天狐の桜19
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奴良本家 大広間───
上座の中央にはリクオが座し、その傍らにリオウが侍る。総大将であるぬらりひょんは隠居したんだからと欠席、二代目 鯉伴はリクオよりも少し後ろに下がって控えている。
その前にずらりと居並ぶのは幹部達。最古参から若いながらに実力の抜きん出た者まで様々。錚々たる顔ぶれを前に、鴉天狗が口火を切った。
「地下鉄少女の事件は聞いておろう。また新たな妖怪が<生まれ>つつある」
「………」
「<産む>…だと?」
信じられぬとばかりに目を眇める面々に、鴉天狗はそうだと頷いた。古参幹部たちは揃って顔を見合わせる。
「何だと?」
「奴等は一度滅んだはずだろ…残党ではないのか?」
「いや、<新作怪談>じゃ」
「ではやはり<百物語組>───」
そんなまさか…と古参幹部たちは、顔を見合わせてどよめき合う。しかし、怪談から妖を産むことができる奴がいるというのは事実。──皆が知る限り、そんなことができるのは一人しかいない。
「奴が復活!?」
「信じられんな………」
「おい待て待て。なんだよその百物語組ってのは。わかってる奴だけで話を進めんじゃねぇよ!」
鴆が苛立ったように声を上げた。他の若い幹部達も、困惑したようすで首を傾げている。"奴"だの"百物語組"だのと、一体何の話をしているんだ。
「フン…若造が…」
「なんだとこらぁ!!!!」
これ見よがしに鼻をならす幹部に、ギャンギャンと噛みつく鴆。ギャーギャーと騒ぎ立てる二人を、鴉天狗はまぁまぁととりなした。鴆達が知らないのも無理もない。
明治以降に生まれた妖怪は、百物語組との抗争も知らないのだ。三代目の代になって幹部も増えた。知らないものが多いのも道理。
「おい、誰か話してやってくれ」
「ちっと待て、鴉天狗」
それまで黙って成り行きを見守っていた鯉伴が、不意に口を挟んだ。ざわついていた幹部達が水を打ったように静まり返る。
悠然と笑みを浮かべて、鯉伴はリオウに視線を投げる。威圧感に、リオウは居心地悪そうに柳眉を寄せた。耳がぺたりと伏せられ、毛並みのいい尻尾が逆立っている。
「───テメェは部屋に戻れ。リオウ」
「…私の主は三代目だ」
「聞こえなかったのか?戻れって言ったんだ」
びくりとリオウの肩が揺れる。口許を袂で隠し、尻尾が畳をたしんと叩く。桜の瞳がゆらりと揺れ、己の隣に座する大将をそっと見上げた。
「リクオ…」
「判断はお前に任せる。部屋に戻るも戻らないも、お前の自由だ。──この手の話題になると、親父は頑なにリオウを遠ざけたがるな」
リクオの言葉に、鯉伴の瞳がついと細められた。琥珀色の瞳に剣呑な色が宿る。古参幹部たちも表情が強張り、大広間の空気が張り詰める。
「──何も知らねぇ割には、随分ズカズカ来るじゃねぇか」
「教えねぇの間違いだろうが。今の組の大将は俺だ。責任もって落とし前つけるのもな。──何も知らねぇなんざ話にならねぇだろうが」
二人の大将の一発触発の空気に、リオウは深くため息をついた。流れるように立ち上がると、後ろに控えていた犬神を一瞥した。犬神も意を汲んだ様子で襖を開く。
「……もう、いい。私は下がらせてもらう。これで満足なのだろう」
「おう、俺も一緒に下がらぁ。晩酌に付き合え」
「ふん。…仕方のない方だな」
「リオウ」
リクオはリオウの繊手をそっと持ち上げた。指先に唇を寄せ、宥めるように微笑みかける。
「後で部屋に行く。寝てて構わねぇ」
「……お待ちしております。私の大将」
「行くぞ」
鯉伴に腰を抱かれ、広間をあとにする。リオウは、無言で己の隣を歩く父の顔を見上げ、ぷいっとそっぽを向いた。
「……貴方は気を回すのが下手なのだから、余計な気を使わずとも結構だ」
「つれないねぇ?ま、さっきのはちっと怖がらせ過ぎたか」
よしよしと頭を撫でれば、垂れていた耳がぴょこっと立ち上がる。まったく、体は素直とはよく言ったもので、分かりやすくて大変可愛らしい。リオウとてわかってはいるのだ。己を百物語組の話題から遠ざけるのは、おぞましい過去から遠ざける為だと。
だが、いつまでも逃げてはいられない。少なくとも、新しい奴良組の頭はリクオだ。副総大将として、自分には彼について行く使命がある。…その為に、乗り越えなくては。
「リクオには…いずれ話さなくてはいけないことだ。話して、その上で私をどうするかはあれに任せる」
リオウはそう言って尻尾を揺らした。守るためにと屋敷に閉じ込めるのか。それとも、副総大将として隣に立つことを許してくれるのか。──未遂とはいえ、暴漢に触れられた私を、穢れていると厭うか。それは全てリクオ次第。
「─そうか」
鯉伴は短く返事をすると、リオウの頭を抱き寄せてキスを落とす。調子にのって頬を摘んだり、細い顎を擽る鯉伴に、歩きにくい邪魔だ離れろと抗議するリオウ。先程の真剣かつ重たい空気はどこへやら。すっかりいつもの調子に戻った二人は、連れ立って廊下の奥へと消えていった。