天狐の桜19
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一陣の風が吹き抜けたかと思えば、少女幽霊の体が腰からずばんと切り飛ばされる。特別気にした様子もなく、少女幽霊はあれ?と笑った。
「貴方たち、どっからはいったのー?」
「<呼ばれて来た>」
「ふーん?でも私…斬っても消えないよー!」
少女はケラケラと楽しそうに笑う。黒衣の青年と、純白の狐耳の美青年。新しく"お友達"になってくれる予定だった少女は、気絶してしまったらしく、狐の青年の腕に抱かれている。
何で来れたのだろう?ここは私が連れて来た人しかこられない筈なのに。人じゃないから?まぁそんなことどうでもいいんだけれど。
みんなみーんな、私のお友達になるんだから。
「もし…私を消したかったら…44秒以内に迷子になった<私>を見つけてね!」
「おやおや、随分な悪戯っ子らしいな」
黒。お前に任せる。
リオウはそう言って尻尾を揺らした。今還してやろうな、と繊手を持ち上げれば、青白い狐火に包まれて次々と犠牲者が輪廻の環に還っていく。
「あっ何するの!折角の私のお友達なのにー!」
「迷子を行くべきところへ行かせただけのことよ。心配せずとも構ってやる」
少女は不満げに頬を膨らませていたが、やがてそれにも飽きたらしく、まぁいいやと呟いた。無邪気に笑ってくるくる回ると、早く探して!と催促する。
「ホラホラ!早く探さないと時間が無くなっちゃうよ~~」
「ほう…それでいいのか」
「え?」
黒田坊の黒衣から、大量の暗器が飛び出した。暗器は次々とコインロッカーの扉を吹き飛ばし、一瞬のうちに鳥居の姿を見つけ出す。
「!!!!」
「では返してもらうぞ…<拙僧達を呼んだ少女>を!!!!地下鉄の幽霊少女よ」
さらさらと塵のように姿が崩れ去っていく。まさかこんなにも呆気なく終わってしまうなんて。若干の悔しさと、やっとこれで<終わる>のだという安堵を覚えながら、少女は小さく笑った。
「あは…見つかっちゃった…お兄さん達何者?」
黒田坊は無言で少女の頭に手を乗せた。
「成仏しろ、幽霊少女…!!拙僧はお主と同じ、人の想いが産んだ妖怪だ」
「……へぇ」
体がざぁっと風に溶けていく。少女幽霊は、消え行く刹那に、あの狐の青年がふわりと優しく微笑んでいるのに気づいて手を伸ばした。
あたたかくて、優しく、柔らかな光。ずっとずっと欲しかったもの。暗い暗いロッカーの中で、 手にはいるはずのないそれをずっと探していた。
(バイバイ。"お母さん")
その声が届いたのかどうかはわからない。でも、妙に晴れやかな気分に満ちていて。あたたかな光に導かれるように、少女の姿はフッと虚空に消えていった。
「また…助けてくれた…」
少女が消えると同時に、鳥居は漸々口を開いた。全身が泥のように重く、思うように動かせない。それでも、二人にどうしても礼が言いたくて。
「ありがとう。ずっと…あなた方にお礼が言いたかったんです…」
あなたを追いかけていたら、此処に閉じ込められちゃって、と話す鳥居に、リオウはふわりと微笑んだ。そうかそうかと目を細め、鳥居の頭を優しく撫でる。
「今は眠れ。怖かったろう。巻き込んですまないな」
安心しきった顔で意識を飛ばす鳥居。リオウは懐から式紙を取り出すと、ぽんっと音をたてて現れた大きな狐に、腕に抱いていた巻をのせる。
「一先ずは二人を安全な場所に」
「はい」
「──行け」
黒田坊は鳥居をそっと狐の背に預ける。巻と鳥居を乗せた式は、リオウの声に一声鳴くと地下鉄の闇へと消えていく。
その時、じゃり、と石を踏みしめる足音が響いた。クスクスと小さく笑いながら近づくそれに、リオウの纏う殺気が一気に膨れ上がる。
「あーあ。折角傑作の予感だったのに。未完成のまま消えちゃった」
こんにちは、と和装の青年はにこやかに笑った。鋭い殺気がピシッと肌を裂き、腕に、顔に傷を作る。全く、涼しい顔をして恐ろしいお方だ。──この殺気すらこの上なく甘美で堪らない。
「奴良組副総大将 奴良リオウ様。それと──元百物語組大幹部…黒田坊サン」
「───<柳田>か」
「覚えていて下さるとは、恐悦至極」
うっとりと己を見つめる柳田に、リオウはその視線を振りきるように腕を一振りした。否、目にも止まらぬ早さで懐の刀を抜いたのである。居合いで生まれた斬撃はまっすぐに柳田へと向かっていく。
「ッッ!!!!」
柳田の左耳から鮮血が噴き出した。焼けるような痛みに、柳田は耳を押さえて身を捩る。避けきれなかった。直撃していたら耳どころじゃなく頭が吹き飛ばされていた。
「散れ。痴れ者め」
「は…その気高さ。やはり貴方はそうでなくては」
それでこそ、"あの方"に相応しい。誰よりも強く、気高い三界一の美貌の君。"あの方"が見初め、己のものにと望み、唯一手に入れ損ねた至宝。必ずや、あの方にお捧げしてみせる。
