでしょうな…」
「内通者(スパイ)でもいるんじゃねぇの」
一ツ目は吐き捨てるようにそう言って、紫煙を吐き出した。その言葉に、広間は水を打ったように静まり返り、皆の視線が一ツ目に集中する。
「え?一ツ目?」
「誰かが手引きしねぇと、二代目があんなにアッサリ殺られるわけねぇだろう。そう思わねぇか?おい黒田坊…!!」
なんか知らねぇか?おめぇ…元百物語組幹部だもんな~~~~
そうなのか?と若い衆がざわめく。黒田坊と親交の深い首無と青田坊は、一ツ目の言葉に思わず噛みついた。
「テメェ…黒が何かしたって言ってんのか!?」
「何だよ…違うんかい!?」
「…一ツ目殿」
黒田坊は静かに口を開いた。ピリピリと張りつめた空気に、妖怪たちはおろおろと二人を見つめることしかできない。
「確かに拙僧は元百物語組…しかし拙僧は二代目鯉伴様と盃を交わし、忠誠を誓った身。そのような疑いの言葉、二度とは聞き逃しませんぞ」
「あぁ!?」
「やめねぇか。仲間同士で疑いあってんじゃねぇよ」
リクオは小さく息をついた。これ以上悪戯に議論をところで意味はない。仲間内で疑い合うことなどもっての他だ。今は兎に角情報が欲しい。
「今日はこの辺にしておこう。皆集合ご苦労だった…引き続き百物語組と山ン本については調査を継続してくれ。それと各自警戒を怠るなよ…!」
若き大将の凛とした声に、妖怪たちは皆頭を垂れた。
総会が終わり、黒田坊はふらふらと外に歩み出た。夜桜を見上げ、そっと息をつく。可憐で妖しく美しい…闇によく映えるその花は、凛としたかの麗人を思わせる。
(あの時も、こんな風に美しく咲き乱れていたな)
後に忠誠を誓う"あの方"の愛し子に、初めて出会ったあの日も───
江戸の町にある大きな任侠屋敷と、その高い塀から覗く見事な桜の木。その屋敷の前を通りかかった時、その桜に何か惹かれるものを感じて、ふと立ち止まった。
(なんだ?この気配は)
胸の辺りがざわつくような、しかし決して嫌ではないその違和感。思わず屋敷に近づいたその時、手にバチッと激しい痛みを感じ、思わず飛び退く。
『ッッ!』
皮膚が裂け、鮮血が溢れる。普通の怪我ではない。この気配、神気で結界が張られていたのか。
止まらぬ鮮血と、傷口から漏れだす妖気に舌打ちして踞る。人間には見えていないはずだが、もしほかの妖怪にでも見つかったら面倒なことになる。
『もし、もし。いかがなされた?』
『!!!!』
周りを憚った様子の小さな声。不意にかけられた甘美な声に、思わず顔をあげると、この世のものとは思えぬほどの美貌の君が、心配そうに小首を傾げていた。
『怪我をしているのか』
年の頃は17、8といったところか。唖然と固まる此方をよそに、麗人は傷口にそっと繊手をかざした。ぱぁっと甘い光が溢れ、みるみるうちに傷口が塞がっていく。
『これは…っ!?』
『ふぅ……其方妖だな?ふふっ悪い奴では無さそうだが、この屋敷に近づくことは罷り成らぬ。早々に立ち去られよ』
麗人はふわりと花のような可憐な笑みを浮かべて立ち上がる。思わず見惚れる此方のことなど露知らず、颯爽と裾を翻した麗人は、あぁそうだ、とくるりと振り返った。
『実は父上たちに、外に出てはいかぬと言付けられているのだ。私と出会ったことは、どうか内密にな』
言うが早いか、桜の花びらを残して消えてしまう、妖しく可憐で美しい若君。まるで掌をすり抜ける花びらのように、ふわりふわりと掴み所のないその人。
(──あの方々の為にも、刺し違えてでも、この件には拙僧がけりをつけなくては)
ひらりと舞い降りてきた花びらをつかまえる。薄く色づいたそれを握りしめ、決意を固める黒田坊に、そっと歩み寄る影があった。
「黒。一人で夜桜でも見てんのかい?ちょっと話がしてぇんだが」
「…リクオ様」
リクオは悠然と微笑みながら、急かすことなく続く言葉を待っている。黒田坊の唇が逡巡したように戦慄き、けれど切れ長の瞳がまっすぐに若い大将を見据えた。
「………わかっております。拙僧はお聞きの通り元百物語組…なればこそ、二代目襲撃や新たな怪異の奴良組侵食に奴等が関わっているとわかった以上、拙僧が奴等とけじめをつけます…!」
強い決意の籠った顔。黒田坊の言葉に、リクオは口許に淡い笑みを浮かべた。まったく、何を思い詰めているのかと思えば…
「そうじゃねぇよ。黒、逆だ。俺はお前に言いに来たんだ。昔がどうであれ、今は奴良組の一員だ。だから一人で何でも背負い込むんじゃねぇってな」
その言葉に、自信に満ち溢れた姿に、深い懐に…黒田坊は二代目の姿を垣間見て目を見開いた。
(リクオ様…やはり貴方はお父上にますます似てこられた)
かつて、敵だった自分を…何でもない顔で笑ってこの組に引き入れた、あの男に────