黒田坊は、攻撃を受けてなお陶酔した様子でリオウに熱い視線を投げる柳田から、庇うようにリオウの前に進み出た。
「こんなところで何をしている。まさかこの怪異──お前が産んだのか?」
「"産む"?やだなぁ…僕は集める役さ。忘れてしまったの哉?」
僕達元々、奴良組と戦った<仲間>なのに寂しいもんだね…
黒田坊は無言で柳田を睨めつけた。一々言い方が癪に障る奴だ。あぁ、早くリオウをこの男の前から連れ出してやらなくては。
「拙僧は最早お前らの仲間ではない。また何かやろうとしているかそれは知らんが…止めておくんだな。お前らの組はもう無いんだ」
「やだな。一つ二つ壊したくらいで僕の百物語集めは終わらないよ」
柳田はそう言って怪しく笑った。本当に、愚かな奴だ。ちょっと此方の邪魔をすることに成功したからっていい気になりやがって。リオウ様を囲っているからと強気でいられるのも今のうち。
───どうせ、またすぐに奪い返せる。
「それにもう少しなんだ。もう少しで…山ン本さんは復活するんだよ」
「!!!!」
「───」
リオウは眉一つ動かさず、文字通り冷たい氷のような美貌で柳田を見据えた。柳田はにこにこと笑いながら黒田坊を見つめる。
「そういえば君は山ン本さんのお気に入りだったね。黒田坊」
柳田の瞳孔が開き、体からは怒気と殺気が滲み出した。憎しみに変わった羨望に、呪詛めいた言葉が唇からこぼれ落ちる。
「何が"想いが産んだ妖怪"だ。出自がちっとばかり上質な怪談だからってつけあがるんじゃないよ裏切り者…!!!!」
古い廃駅が、がらがらと音をたてて崩れていく。終わりを告げる<怪談>に、柳田はふっと微笑むと踵を返す。終わったのなら、長居は無用。
リオウに逢えたことが唯一の収穫とでも言えようか。嗚呼、あの美貌の君の前に立てたとは。あの絶対零度の鋭く光る瞳に、自分を写して頂けた。
それだけでなく、手づから相手をしてもらえたと思えば、この耳に負った深傷すらも愛おしい。あの方が唯一求めても手に入らなかった、あの方の寵姫。その方にお相手をして頂けたのだから、光栄以外の何物でもない。
「待て柳田!お前たち何をたくらんでいる!!」
「………君たちはまだ、気づいてないんだね……」
一方、巻と鳥居らしき少女を追って、電車から飛び降りたリクオと氷麗は、突如崩れ落ちてきた地下鉄の壁に当惑していた。
「!!」
崩れ落ちてきた壁の向こうにはなにやら広い空間があり、あの電車を覆っていたのと同じ大量の木の根が張り巡らされている。
「なんだ…?急に通れるぞ…?」
「あ、あれは…リオウ様と、黒!?」
氷麗の声に、中を覗きこんだリクオは瞠目した。リオウと黒田坊がいる。二人とも、今までに無いような気迫で誰かと対峙しているようだが──?誰だ…?あれは…
金糸の髪の和装の青年は、嘲笑うかのように鼻をならした。
「奴良組が弱体化し、一幹部たるガゴゼに狙われても、四国の坊っちゃんに甘く見られ、強襲されても!」
「!」
「全ては君が忠誠を誓っていた…そう、リオウ様。貴方のお父上である二代目が死んだ時から始まっていたんですよ」
二代目が復活したと聞いたときは流石に驚いた。天狐の力は知っていたが、よもやそんなことまでやってのけるとは。だが、それを差し置いても、奴良組はずっと山ン本の掌で踊らされているのだ。
「───」
「お前ら…!!」
リオウは静かに刀に手をかけた。一点の波紋のない凪いだ水面のような、静かな瞳。だが静かすぎるほどのその瞳の奥は、まさに絶対零度の冷たい殺気を宿していて。
ゆっくりと柄に手をかける。ちゃき、と鯉口を切る音がいやに大きく響いた。──その時。
「兄さん!!黒!!早く外へ!!!!」
「若…!?」
「っ…!!」
リクオの声に、リオウはばっと刀から手を離した。はっと気がつけば、リクオに手を引かれて崩れ行くその場所から連れ出される。
「危なかった…畏の世界にとらわれるところだった」
リクオはそう言ってほっと息をついた。リオウはどこか未だ混乱しているのか、そうだな、と言ったきり黙りこんでしまう。やがて、鳥居と巻を式紙で家まで運ばせた旨を伝えると、リオウは漸くいつもの柔らかな微笑を浮かべた。
「兄さん!黒!助かったよ。二人がいなかったら…僕ら入れてもいなかったんだ」
「私達こそ、連れ出してもらえて助かった。ありがとう、リクオ」
「……」
黒田坊は仲の良い大将と副総大将を横目に、ふっと思案を巡らせる。今の話…聞かれたか…?
いつまでも隠し通せるとは思っていないし、主君を欺いてまで隠すつもりもない。だが、自分はともかくリオウはどうだ。──深く傷ついた過去を、そう易易と穿り返されたり、誰かに知られることは、彼とて本意ではないはずだ。
「三人とも!!戻るぞ!!」
「!」
物思いに耽っていた黒田坊は、凛と響いた声にばっと顔を上げた。そこには、すっかり大将の顔をした三代目がいて。彼に侍るリオウも、意を汲んだ様子でついと目を細めた。
「至急…総会を開く!!!!」